五臓六腑

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蔦姫の取り成し

「ディクレス兄さま、ごきげんよう」
「やあ、今日も可愛いね、僕のお姫様」

 男性率約99パーセントの騎士宿舎の玄関前。
 場違いにふわりと愛らしい花が咲いたように、その場にいた者達は一瞬錯覚した。
 前触れもなく現れたのは、いつぞやも一度この場で騒動の発端となった人物。
 そして、居合わせた騎士達はもうその正体を知っていた。
 ――スミレ・ルト・レイスウェイク
 珍しい黒髪と紫の瞳の、上流階級の子女達が愛してやまないドールのように可憐な少女が、実は騎士団第一隊長カーティス・ルト・シュタイアーと第二隊長ディクレス・ルト・シュタイアーの義理の妹君であり、更にこの国の先の皇帝にして現レイスウェイク大公爵閣下の奥方であるということを。
 ちなみに当の大公爵ヴィオラントは、相も変わらず皇太后エリザベスの新しい盤遊びに付き合わされて、有無を言わさず義母の向いの席に張付けにされている。
 先日騎士宿舎を訪れた際、無断であったことでたっぷりと彼にお仕置きを受けた菫だったが、今回は騎士団副長である彼の妹ミリアニスを同行させることで何とか許しを得ていた。
 ミリアニスは産休中の身であるが、家にじっとしているのは性にあわないらしく、夫である騎士団長オルセオロ公爵にくっ付いてはぼ毎日登城しているのだ。

「ミリアニス様にはご機嫌麗しく。こんな所で立ち話もなんですから、お茶でも如何ですか?」

 二番目の義理の兄ディクレスは、誰よりも父シュタイアー公爵によく似ていると、菫は思う。
 菫とミリアニスがアポなしで宿舎を訪ねても、驚いた顔をしたのは一瞬だけで、すぐさまその優しげなおもてに温和な笑みを浮かべ、スマートな仕草で淑女二人を不躾な男衆の視線から引き剥がした。
 慌てふためき頭に血を上らせていた、前回の長兄カーティスの対応とは対照的であるが、菫はそんな性格もタイプも違う、けれど優しく甘い義理の兄達が二人とも大好きだ。

「で、どうしたのかな? スミレ」
「ディク兄にしばらく会ってなかったから、会いにきました」
「ううーん、それは僕としてはとっても嬉しいけれど……」

 ディクレスが二人の淑女を案内したのは、騎士宿舎から一番近い場所にあるバールで、菫の印象としてはヨーロピアンな雰囲気のお洒落なオープンカフェである。
 グラディアトリアの王城には、城に詰める者が食事をする大きな食堂の他にも、このようにいくつかお茶を飲める場所があって、休憩中の侍女や騎士達も気軽に利用できるようになっている。
 顔なじみならしい給仕の女性を呼び寄せ、ディクレスは手早く注文を済ませた。
 侍女達の間で一番人気のフルーツたっぷりデラックスパフェを、可愛い義妹と敬愛する従姉上に、自分は優雅にダージリン。
「お腹を冷やすのは良くないかもしれませんが、たまにはいいでしょう?」と、目の前に運ばれてきたスウィーツの集大成に瞳を輝かせる妊婦ミリアニスに対し、父公爵そっくりの人当たりの良い笑みを浮かべながら、ディクレスはその隣でパフェの天辺の苺を頬張った菫に問いかけた。

「スミレちゃん、……何か、裏があるでしょ?」
「ディク兄が、キリキリ働いているか査察に来ました」
「うん、それから?」
「それから、とあるご提案にきました」
「うん?」

