五臓六腑

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続、乙女の秘密




「ジョル兄、ジョル兄」
「うん? 何かな、スミレちゃん」

 夕刻になると、夜間の衛兵に引き継いで勤務を終えたオルセオロ公爵ジョルトが、身重の妻ミリアニスをレイスウェイク邸に迎えにやってきた。
 妻の兄上であり、ほんの二年前まで、剣となり盾となり命を懸けて仕えた先帝閣下に、夫婦共々夕食に誘われたジョルトは、目の前にちょこんと座った少女に微笑みかけた。
 この屋敷の待望の女主人であり、敬愛する大公閣下がめろんめろんに溺愛している彼女は、立場上ジョルトの伯母と妻ミリアニスの伯父の養女。
 グラディアトリアの筆頭公爵家シュタイアーの令嬢で、当国唯一の大公爵家レイスウェイクに嫁いだのは、ふわふわの黒髪と美しいアメジストを瞳に抱いた、愛玩人形のように可憐な少女である。
 妻を含む皇族一同がそうであるように、今や馴染みとなったジョルトにとっても、彼女は妹か娘のように可愛い存在になっていた。

「お腹、ちょっと触ってもいい?」
「お腹かい? ああ、どうぞ」

 ナイフとフォークより重い物を持ったことがないような、華奢な白い腕を伸ばして、許しを得た少女は彼の腹をシャツの上から撫でた。
 どういう理由なのかは知れないが、隣で妻ミリアニスも真似をしたそうな顔をしているので、にっこり笑顔で促してみる。
 はたして、嬉々として大の男の腹を、有り難そうに撫で撫でしている淑女達という、非常におかしな構図が出来上がった。

「これが出来上がるまでには、どれだけ大変なのかな?」
「ジョルトも兄上も、私が物心ついた頃にはもう、騎士に混じって鍛錬を積んでいらっしゃったよ」
「じゃあやっぱり、ちょこっと腹筋鍛えるくらいじゃ、無理?」
「そうね、難しいと思う」

 何をしたいのかは分からないが、愛する妻と可愛い義理の従妹が和やかな様子なので、口を挟まずにこにことジョルトが見守っていると、席を外していたこの屋敷の主が、侍従長を引き連れて戻ってきた。
 そして、目の前の光景に、その彼ヴィオラントはぴくりと片眉を上げ、それから呆れたような溜め息を吐いた。

「今日は何か、腹にご利益がある日か? スミレ」
「そんな日があるの? ヴィー」
「いや、またそなたの国の、おかしな風習なのかと‥‥」

 夕餉には、まだ少し早い時刻。
 レイスウェイク大公爵の後ろから入ってきた侍従長サリバンは、貴人達に振る舞うお茶の用意を始めながら、愛する奥方を膝の上に掬い上げた主人を、慈しみ溢れる笑顔で見守った。
 続いて、女官長マーサもやって来て、身重のオルセオロ公爵夫人を気遣い、温かな膝掛けを差し上げながら、可愛らしい奥方のふわふわの黒髪にキスをする主人に、微笑まし気に目元を綻ばせた。

 しかし、その直後。

 彼らの主人が全身全霊で愛情を注ぐお姫様の、甘い甘い声が綴った言葉に、ぎょっと目を剥くことになる。


「あのね、ヴィー。私もいつか、腹筋割れるかなぁ?」


 もちろん、ぎょっとしたのは使用人の二人だけでなく、高貴な身分の男二人も、同じだった。

「だから、無理だよ、スミレ。でも待って、もし鍛錬するなら、子供が生まれたら私も一緒に‥‥」

 平然と言葉を返したのは、元より話を聞いていたミリアニスだけだ。

「‥‥‥スミレちゃんのお腹が割れてたら、とても怖いねぇ。ミリアニス、駄目だよ? 貴女も、割らなくていいからね」
「‥‥‥筋力を鍛えられるのは結構ですが、無理な筋肉作りはお勧め出来ませんね」
「‥‥‥いやあ! マーサはそんなの、嫌ですわあぁ!」

 ジョルトは、困ったような笑顔を浮かべて、妻と大公夫人を交互に見た。
 サリバンは、滑りそうになったポットの取手に、慌てて両手を添えて事無きを得、あどけない女主人を優しく諭すように意見を述べる。
 マーサは、可愛い可愛い奥方様の腹筋が、六分割に厳つく割れた光景を想像してしまったらしく、恐怖におののき悲鳴を上げた。

 そして、最もショックを受けたであろうヴィオラントはというと、己を落ち着かせようとするように、瞳を瞑って大きく深呼吸をし

 それから


「ーーーー全力で、阻止する」

 と、硬い声で、はっきりきっぱり告げた。




 レイスウェイク大公爵は、妻のふわっふわの黒髪が大好きだ。
 くりんと弧を描く長い睫毛に縁取られた、己とお揃いの色の大きな瞳も愛おしく、ちょんと可愛い小さな鼻も、ぷるんと瑞々しい花びらのように清楚な唇も、譲れない。
 触れれば柔らかく、円やかな薔薇色の頬だって、堪らない。
 もちろん、無邪気でいて小悪魔的な言動も、人懐っこいようでいて人見知りで、けれどヴィオラントには全身で信頼を寄せて甘える姿も、彼の思考の全てを支配するほど夢中にさせる。

 そしてまた、筋肉の存在を感じさせないような、柔らかくて華奢で、少し力を強めれば抱き潰して壊してしまいそうになる肢体も、とてもとても大切に思っているのだ。

 この、蕩けるようにやわっこくって、つるんと滑らかな腹を、筋だらけの硬い肉に浸食されるなど‥‥

 ーーーーたとえ世界が許しても、己が許さない

 と、ヴィオラントは思った。


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