五臓六腑

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蔦姫は花道の先に

<R-15>


 その日は夜遅くまで、グラディアトリアの王城は祝賀ムードに包まれていた。
 何と言っても、この国一の英雄ともいえる先の皇帝、ヴィオラント・オル・レイスウェイク大公爵が、遂に生涯の伴侶を得たのであるから。

 皇帝家の名を捨てた者としては異例であるが、婚礼式への参列者の顔ぶれと、新郎自身の過去の功績による世間の注目度に配慮し、レイスウェイク大公爵とシュタイアー公爵令嬢の祝宴は、王城の大広間にて行われた。
 レイスウェイク家から王城までの道すがら、沿道に溢れて花道を作ったグラディアトリア国民の祝福を受け、馬車に揺られてやってきた新郎新婦は、そのまま既に準備を終えた式場に入った。

 自ら立ち会い人として、上座で彼らを迎えた皇帝ルドヴィークは、長兄であるヴィオラントに手を引かれて入場した純白の花嫁に見蕩れ、隣に並んでいた次兄である宰相クロヴィスに肘で小突かれ、ようやく我に返って震える声で口上を述べた。
 その少年皇帝の顔が真っ赤であったことを、彼の淡い恋心を承知の母と兄姉達は、見て見ぬ振りをしてやった。
 この世界には、神殿や教会といった類いの、宗教的な建物も組織も存在しない。
 だから、結婚の誓いをする相手は、神ではなく自らの伴侶とその縁者に、ということになる。
 本日、司祭や神父の代わりに式を進行するのは、いまだ健在である前リュネブルク公爵。
 先々代の皇帝フリードリヒの側室マジェンタの父、つまり、ヴィオラントとクロヴィスの祖父が務めた。

 結婚式で注目されるのは、やはり新郎よりも新婦であろう。
 もちろん、大陸一の美貌と名高いレイスウェイク大公閣下の正装には、未婚既婚を問わず全ての女性が熱い溜め息を禁じ得なかったが、そんな彼の視線を始終独り占めしていたのは、その傍らに咲いた一輪の花だった。
 真っ白い花は、とても小さく華奢なのに、その存在感たるや凄まじい。
 見る者の心を虜にするというのはこういうことなのかと、人々に思い知らせた。
 身に纏うウェディングドレスもそれはそれは素晴らしく、新婦の養母であるシュタイアー公爵夫人が自ら縫い上げたのだという。
 慎ましやかながらも上品に花嫁を彩るジュエリーは、新郎の義母である皇太后陛下からの贈り物。
 珍しい色合いの艶やかな黒髪は、いっぱいの生花と共に結い上げられ、薄いベールが夫となる男の手により取り払われると、その下からは眩いばかりに可憐な少女が現れた。
 あどけない容貌は、今日は薄く施された化粧で少し大人びて、けれど見る者を蕩けさせる愛らしさは変わらず、大きな稀色の瞳と薔薇色の頬が、集まった人々を例外なく魅了した。
 そして、最も魅了された男は、互いに婚姻の誓約書にサインをした後、ようやくその瑞々しい唇に触れることを許されたのだ。
 彼女に正式にプロポーズをし、その両親や兄にも認められてからこの日まで三ヶ月、彼は待った。
 事実上は既に夫婦のように過ごしていながらも、名実共に堂々と彼女の夫と名乗れる日を、ヴィオラントは待ち焦がれていた。