 菫は甘酸っぱい苺に頬を染めながらそれを咀嚼して飲み込むと、スプーンでクリームを一掬いして口に入れてから、おもむろに自分の胸元に片手を突っ込んだ。
 これを見ていたのが上の義兄カーティスや皇帝ルドヴィークならば、顔を真っ赤にして「淑女のなんたるか」を説くところだが、ディクレスは全く頓着なしに涼しい顔で見守っているし、ミリアニスはパフェに夢中なので気付いてもいない。
 ちなみに、この場にヴィオラントがいたのなら、菫の手が胸元に滑り込む前に阻止したことだろう。
 菫がお馴染み胸元ポケットから取り出したのは、折り畳まれた一枚の紙切れだった。
 彼女はそれをテーブルの上でガザガザ開き、ディクレスに差し出した。

「んー、なになに? 第一回ごうこん参加者名簿? “ごうこん”って何かな?」
「合同コンパ」
「うん、それは何?」
「男の子と女の子が寄り合って、ご飯を食べながら親交を深めて、上手くいけば恋人もゲットしちゃおう、っていうイベントのこと」
「へえ……」

 菫の話を聞きながら、ディクレスは貴族の夜会とそう変わりがないものだなと思った。
 夜会に訪れる年頃の独身男女の目的は、大体は伴侶探しであったりするのだから。

「それで、この“ごうこん”っていうのに、僕も何か関係があるのかな?」
「うん、ディク兄も出るんだよ。次のお休み、ちゃんと団長様に聞いて押さえてあるから」
「ええー」
「拒否権はないのです。大人しく従いましょう」

 突然おかしな提案をしてきた義妹に、ディクレスは困ったように苦笑を返しながら、僅かに蕩けた彼女のパフェのアイスを紅茶用のスプーンで掬って口に放り込んだ。彼は甘味も酒も、どっちもいける口だ。
 そして、それに倣って反対側からアイスを突つき始めた菫に、ディクレスは何故そんなことを言い出したのかと尋ねた。
 すると、彼女はまろやかな愛らしい頬をぷくうと膨らませ、ピンク色の可愛い唇をつんと尖らせて答えた。

「だって、カーティス兄もディク兄も、全然お嫁さんもらう気ないじゃん? それなのに、最近ダディとマミィが煩くヨメヨメ言わなくなったと思わない?」
「うん、そういえば……」
「その分、矛先がうちに向いちゃってるの。ダディなんか、早く跡継ぎ量産しろってうるさいんだから!」
「あー……それはそれは……」

 ディクレスも、その兄カーティスも知らないことだが、ヴィオラント・オル・レイスウェイク大公爵は彼らの父であるシュタイアー公爵ヒルディベルの婚外子である。
 そんな彼に嫁いだのがシュタイアー公爵家の養女である菫。
 つまり、二人の間に出来た子供は、戸籍上でもヒルディベルの孫にあたるし、血の繋がりから見ても間違いなく孫にあたる。

「兄さま達二人ともが、このまま嫁も貰わず跡継ぎつくるつもりないんなら、私にそれを産ませようって企んでるんだよ、あの人達!」
「うん、スミレと閣下の子供なら、きっととっても可愛いだろうね。僕も兄上もたくさん貢ぐよ」

 ディクレスが暢気にそう言って、菫の全く膨らみの兆しもない薄い腹を目を細めて見やると、彼女は「そうじゃなくてっ」っと地団駄を踏んだ。

「うちの、いつ生まれるか分からないベビーちゃんに、皆して重荷背負わされて迷惑なのっ」

 冗談とも本気とも取れる口調で、リュネブルク公爵クロヴィスからも跡継ぎよろしくと言われているし、仲良く妊婦となったアマリアスとミリアニスにも、我が子の嫁か婿にと期待がかかっている。

「そんな、ポンポンたくさん産めないし。兄さま達もちょっとは親孝行しなきゃダメだよ!」
「ううーん、耳が痛いなぁ」
「とにかく、お見合いよりも気楽なはずだし、もしかしたらいい出会いがあるかもしれないじゃない。女子も性格いい美人さん見繕ってあげるからさ。絶対出てね、ディク兄!」
「うーん、僕そういう構えてパートナー探しするの、苦手なんだよね……。どうしても、参加しなきゃダメかい?」
「ダメ。もし、すっぽかしたら――」

