五臓六腑

このサイトに掲載されている小説及びイラストの著作権はくるひなたにあります。無断での引用、転載、配布など固く禁じます。

蔦姫に贈り物



「私は、実は妹が欲しかったんですよ」
「‥‥‥‥何言い出すのよ、急に」



 本日、グラディアトリアの一部の人々にとって、非常に縁深い世界となった“ニホン”国では、三月十四日。
 二月十四日のバレンタインデーと対となる、ホワイトデーと呼ばれる日なのだという。
 朝から、レイスウェイク家には続々と豪勢な贈り物が届いている。
 それは、バレンタインデーに菫がチョコレートを配って回った、義父であるシュタイアー公爵ヒルディベルや、二人の義兄カーティスとディクレス、義理の従兄にもあたるオルセオロ公爵ジョルドとその妻にして王姉ミリアニス。
 更に、仲間外れは可哀想と、四大公爵の一人で財務相を務めるロートリアス公爵にも義理チョコを進呈しており、菫には娘と息子がいろいろ迷惑をかけて合わせる顔がなかった彼は感涙し、そのお返しである本日の贈り物には並々ならぬ気合いが入っていた。
 そして、もちろん手作りチョコレートを手渡してあった、夫レイスウェイク大公爵の二人の弟達、皇帝ルドヴィークと宰相クロヴィスからも、こちらはわざわざ連名で城への招待状が届いた。
 多忙な彼らは、残念ながらその日は政務の時間を調整しても、レイスウェイク邸と王城を往復する時間を捻出するのは難しく、しかし贈り物を送って終わるというのも満足いかないらしく、年下とはいえ義姉様を呼びつけるのは些か無礼かとも思ったが、その夫たる長兄と共に登城してもらえるように願い出たのだ。
 かくして、基本的にはフリーダムな毎日を送っている大公爵夫妻は、彼らの望み通り馬車に揺られてやってきた。

 ちょうどお茶の時間となった皇帝陛下の執務室で、菫の目の前に積み上げられたのは、綺麗な包装紙に包まれ華やかにリボンで結ばれた、プレゼントボックスの山、山、山。
 自分の身長を遥かに超える高さにまで積み上げられたそれに、さすがの菫もあんぐりと口を開いて唖然とした。

「なに? この中から、当たりを見付けろっていう、ゲーム?」
「何を言ってるんですか。外れなんか用意しているわけないでしょう。全部一級品ですよ」

 菫の半分本気の問いかけにさらりと答えたのは、お茶を飲みながらも書類と睨めっこしている皇帝陛下を差し置き、優雅に客人の向いのソファに腰掛けカップを傾ける、宰相閣下である。
 多忙とはいえ要領のいい彼は、招待した兄夫婦を持て成す時間くらいは確保していたらしい。
 そんなクロヴィスと眉間に皺を寄せたルドヴィークを見比べて、菫が隣にくっ付いて座ったヴィオラントを見上げると、彼も些か呆れたような顔をしていて弟達を眺めていた。そして、妻の視線に気付くと、微かに苦笑を滲ませて彼女の髪を撫でた。

「確かに、ホワイトデーは三倍返しって言ったけどさ‥‥」
「そう聞いて本当に三倍ごときで留めるなど、男が廃るというものですよ」

 確かにこちらの世界において、チョコレートと同じ物を意味するショコラという食べ物は、高級茶葉にも匹敵する高価な嗜好品に分類される。原料である実は、グラディアトリアでは栽培されておらず、国内で流通しているものは全て農業大国コンラートからの輸入品である。
 しかし、菫が先月バレンタインのチョコレートを作るのに使ったのは、グラディアトリアで仕入れた物ではなく、祖国日本の馴染みの企業の代物。同じくチョコレートを作る予定だった義姉の真子に購入を頼み、蔦執事セバスチャンが守る壁の穴を通して受け取ったのだ。
 贈る男達が皆セレブであるという理由から、口の肥えた彼らの為にそれなりに上質なものを選んだが、それでも菫の禁煙応援貯金箱が僅かに軽くなる程度の出費であり、何にせよ目の前のお返しは度が過ぎていた。
 しかし、「こんなにいらないんだけど」と遠慮なくつれないことを言う年下の義姉に、宰相閣下はカップから唇を離して微笑んだ。

「私もルドもね、それなりの役職にあるのですから、収入は一般よりいいわけですよ。しかしながら、貯まる一方で使い道がなかなかない」
「ふうん」
「特に、我々はまだ養うべき家族もいませんから、貯まったものを投資する相手もいない」
「あっそう」
「せっかくなので、貢ぎ甲斐のある方の為に散財するのも、たまには楽しいものなんですよ」