 とびきり可愛らしい彼の花嫁が、ようやく慣れてきたこの世界の文字で、自らの名を誓約書に記した瞬間のあの喜びを、ヴィオラントは一生忘れないだろう。

 厳かな雰囲気の中執り行われたのは婚姻式だけで、その後の祝宴はいろんな意味で大騒ぎになった。
 酒が入った隣国コンラートからのお客様は、元々の陽気に酒精が加わってエスカレートし、はめを外し過ぎて身重の王妃に叱られる場面も多々あり、けれど主役である花嫁がそれを見てきゃっきゃと喜んだので、アマリアスも怒りを鎮めた。
 宰相クロヴィスは、さりげなく賓客に話を振りつつ外交に精を出すぬかりの無さだったが、義姉となった少女に遠慮なくワインを注がれ、苦笑しながら仕事を脇に片付けた。
 ふわふわの花嫁に、知らずぼうっと見蕩れていた皇帝ルドヴィークは、新郎である長兄ヴィオラントに杯を差し出され、慌ててそれを受け取る。彼が一番上の兄と酒を飲み交わす機会は、今まで滅多になかった。
 ヴィオラントにワインを注がれ、慌ててルドヴィークも注ぎ返す。
 そして、軽く互いの杯を打ち当てて乾杯すると、そっと優雅にそれに口をつけた兄に対し、ルドヴィークの口から自然に「おめでとうございます」と祝いの言葉が零れた。
 その時、兄の端正な顔に広がったのは、とても懐かしい穏やかな笑みで、ルドヴィークの失恋の傷を柔らかな真綿が優しく包み込んでくれたような気がした。

 そうして、目出度い宴はいつまでも続き、遂に日付が変わろうとする頃。
 既に何人もの酔っぱらいを産出した大広間に客人を残し、主役の二人がようやく退室することになった。

 宴の途中、実は菫は三回のお色直しをされた。もちろん、面倒臭がり屋の彼女が望んだわけではなく、周囲の者達の意向である。
 一着目は純白のウェディングドレスで、これは先に述べた通りシュタイアー公爵夫人イメリアの力作。
 二着目は、淡いピンクが基調の愛らしいドレス。皇太后エリザベスが、次女ミリアニスと相談してオーダーしたものだ。
 三着目は、隣国コンラートの王妃となったアマリアスが作らせた。黒いドレスはそこはかとない透け感が絶妙で、少女のあどけなさと色香の混在した姿は危うく、これを着ている間はヴィオラントが菫を自分の側から放さなかった。
 そして、最後の御召しかえ。四着目は、今日の婚礼式の進行を務めてくれた、前リュネブルク公爵からの贈り物だ。
 世情と女心に疎い彼は、ドレスの選定事態は旧知であるレイスウェイク家の女官長にお願いしたが、亡き娘マジェンタに代わって、孫であるヴィオラントの大切な相手に、歓迎と感謝の気持ちを込めてそれを贈った。
 マーサが作らせたのは、やはり菫の美しいアメジストに似合いの淡い紫をフリルに使った、ふわふわシフォンの妖精の衣装のように可憐なティアードドレス。
 ヴィオラントが宴の喧噪から菫を連れ出した時、彼女が身に纏っていたのは、その四着目のドレスであった。


 王城で生まれ育ち、しかも十年もの年月を主として君臨していたヴィオラントに、部屋への案内役はいらない。
 形式上ついてこようとした侍女を断り、ふわあと小さく欠伸を零した新妻を抱き上げると、彼は与えられた客室に足を向けた。
 その背に、待ったの声を掛ける野暮な輩は、今夜ばかりはいなかった。
 なんと言っても、この後は、待ちに待った初夜である。
 とはいえ、既にがっつり肉体関係を持っている二人にとっては今更だが、欲しくて欲しくて堪らなかった少女を、ようやく名実共に妻にすることができた男には、この夜の逢瀬は特別感慨深いものになるだろう。

 賓客用の部屋には、もちろん大きな浴室も備え付けられている。既に浴槽にはたっぷりと熱い湯が張られ、タオルや着替えもきちんと用意がなされていた。
 ヴィオラントは部屋に入ると扉に鍵をかけ、真っ直ぐに浴室に向かう。
 そうして、まるで幼稚園の保父さんのように、大きくバンザイをさせて新妻の衣服を脱がせると、手早く自分も身軽になって、もうひとつ大きな欠伸をした彼女を温まった浴室に連れ込んだ。