 ディクレスのちっちゃな義妹は、その稀少と名高い美しい紫の瞳を据わらせて彼を見た。
 もちろん、そんなことをしても全く怖くも迫力もなく、むしろ見た目と仕草のギャップが堪らなくツボで、あの先帝閣下がいったいどんな顔して毎日この子と接しているのだろうと、彼はこっそり覗いてみたい気分になる。

「すっぽかしたらどうなるの? スミレ」
「もう、ディク兄とは口きかない。何もかも、無視する。次からは空気として接する」
「……分かった。ちゃんと出るよ」

 面倒臭いと迂闊に約束を反故にすれば、この可愛くて小悪魔な義妹の顔に泥を塗ることになり、せっかく仲良くなった彼女に嫌われてしまうのはディクレスも避けたいので、仕方なく溜め息を吐きつつ名簿に自らサインした。

「うんうん、分かればよろしい」
「兄上のサインもあるけど……あの人は僕以上にこういうの苦手でしょ? よく説得したね」
「カーティス兄さまには、私の付き添いで来てねって言ってある。ああいう性格の人は、事前に伝えると構えて失敗しちゃうから、直前に説明するくらいがいいの」
「うん、それってつまり、騙して連れてくってことだね」
「うまく導くって、言ってよね」

 菫とディクレスは一滴の血の繋がりもない兄妹ながら、その時はそっくりな笑顔を浮かべて頷きあった。
 同時にパフェを堪能し終わってスプーンを置いたミリアニスは、二人とは対照的に純粋無垢な笑顔を満面にした。
 その後、合コンの日時と場所をディクレスに念を押して、菫はご満悦な様子のミリアニスと共にヴィオラントの捕まっている皇太后陛下の私室に戻り、ようやく彼を解放してやった。


 王城から帰宅し夕餉と入浴を済ませて、いつものように愛妻の黒髪を甲斐甲斐しく拭っていたヴィオラントは、彼女が広げた紙切れを後ろから覗き込んで瞳を瞬いた。
 菫が眠い目を擦りながら真剣に見つめているのは、もちろん“第一回合コン参加者名簿”と題された、参加者本人達の署名入りの書類である。

「スミレ、“ごうこん”というのは?」
「合同コンパ」
「うむ、それは何かな?」
「……うん、ヴィー、質問の仕方がディク兄とそっくりくりだね。さすが兄弟――。合コンっていうのはねぇ、男女がご飯を食べながら親交を深めて、あわよくば恋人ゲットしちゃおうっていう会のことだよ」
「ほう……」

 ところで、件の合コン参加者名簿には、シュタイアー家の兄弟二人の他にもう一人、男性の名前が追加されていた。

「――ルドヴィークも、参加させる気か?」
「うん」

 そこに記されていたのは、この国の現在の最高権力者である、皇帝ルドヴィークの名だ。
 兄であるヴィオラントには、その筆跡を見れば本人がサインしたものと容易に知れた。

「あれが……よく納得したな」
「ううん、たぶんよく分かっていないと思うけど、強引にサインさせたから。ルドってほんと、押しに弱いよね?」
「……」

 皇帝ルドヴィークとシュタイアー公爵家の次期当主カーティスは、真面目で実直な性格がよく似ていると菫は思う。従兄弟であるのだからある程度似ていてもおかしくないが、融通が利かないところまでそっくりだ。
 だから菫は、カーティス同様ルドヴィークも先入観を与えない方が上手くいくと踏んで、合コンの意味を詳しく話してはいなかったが、二人とも菫が猫を被ってお願いすると最終的にはいうことを聞いてくれた。

