五臓六腑

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蔦姫の余興6

Happy Halloween



「‥‥‥‥ヴィー、何だと思う? あれ‥‥」
「ふむ、灯りだな。我々が持っているのと同じようなランタンだろう」
「‥‥‥‥誰が持ってるの? もう、ヴィー達以外ここ通ってくる人いないはずなのに‥‥」
「ああ、そうなのか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 吸血鬼や妖怪の類いを題材にした物語は、この世界には存在しないが、ゴースト所謂幽霊なるものの登場する物語は、少なからず書かれている。
 ヴィオラントや現実主義の権化であるクロヴィスなどは、その存在を全く信じてはいないようだが、菫やルドヴィークのような夢見るお年頃の青少年は、少なからず信じているし、そういう話題が好きなのだ。
 だから、誰もいないはずの真っ暗闇の回廊に、ふよふよと音も無く現れた妖しいランタンを見て、即行ホラーなものと結びつけてしまうのも、若さ故と言ったところか。

 菫は、ぎゅうとヴィオラントの首筋にしがみついて、彼の銀髪に頬を埋めながらも、怖いもの見たさで片目を開けて廊下の先を窺った。
 ルドヴィークも、ごくりと生唾を飲んで黙り込み、心持ちランタンの柄を持つ手に力を入れた。
 ヴィオラントは、分かり易く怯える二人に目を眇めると、菫を片手にしっかりと抱き直し、ルドヴィークの手からランタンを奪って漂う灯りの方にスタスタと歩き始めた。


「兄上‥‥‥‥っ!?」
「‥‥‥‥っ!」


 焦ったような声を上げて、慌てて付いて来る末弟の気配に苦笑を滲ませつつ、息を飲んで更に密着してきた愛妻の柔らかさにはほくそ笑んだ男は、どんどん先に進んで行く。
 そして、体内のろうそくの明かりで発光し宙を漂う、お化けかぼちゃの姿がはっきり見える所まで来ると、立ち止まって口を開いた。



「なかなか、遊び心がおありで。ーーーーイメリア様」



 単身漂っていると思われたお化けランタンには、近くでよくよく見てみると、ちゃんとそれを吊す細い紐と提灯にするには長過ぎる棒が付いていて、その先は薄く開かれた扉の隙間の向こう、シュタイアー公爵夫人の手に繋がっていた。

「あらあ、見つかってしまいましたわねぇ。」
「‥‥‥なっ! マミィ!?」

正体を見破られたイメリア夫人は、にこにこと微笑みながら扉を開き、その奥に控えていたらしい老執事が部屋に明かりを点けた。

「ひどい~、マミィの裏切り者~。」
「いやだわ、スミレさんったら人聞きの悪い。何でも締めが大切ですのよ。せっかくの肝試し、お客様を驚かせずに帰してしまうなんて、シュタイアー公爵家の誇りが許しませんわ。」
「でも、ヴィーなんて、全然驚いてないし。」
「まあ、閣下を驚かせるのなんて、スミレさん以外の人間には不可能でしょうけれど。‥‥幸い、陛下には効果があったようですわね?」
「うっ‥‥‥ふ、不本意ながら‥‥‥。」

スタート前に菫のメッセージに気付き悪戯を回避した現帝と先帝のペアが、子供達の襲撃以外の仕掛けや飾りで肝試しを堪能できるとは思えなかったイメリア夫人は、裏道を通ってゴールの部屋に先回りする途中、彼らに対してささやかな悪戯を思いついたのだろう。
年老いた執事も女主人の提案に反対することはなく、途中の物置を物色して長い棒を調達してきた。
菫まで一緒にいたのは予定外だったが、全てを把握しているつもりの彼女が企画外の出来事で大いに怯えてくれたために、ヴィオラントはともかくとしてルドヴィークはリアルに肝を試されたようだった。