「……はあ、さすがに、疲れたねぇ」
「ここぞとばかりに、着せ替え人形にされたな」

 式や宴自体よりも、義母や義妹によって半ば強制的に行われた三度ものお色直しに疲れたらしい菫は、むにゃむにゃ眠い目を擦って化粧をされていたことを思い出し、甲斐甲斐しく世話しようとする夫の手を擦り抜け、浴室の壁際に用意されていた洗顔用の石鹸でメイクを落とした。
 顔を洗うと、幾分気分もさっぱりした。
 そうして、ほっと溜め息を吐いた彼女の小さな身体を絡めとり、まるっとその裸の上に泡を滑らせたヴィオラントは、今夜は悪戯なしで自身諸共お湯を掛けて洗い流す。その間にせっせと髪は自分で洗った菫を拾い上げ、ようやく湯船に浸かって落ち着いた。

「ヴィー、眠いよぉ」
「そう言うと思ったから、湯に誘ったんだ」

 ちょうど良い温かさのお湯がぬくぬくと心地よく、背もたれ代わりのヴィオラントの胸に背中を預けて、菫がとろんと微睡もうとしたのに気付くと、身体を洗う時は作業に徹していたはずの男の手が、明らかに不埒な目的を持って少女の肌を這った。

「ベッドに直行すると、睡魔にそなたを奪われる可能性が高いからな」
「でも、お風呂も体力奪うんだよぉ? ほーら、瞼が重くなったきた」
「それは、困るな」

 全く困った様子のない声でそう言いながら、背後から回されたヴィオラントの大きな掌が、お湯の中で慎ましやかな乳房を包み込むと、彼の膝の上の妻は頬を薔薇色に染めて振り返った。

「‥‥初夜なのに、お風呂でなんて」

 そう、恨みがましく述べた唇が、拗ねたように尖って愛らしく、ヴィオラントは遠慮なく吸い付く。
 舌を割り込ませて温かな口内を味わいつつ、「後ほど、ベッドで仕切り直す」と言い訳のように囁いた。

 温まった浴室の中で、始終呼吸を荒げられた菫は、湯当たりしたように頭がくらくらした。
 湯よりも熱い身体に抱き包められ、体内に蓄積された熱は一向に冷める気配がない。
 激しい昂りと快楽に成す術もなく支配され、それが彼女の体力を無視して、一気に上へ上へと駆け上がる。
 真っ白い頂点を見たと思った瞬間、それはぷつりと電源が切れたように、真っ暗闇にとって代わられた。

 
 次に目を覚ました時には、既に菫の身体は柔らかな夜着に包まれ、濡れた髪もきちんと渇かされていた。


「今日は勝負下着つけてたのに、ヴィーってば関心ゼロだし」
「うん?」
「赤ちゃんの服剥ぐみたいに、ぽいぽい脱がしちゃうんだもん」
「ああ、私が興味があるのは、中身だけだからな」
「でも、せっかくだったのに…」
「ふむ。では逆に、下着姿に興奮されて、そなたは嬉しいか?」
「ん? うーん……嬉しくない。ひく」
「そうだろう」

 そうは言いながらも。

 菫が言う所の“勝負下着”の存在を、実はヴィオラントは、ちゃっかりしっかり鑑賞済みだったりする。
 今日一日、大勢の相手で引っ張り回された彼の花嫁はお疲れで、逸る気持ちを無表情の下に隠し不埒な目的で浴室に連れ込んだ手に、大人しく衣服を脱がされてくれた。
 ドレスを手際良く剥いだヴィオラントの目に飛び込んできたのは、普段の菫が身につけているような、シンプルで可愛らしい小花柄や水玉模様の異世界の下着ではなく、純白のレースとフリルの向こうに、計算し尽くされた割合で素肌が透ける、彼女のあどけなさに釣り合う色香が絶妙の逸品。
 小さなショーツを支える、両脇の繊細なレースのリボンを解く時、みっともなく手を奮わせなかった己を、ヴィオラントは褒めたいくらいだ。

 因みに、初夜を迎える新郎の為に、エロカワイイ下着を菫に進呈したのは、彼女の兄嫁となった真子である。
 翌日、レイスウェイク家に戻ったヴィオラントが、野咲家のリビングで迎えてくれた彼女に、開口一番心からの感謝を述べると、その隣に居た妻の兄は何のことだと首を傾げたが、全て承知の義姉上様は、爽やかな笑みと共にグッと親指をおっ立てた。







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