 そういう次兄の言葉に、いまだ執務机から離れられない皇帝陛下も異存はないようだ。
 菫が伺うように視線を送ると、彼も肯定するように微笑んで見せた。

「妻が他所の男に貢がれるというのは、私としてはかなり複雑なのだが。そなた達だから、まだいいようなものの‥‥」
「まあまあ、兄上。甲斐性のない弟達に、少し楽しみを分けて下さいよ」

 そんな弟達の言い分に溜め息を吐いた長兄は、彼らの貢ぐ対象の少女を娶った男である。
 ヴィオラントはほとんど癖のように、お気に入りのふわふわの黒髪を撫でながら、彼としては限りなく破格の甘い苦言を呈した。
 大事な弟達のことであるから許せるが、溺愛する妻に貢ぐだの投資するだの言うのが他所の男であったならば、二度とそのような戯れ言を口にできないよう、徹底的な排除も厭わないだろう。
 そんなヴィオラントの苛烈な一面の存在を知りつつも尚、彼の弟妹に対する甘さも熟知しているクロヴィスは、兄が自分とルドヴィークの行いを咎めないことを確信していた。

 そして、冒頭のセリフである。

「私は、実は妹が欲しかったんですよ」

 発言者は宰相クロヴィス・オル・リュネブルク公爵。

「‥‥‥‥何言い出すのよ、急に」
「だってね、私の上には偉大な兄上と個性的な姉上ばかりで、やっと下の兄弟ができたと思ったら、ルドは皇帝を継ぐ事が早くから決まっていて、碌に甘やかすこともできなかったでしょう? 何と言いますか、ただただ甘やかすだけの庇護対象というのは、癒しとして結構役立つのですよね」
「‥‥‥孫に対する、祖父母の愛情と同じだな」
「ええ兄上、まさにそうです。育児の責任はのしかからず、愛でる事だけ楽しめる存在。スミレは、私にとってはそれにぴったり当て嵌まるんですよね」
「でも私、妹じゃないよ。お姉ちゃんでしょー」
「はいはい、そうでしたね。スミレちゃんは我々の、ちっちゃなおねえちゃまでしたねぇ」
「‥‥‥‥‥クロヴィス」

 笑みを深めるクロヴィスに対し不貞腐れた菫は、男達がそのぷっくりとした頬の愛らしさにやに下がっているとも知らず、ぶうぶう言いながら足元にあった大きな箱に手を掛けた。

「いいの? ほんとに全部もらっちゃうよ。後で返してって言っても、返してあげないからね!」
「もちろんですよ」

 不満そうな顔をしながらも、彼女の小さな手はとても丁寧にリボンを解き、破らないように繊細な仕草で包装紙を開いて行った。
中から出てきたのは、可憐なドレスや美しい装飾品の数々、愛らしい動物を模したぬいぐるみ達、嗜好を凝らしたお菓子の詰め合わせ、などなど。
 物欲は、どちらかと言うと強くないタイプの人間であるが、やはり菫もまだまだ十代の女の子。綺麗なものも、可愛いものも、美味しいものも、大好きなのだ。
 最初はさも、「くれるって言うからもらってやるよ」という小生意気な様子で、プレゼントの山を崩しに掛かった少女が、中から現れる贈り物達を手に取った途端、無意識にであろうが嬉しそうに頬を緩ませ、それを薔薇色に染めた愛らしい姿に、クロヴィスは好々爺のように満足気に目を細め、ルドヴィークはほっと溜め息を吐いて唇に柔らかな笑みを乗せた。
 夫たるヴィオラントに至っては、箱から取り出したプレゼントの山に埋まっていく小さな妻を拾い上げ、可愛くて堪らぬというように柔らかな頬にキスをした。

「ああ、いいですねぇ。貢ぐことがこんな楽しいこととは、知りませんでしたよ」
「‥‥‥貢ぐとか、お腹が出て脂ぎったおじちゃんになってからしたらいいんだよ。なんで若いのにそんなに思考が枯れてるんだよ」

 ヴィオラントの膝に抱かれた状態で、一通り全ての箱の中身を検分し終わった菫は、結局はしゃいでしまった恥ずかしさを誤摩化すように、お茶のおかわりに舌鼓を打つクロヴィスをちろりと睨んで憎まれ口を叩くが、何故か相手は更に笑みを深めた。