「……カーティスもルドヴィークも、そなたにいいように扱われて些か気の毒に思えてくるな」
「誰かに尻叩かれなきゃ親孝行一つ出来ないのが悪いんだよ」

 溜め息を吐きながら手櫛で優しく菫の髪をとくヴィオラントに、彼女は心外なという風に頬を膨らませて振り返った。

「そのとばっちりで、変な期待を寄せられちゃってる身にもなってみてよ。私、一体何人子供産まなきゃなんないの?」
「何人でも大歓迎だが」
「じゃなくて、みんな養子にとられちゃっていいの? よそのおうちの跡取りさん、みんなうちの子っておかしいでしょ?」
「養子になど一人もやらぬぞ。何人産まれようと、誰一人譲ってやる気はない」

 こちらも心外なという風に片眉を跳ね上げたヴィオラントは、「ただ、将来その子等が成人を迎えた後、もしもそれぞれの家を継いでもいいと本人達が思うようになったなら、好きにさせても構わないがな」と続けた。
 
「逆に、もしも産まれた我が子がレイスウェイク家を継ぎたくないと言うならば、それでも構わない。この家名にそれほど思い入れがあるわけでもないし、それに我が子の自由が縛られるようなことがあってはならない」
「うん、でもやっぱりこの家を守ってくれる子は欲しいよ? 私の世界と繋がっている場所だし、その秘密もやっぱり守ってもらわなくっちゃ、お互いの世界の為にたぶん必要だと思う」
「そうだな。では、まずは一人、世界を繋ぎ守りを頼める次代を」
「うん」
「早急に、確保せねばな」
「ん……」

 なんやかんやと理由を付けて、けれどそれはただの言葉遊びのように。
 愛妻の前でだけは近頃頻繁に弧を描くようになったヴィオラントの唇が、そっと彼女のそれに重なった。
 湯の火照りの残る鮮やかに色付く少女の頬を彼の大きな掌が撫で、細い首筋を辿って鎖骨をくすぐり、やがて胸元から忍び込んで柔らかなパフスリーブの中で丸く小さい肩を包む。
 一方菫は、甘く唇を啄むヴィオラントに従順に応えつつ、息継ぎの合間に巧みに交渉を持ちかけた。

「そうだ、ヴィー。あのね、合コンうちでやってもいい?」
「……」
「お城でやると、皇帝様狙いの外野から茶々が入るかもだし、シュタイアー家でやるとダディとマミィが大人しくしてないだろうし。この家が一番静かで邪魔が入らないでしょ?」

 夫であり当主であるヴィオラントが、あまりこの屋敷に人が集まるのを好まないことを知っている菫は、彼が渋るだろうことを予想した上で、相手が絶対に断れないであろう愛らしい様子で強請った。
 そうして、黙り込む彼を前に、甘い甘い声で魔法の言葉を口にする。

「ヴィー、お願い」

 それを告げられたヴィオラントの返事は、いつも決まっている。
 彼は、最後の一押しとばかりに柔らかな唇を頬に押し当ててきた妻に溜め息を吐き、

「……そなたの好きにしなさい」

 と、彼女の小さな耳に囁いてから、今度は深く深くその唇を塞いだ。




おわり







合コン名簿をメモメモ。お遊びです。









 ♥ 第一回合コン参加者名簿 ♥



カーティス・ルト・シュタイアー 26歳
グラディアトリア騎士団第一隊長

ディクレス・ルト・シュタイアー 24歳
グラディアトリア騎士団第二隊長

ルドヴィーク・フィア・グラディアトリア 18歳
グラディアトリア皇帝陛下



お針子さん 20歳
マーサの推薦で菫のドレスを一手に担う。裁縫が趣味のイメリア夫人と合う。
※実は没落貴族の末裔

皇太后付きの侍女 25歳
茶葉屋フリードに師事する菫の姉弟子、免許皆伝。
※元アマリアスの侍女。実はバツイチ

ソフィリア・ビス・ロートリアス 18歳
財務相ロートリアス公爵の長女。菫の文通友達




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Comments

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2011.07.06(Wed) 21:43        さん   #         

Re: はじめまして

コメント返信遅くなってごめんなさい!
続き……また機会があればカップル成立の模様を書きたいと思います~。

2011.07.22(Fri) 15:02       ひなた さん   #INfUBe7E  URL       

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