五臓六腑

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蔦姫と年越し


 今宵は一年で一度だけ、どれだけ夜更かしをしても許される日である。



「ーーーと、スミレが言うのだが、どういう理屈か教えて頂きたい」


 菫の生まれ育った世界は、本日は一年の最終日。
 12月31日、大晦日である。
 一週間程前にロサンゼルスから帰ってきた両親と、優斗と真子の新婚夫婦は、年賀状の投函も大掃除もお節料理の用意も済ませ、すっかり修繕改装が済んだリビングに揃って寛いでいるところだった。
 菫の幼馴染みリョウ少年が内装を手掛ける時、新しい壁紙はオフホワイトの無地に統一した。
 それは、この野咲家のリビングに今年突然隣接することになった、異世界における大公爵様の私室の壁と、色を合わせるためだ。
 世界は柔らか素材のスケルトンな壁で隔てられているが、たった一カ所だけポトスの蔦に覆われた丸い窓が空いていて、それを通る大きさならば何でも物品の遣り取りが可能である。
 ちなみにそのポトス、レイスウェイク家では執事セバスチャンと親しまる蔦は、正月飾りにしめ縄と蜜柑を付けて貰って、なかなかに豪華な装いだ。

 野咲家の壁掛け時計の針は、もうすぐ夜の九時を指すところ。
 それを確認してから、壁の向こうから冒頭の問いを投げ掛けられた優斗は、片眉を上げて相手を見遣った。


「夜更かし、ね。ではまず聞くけど。あんたの言う夜更かしとは、何時を越えて起きていることだ?」
「もう、そろそろベッドに連れて行きたいのが正直なところだ」
「‥‥‥‥まだ、九時だけど? 今時、小学生でも起きてる時間だぞ」

 優斗が質問を返した相手は、昼間のかっちりとしたスーツ姿から、幾分ラフな部屋着に着替えてはいたものの、上品な暗色のガウンの上に流れる銀髪は目映いばかりで、その壮絶な美貌を少しも緩ませることがない。
 優雅に腰を下ろしたソファは、優斗からすればあくまで隔たりの向こう側だが、壁が完璧に透けているので同じ部屋の中にいる錯覚さえ起こさせる。
 何より、その相手と一緒にいる者が、彼にとっては壁で隔てられているのが今でも信じられない、最も身近で愛おしい存在であるのだ。


「‥‥っていうかっ! なんでやたらと、菫を膝に座らせるんだ、あんたはっ!!」
「無粋な問いを」

 銀髪の美貌の男、野咲家と繋がる部屋の主たる大公爵、つまり、優斗の妹の夫に納まったヴィオラント・オル・レイスウェイクは、相変わらず血の気の多い様子の義兄の問いを、さらりと躱した。
 彼は今、湯浴みを済ませて、むしゃぶりつきたくなるような薔薇色に頬を染めた少女を膝に座らせ、いつものようにその洗い髪を丁寧に拭ってやっているところだ。
 お気に入りの黒髪は出会った頃より少し伸びて、彼女の華奢な肩に先がかかる位の長さになっていたが、それを毎晩仕上げるのがヴィオラントの楽しみの一つである。

 少女は、ヴィオラントの最愛にして唯一の伴侶であり、優斗にとっては目に入れても痛くない程可愛い歳の離れた妹だった。

 菫は、柔らかで上質の糸で織られた淡い色合いのナイトドレスを身に纏い、その上から真っ白なガウンを着せられて、男の膝に座って素足をぷらぷらさせている。
 髪を乾かす背後の手が、時折不意に首筋や頬を撫でたり、形よい鼻先が旋毛に擦り付けられたりする悪戯を、気に留める事もない。
 そうしてぼんやりと、透けた壁の向こうの実家のワイド画面の液晶テレビを眺めつつ、少女はふわあと大きく欠伸をした。


「ほら、スミレ。眠いのだろう。髪が乾いたら、もうベッドに行こう」
「う~やだやだ。今夜は絶対に起きてるの。絶対に外せないテレビがあるんだからっ!」

 ふわふわになった黒髪を指で優しく梳かしてやりながら、優斗が聞いていて赤面する程の蕩けるような声でヴィオラントは就寝に誘うが、菫は懸命に眠気を吹き飛ばそうと抵抗する。


「こういうわけだ、義兄上。先程から、スミレは眠いくせにこう言って聞かぬ」
「はあ、まあ、いいんじゃねぇか? ちょっとくらい眠いの我慢させてやっても。そもそも、この時間で夜更かしって、あんたは年寄りか?」

 妹が両手で目をごしごし擦る様子さえ愛おしく堪らないらしく、怜悧な目元を緩めて甘く嗜めている年上の義弟に、優斗は呆れたように返したが、相手は心外なというふうに彼に向かって瞳を眇めた。


