五臓六腑

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蔦城攻略(後編)


「――って、おにーちゃんじゃん」
「スミレぇ! 助けに来たぞ!!」

 現れたのは、黙っていれば文句無しの美形であるのに、口を開けばシスコン丸出しの残念な男前――菫の実兄優斗であった。

「こンの、極悪魔王野郎! うちの妹にいかがわしい真似しやがってっ!!」
「……兄上殿の設定は、一体なにかな?」
「見て分からんか、“勇者”に決まっとるだろう!」

 数々のダンジョンを攻略して、襲い来る魔物をバッタバッタと投げ倒し、魔王に浚われた姫を救いに来るのは勇者の役目。

「……その見た目では分からん」
「なにおう~!」

 ところが、自称勇者の優斗の身につけた装備は体防具でもマントでもなく、また手に持って構えるのは剣でも盾でもなく

「なんで、ジャージと竹刀なのよ」
「何を言う、妹よ。ジャージと竹刀は生活指導部の戦闘服だぞっ」

 某有名スポーツ用品メーカーのロゴが胸に入った、濃紺に白い二本線のジャージと、武器はひゅんひゅん撓る竹刀である。
 若いながらも情熱的で正義感溢れる優斗は、風紀に厳しい生活指導部のエースでもある。
 ヤンクミ並みにダメダメ生徒からの信頼も厚い。
 今この場では、致命的に場違いな格好であることは、否めないが……。

「しかし、なかなか。無駄にお強いので驚きましたが……」

 半裸の妹をベッドに押し倒す魔王に、ジャージ勇者が鼻息を荒くしている背後からやってきたのは、かっちりとしたスーツに身を包み、細いフレームの眼鏡を掛けた麗しき宰相閣下である。

「あれ、クロちゃん視力落ちたの?」
「いえ、これは雰囲気だけの伊達眼鏡です。――私は、“賢者”なそうなので」
「……」

 にこりと微笑む彼の声にビクリと肩を奮わせ、くるりと振り返って賢者を眺めた優斗の顔色は、芳しくない。

「……すごい精神攻撃だった。対峙した魔物達にはきっと、今後カウンセラーが必要に違いない」
「何か、おっしゃいましたか? ――ユウト殿」

 ジャージ勇者が竹刀で魔物達を蹴散らしている脇で、腹黒賢者は向かってくる連中を嬉々として扱下ろし、戦う気力を失わせていた。
 丁寧な口調で繰り出される罵詈雑言に、異形たちは揃って胃のあたりを抑えて真っ青な顔をしていたらしい。
 美麗な笑顔が真っ黒いものに染まっているのを知ってしまった勇者は、「……いや、何も」と言って目を逸らした。

「すっ……すすす、スミレっ! 何て格好だっ!?」

 続いて、肌着姿の菫に気付いて、首筋まで真っ赤になって初心な反応を示したのは、白いローブに身を包んだ金髪の少年、ルドヴィークである。

「なんて格好って、これ全部ヴィーのせいだし。ルドんちのおにーちゃんがやったんだよ~?」
「あっ……あああ、兄上もっ! 姫に無体はおやめ下さいっ!」
「そなたは少し落ち着きなさい、ルドヴィーク……いや、魔術師か?」

 ルドヴィークの手に握られていたのは、魔法使いが持っているような木の杖である。
 彼が実はファンタジー大好きっ子であると知っている菫は、ようやくセバスチャンに拘束を解かれ、魔王ヴィオラントが何処からか出した服を着せられながら、「憧れの魔法使いになれてよかったね、ルド」とこっそり親指をおっ立てた。
 菫が着せられたのは、普段女官長マーサが用意する淡く明るい色合いとは正反対の、まさに魔王の花嫁に相応しい漆黒のドレスであった。
 現実の二人の結婚式の際にお色直しで着たような、そこはかとない透け感が絶妙であり、少女のあどけなさと色香を危うく混在させる魅惑の逸品。
 ふわりと手品師のように掌から出した大輪の花を、ヴィオラントは一房彼女のふわふわの黒髪に飾り、さも愛おし気に薔薇色の頬に口付けた。

「まあっ、まああっ! 私のクリスティーナちゃんが、こんなにもエロカワイく……っ!」
「スミレは黒も似合うんだね。まさに兄上のための、お姫様だ」
「アマリー? ミリアン?」

 突如響いたテンションの異なる二つの声は、コンラート王妃アマリアスと騎士団副長ミリアニスの双子姉妹のものだったが、声は聞こえるのに姿が見えない。
 菫が不思議そうに首をきょろきょろさせると、「こっち、こっち、こっちですわ!」とつんつんと髪を引っ張られた。
 見ると、魔王ことヴィオラントの両肩それぞれに、リカちゃん人形サイズの女性が立っていた。
 ティンカーベルのように透き通った二枚羽を背中に、キラキラ光り輝く妖精さん達だ。