「スミレには、兄上との間にたくさん子供を作っていただいて、その内の一人にリュネブルク家を継いでもらえれば、私の肩の荷も下りるというものですよ」
「は?」
「そう考えれば、今貴女に投資する事は、将来私の跡を継いでくれる子の為になるかもしれないわけで、うん、とても有意義な行為でしょう」
「って、クロちゃんは、結婚する気ないの? 自分の子供に跡継がせたらいいじゃない」
「残念ながら、今の所予定はありませんねえ。平和過ぎて政略結婚で妻を迎える必要もないですし‥‥」
「婚活しなよ、婚活」
「いやですよ、そんな面倒くさいこと。ルドに勧めてあげて下さい」
「ルド、婚活しな」
「‥‥っ‥クロヴィス、ずるいぞ! 私だってまだ‥‥っ!」
「ああ、ルド、貴方まだ引き摺ってるんですか。全く往生際が悪いですねぇ。ユウト殿と気が合うわけですよ」
「なんで、そこでうちのお兄ちゃんの名前が出て来るの?」
「ルドもユウト殿も、兄上と貴女の可愛い子供でも見れば、さすがに諦めもつくでしょう。というわけで、早々に着手して下さいね」

 長兄と菫の幸せを心から祝福しながらも、いまだ彼女に対する恋情を全て払拭できていないルドヴィークと、ヴィオラントの妹に対する愛情を認め確かな信頼関係を築き始めながらも、いまだ嫁にやるには早かったと無駄な後悔を燻らせている優斗。
 クロヴィスに言わせれば、二人とも往生際が悪い事この上ないと呆れるところだが、しかし彼を嘲笑させる程愚かな事ではない。
 不思議そうに首を傾げる菫に、心の中でこっそり「この小悪魔め」と苦笑しつつ、彼女をしっかりと囲う腕の主に視線をやると、クロヴィスの敬愛する兄は微かに口の端を引き上げた。

「まあ確かに、今回のお返しは奮発し過ぎでしたね。では、その代わりと言ってはなんですが‥‥」
「なに? その、勝手に商品送りつけて代金要求する、新手の詐欺みたいな言い回し」
「いえいえ、早く私に可愛い甥っ子か姪っ子を抱かせて下さいよ。それで、チャラにしましょう」
「チャラとか、そんなジャンクな言葉、何処で覚えたの?」
「おや。スミレ語録が今、王城で密かに流行していることを、知らないんですか?」



 妻の弟達との遣り取りを、ヴィオラントは膝に抱いた彼女の黒髪を猫のように撫でながら、始終穏やかな表情で見守っていた。
少なくとも、菫はそう思っていた。
 そして、その後弟達に暇を告げ、後宮におわす皇太后陛下としばらく歓談して帰路につき、滞りなく就寝に辿り着いたはずだった。
 しかし、柔らかく弾んだベッドの上で、少女に覆い被さる形で、密かに魔王は降臨したのだった。


「私も、そなたにたっぷりとお返しをせねばならんな」
「‥‥お返しなら、もうくれたじゃない」

 日頃から菫には貢ぎまくっているヴィオラントから、プレゼントなどとは今更であるが、彼はもちろん今朝一番にホワイトデーのお返しを献上していた。

 美しい装丁の珍しい絵本をたくさん
 ーーーーグラディアトリアの文字を覚えた菫は、毎夜就寝の前に、ベッドにごろごろしながら絵本を読むのが日課となっていた。
 コンラートから取り寄せた、色とりどりの花々
 ーーーーこの朝、開花するように注文したそれらは、菫自らの手で屋敷のあちこちに生けられ、その日の内に満開を迎えた。
 レイスウェイク家の料理長に、当主自ら細かな依頼を施した、焼き菓子の数々
 ーーーー特に、菫が好きだと言う“マカロン”なるものは、こっそり詳細を彼女の兄から聞き出して、料理長ヨゼフと試行錯誤を繰り返して完成させた逸品である。

 それこそ、クロヴィスとルドヴィークの二人に貰ったプレゼントの山に匹敵する規模のものを、菫は既にヴィオラントから受け取っているのだ。
 そうだというのに、彼は瞳の奥に明らかにただならぬ光を宿しながら、「否」と甘い声で少女の耳に囁いた。


「弟達に引けを取ってはいられんからな」
「んん?」
「しかし、兄としては彼らの期待にも応えてやらねばなるまい」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「そなたにはそなた似の可愛らしい子供を。弟達には癒しとなる甥か姪を。是非とも早急に授けられるように、私は誠心誠意尽くすとしよう」

 そうして菫は、バレンタインデーに続きホワイトデーにも、がっつりちゃっかり美味しく頂かれてしまうのであった。

 結局、両日ともに一番いい思いをしたのは、おそらくヴィオラントで間違いないだろう。




関連記事
スポンサーサイト

Comments

Post A Comment

What's New?