「ベッドに入るのがこの時間なだけで、何もすぐに眠るわけではない」
「ーーーー待て! それ以上言うな!」

 そして、最近頓に良く動くようになったヴィオラントの口角の筋肉が、例に漏れず質の悪い笑みを作ったことに気付いた優斗は、自己防衛機能を総動員して精神安定を図る。


「菫っ、そいつの口を塞げ! そいつは、にーちゃんの聞きたくない言葉を言おうとしているっ!!」
「あいあい」
「ーーーーっ! ばっ、ばかっ! 誰が口で塞げと言ったっ!!」

 ところが結局、妹という手駒は思うように働かず、見たくもない妹のキスシーンを見せつけられる羽目になった。
 どうも菫は少々寝惚けていたらしく、手っ取り早く兄の命令を遂行する為に、彼女は自分を膝に抱く男の両頬を小さな手で捉えると、むちゅっと自らの口で彼のそれに蓋をする。
 もちろん、ヴィオラントに異存があるはずもなく、押し付けられた柔らかな唇を逆に貪るように、自らが丹念に整えた黒髪の中に指を差し入れ、細い腰には腕を回した。
 ちなみに、野咲家のリビングには、優斗の他に両親と新妻の真子も居るのだが、彼らはすっかりヴィオラントの菫溺愛ぶりにも慣れっこになっていて、今更キスぐらいでいちいち騒ぐのは優斗一人だけになっていた。



「あああっ、くそっ‥‥! 年の瀬の忙しさに疲れた兄ちゃんを、労ろうという気はないのか、お前はっ!」
「あるよ、あるある。おにーちゃんと一緒に、“ゆく年くる年”見る為に、眠いの我慢して起きてるんだからっ」

 やけくそ気味に、缶ビールを一気飲みして睨んでくる兄に、ヴィオラントに絡められた舌からようやく逃れた菫は、シャキーンと親指をおっ立てて見せた。


「ユクトシ、クルトシ?」
「うん、ヴィーも一緒に見ようね。日本の伝統的テレビ番組だよ」
「‥‥ふむ。それは、どういった物なのだ?」
「えっとねぇ、いろんなお寺が映ってね、除夜の鐘の音が響いてねぇ」
「テラとは、確か宗教的な建物だったな。ジョヤノカネとは?」
「えーとえーと、お寺の鐘を撞く事なんだけど、百八回煩悩の数だけ撞くんだよ」
「煩悩‥な‥‥」


 菫の可愛らしい口から飛び出した言葉を反芻している男に向かって、優斗は「除夜の鐘聞いて、煩悩浄化してもらえっ!」と無言で呪いをかけたが、それに気付いたのか否か、ヴィオラントは問題ないとばかりに菫を抱いて立ち上がった。


「眠気を我慢してまで、見なければならないとは思えない。もう、寝なさい、スミレ」
「駄目だよ。あれを見ないと一年は終わらないし、新年も迎えられないんだよ?」
「呪いでもかかるというのか?」
「そんなわけ、ないけどさ‥‥‥」

 ヴィオラントは、とにかく早く妻を寝室に連れ去って、彼女を独り占めしたいようだ。
 毎晩存分に味わっているのだろうから、一晩くらいいいではないかと外野は思うのだが、本人にとってみればそれでも満足いかないらしい。
 彼が本気で丸めにかかると、眠気に普段のきれを欠いた菫では、到底太刀打ちできない。
 二本目の缶ビールを空けて、不貞腐れて背中を向けてしまった兄などはもう役に立たず、結局今夜も九時を半分も過ごさない内に、菫が家族の前から姿を消すのかと思われたその時、思わぬところから声が上がった。


「あらぁ、ヴィオラント君。年越しを待てば、素敵なイベントがあるのよ~」

 菫を宥めて背を向けようとしたヴィオラントを止めたのは、それまでにこにこして成り行きを見守っていた、優斗の妻となった真子である。
 優斗は、一体何を言い出すつもりだと、ぎょっとした顔で彼女を見た。


「それは、どのようなイベントでしょうか。義姉上様」

 いつも読めない言動をする彼女の言葉に、興味を引かれたらしいヴィオラントも振り返った。
 そんな彼と、その腕に子供のように抱かれてきょとんとする義妹の顔を見比べて、真子は「うふふ」とそれはそれは楽しそうな微笑みを浮かべると、いっそ無垢にも見える笑顔のまま言ってのけた。



「新年の記念すべき一発目、“姫始め”よ」
「まこーーーーーっ!!」
「ヒメハジメとは?」
「新年の初エッチのこと」
「すみれーーーーーっ!!」
「ほう」



 優斗の悲痛な絶叫と、彼の潰したアルミ缶がビールを噴く音が響く中、父と母は久々に祖国で見る紅白歌合戦に微笑み合いつつ、こんな賑やかな年越しは本当に久しぶりだなぁと、感慨深げに寄り添っていた。





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