「――うわあ、可愛い。アマリーとミリアンってば、双子妖精さん!?」

 アメジストの瞳を輝かせて絶賛する菫の周りを、彼女達は嬉しそうに飛び回り、魔王は穏やかに目を細めてそれを見守っていた。

 しかし、忘れてはならない。勇者の存在を。
 彼が、例えジャージを着ていようとも、その武器が竹刀一本であったとしても、勇者の目的はただ一つ。

『悪しき魔王の討伐』

 ところが……

「討伐? 兄上を倒す? そんなこと、無理に決まってるじゃないですか。やめですよ、やめやめ」
「兄上と戦うなんて、できるわけないだろうっ! 私は何があっても兄上を尊敬している!」
「わたくし、そもそも戦力外ですから。ただの癒し系キャラですもの」
「兄上に敵うものなんてこの世にいないよ? 悪い事は言わない。やめておいた方がいい」

 ここまで苦難の道を共に助け合い歩んで来たはずのパーティが、一気にやる気を失っていたのだ。
 そもそも彼らは、正体の分からぬ魔王に菫を奪われたと思って助けにやってきたのだが、その犯人が敬愛する長兄であると判明し、しかも元々二人は夫婦であるので、わざわざ彼から少女を取り上げるような、無駄で危険な真似をする気はない。
 しかし、勇者としてはせっかくの機会、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
 一度は二人の仲を認めて妹を嫁に出したが、改めて間近で見た彼女はやはりまだまだ幼く、壮絶な大人の色気を纏う魔王に絡めとられる姿は、兄としては直視に堪え難い。

「俺は一人でも立ち向かうぞ! ――おい、そこの魔王! とにかく、スミレを放しやがれ!」
「往生際の悪い兄上殿だな。取り返して、そなたはスミレをどうする気だ?」
「無論っ、家に連れ帰って、兄妹仲良く末永く平和に暮らすのだ!」
「馬鹿なことを言う。スミレは“姫”なのであろう、“勇者”よ。しかも、隣国の王子との結婚式の途中に浚われた姫だ。連れ帰れば、その男に奪われてしまうのだぞ?」
「――うっ……」
「それとも、兄上殿はその男を認めているとでも言うのか? 可愛い妹君をやってもいいと思う程に?」
「――ううううっ、認めてなんか、ないっ!」

 遂には頭を抱え始めたジャージ勇者に、容赦なく畳み掛けた白銀の魔王は、止めとばかりにスイと掌を横に一線させる。
 すると、優斗が持っていた竹刀は忽ちに砂に代わり、さらさらと崩れ落ちた。

「私は今、最高に機嫌が悪い。何故だか分かるかな? 兄上殿」
「知りません、分かりません、存じません。っていうか、あんた何か今非常識なパワー使った?」
「ヴィー、魔法使えるんだって。非常識度五割増しよ。お兄ちゃん気をつけてね」

 ぎょっとした勇者を見る魔王の目は恐ろしく冷たく、対してその腕に抱かれたお姫様はぽやぽやとただただ暢気であった。

「スミレが、私以外の男に嫁ぐなどと……未遂であろうと許せようか?」
「あわわわっ……そこら辺の事情は、勇者は管轄外でして……」

 魔王の名に相応しいどす黒いオーラに当てられ、戦意消失の勇者はあえなくゲームオーバー。
 蔦の魔物にひょいと摘まれ、ダンジョンの最下層にまで強制送還。
 振り出しに戻る、である。
 遥か雲の下の方から、「スミレぇぇぇ……」と元気な叫び声が聞こえてくる。
 彼のことだから、また頑張ってその内自力で上がって来るだろう。
 たたた……とテラスに駆けて行って、欄干から下を覗き込んでいた菫は、やはりすぐさま魔王陛下のマジカルなパワーでふよふよとその腕に戻された。
 そうして、愛妻を片手に“元魔王討伐隊”という名の弟妹達に茶の席を勧めたヴィオラントは、何事もなかったかのように笑顔で応じる賢者クロヴィスに、問うた。

「ところで、私のスミレを他所の男と結婚させようとしたのは、一体誰かな?」
「ああ、それはこの国の王ですね。設定上のスミレ姫の父上です」
「なるほど。では、その命知らずは何者だろうか?」
「コンラートの二番目の王兄、リヒト殿下ですよ」
「……ほう」

 そうして浮かんだ、魔王陛下の百年に一度の笑みに、その場にいる全ての者が凍り付いた。
 ただ一人の例外である菫さえ、「こっわ……!」と絶句する程、彼の笑みは壮絶であった。

 その後、この国の王リヒトに、ピンポイントで天から雷が降り注いだ。
 彼の人となりをよくよく知っている国民の皆様は、
「うちの王は、空気を読むのが致命的にヘタクソでいらっしゃるから……」
 と、その天罰の理由を噂した。



 ちなみに、スミレ姫に婿入りする予定だった隣国の第三王子は、ルータスであった。
 彼は花嫁を浚って行く魔王の姿を遠目に見て、それがヴィオラントであると知っていたので、「そりゃ、浚うわな……」と一人納得し、特に消沈する事もなく国に帰って行った。
 その後彼は生涯独身を貫き、生涯趣味の研究に明け暮れ、生涯人より数テンポ遅れた生活をしつつ、愉快に楽しく暮らしたそうな。

 めでたし、めでたし。

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