「うふふふふ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥。」

まさか貴婦人の鑑のような伯母上に悪戯を仕掛けられるとは思わず、年下の少女と一緒になってどきどきしていた自分が情けなくて、ルドヴィークは更に肩を落とす。
ヴィオラントはそんな末弟の肩を、慰めるようにぽんぽんと叩いた。





ゴールである当初のパーティ会場に戻ると、先に帰り着いた面々がそのままの状態で各々寛いでいた。


「‥‥‥‥何故、兄上とルドは無傷なのですか?」

そう不満げに漏らしたのは、ヴィオラントとルドヴィークと同じコースを先攻したクロヴィスだった。
彼の綺麗に整えられた金髪の頭には、ド派手なピンクのシルクハットが乗っかっていて、その天辺はパカリと大きく開き、バネ仕掛けの間抜け顔の人形がびよんびよんと揺れている。

「‥‥‥‥斬新な帽子だな、クロヴィス。」
「いいのですよ、兄上。言葉を選んでいただかなくても。ええそうでしょう、似合いますでしょう? この間抜けな帽子。わざわざ私にと選んでいただいたらしい義姉上様に、お礼を申し上げなくては。」

真っ黒い厳かな司祭服が霞んで見える程、仕掛け帽子はクロヴィスのお固い雰囲気をぶち壊し、見事な道化に仕上げていた。
しかも、目が逝った感じになっている人形の、ぱかりと開いた赤い口の中には何やら二つの文字らしきものが書かれていて、しかしそれはグラディアトリアで使われる文字ではないので本人には読めない。

「幼いお化け達がね、この帽子は間違えずに私に被らせるようにと、“スミレおねえちゃん”から指示を受けたというのですよ。ということは、上の文字は義姉上様から私へのメッセージと捉えるべきでしょう。一体どういう意味なのか、是非教えていただきたいのですが。ええ、早急にね。」
「いけないわ、クロヴィス君。安易に答えを得られるなんて、世の中甘く見過ぎなんじゃなくって? どうぞご自分でお調べになって。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」

恐れを知らない話術で、かの宰相を軽く躱した菫を、年若い皇帝陛下は無意識ながら尊敬の眼差しで見つめた。

余談ではあるが、菫がこちらの世界の文字を習ったように、ヴィオラントはもちろん何故かクロヴィスまでも、彼女の世界の文字に甚く興味を持っている。
王族兄弟の中でも飛び抜けて優秀で勤勉な彼らは、既に平仮名五十音と簡単な漢字ならば問題なく読み書きできるようになっていた。


『鬼畜』


それが、菫がクロヴィスにプレゼントした言葉である。

後日、とある筋から異世界の漢和辞典なるものを入手し、『鬼畜』の意味を知った宰相閣下が、「ふふふふふ」と不穏な笑みを浮かべた場に居合わせた皇帝陛下は、その時の彼はここ数年で一二を争う恐ろしさだったと護衛騎士にこぼしたらしい。




クロヴィスとペアだったシュタイアー公爵家の次男ディクレスは、女受けがいいからと長く伸ばした金髪に、フリルの付いた可愛いリボンをたくさん結ばれ、薄い唇には赤い口紅を若干大きめに塗り込めらた。
男の子達がクロヴィスに間抜け帽子を被せている間に、女の子達はディクレスを大きな人形にして遊んだらしい。
そして、彼らが指定された髑髏型の小物入れは、リアルな頭蓋骨の天辺部分が蓋になっていて、ぱかりと開けると中にはぎっしり淡い茶色のミルクキャラメルが詰まっていた。

「脳みそ食べてるみたいで、微妙な気分なんだけどね?」

そう言いながら、にこにこしてその内の一つを口に入れた化粧の濃い墮天使は、なかなか図太い神経をお持ちのようだった。


同じく先攻組として臨んだジョルドとカーティスの騎士コンビも、可愛らしいお化け達の洗礼を受けた。
悪魔に扮して湾曲した大きな角を頭にくっ付けていたジョルドは、その下に真っ白でもこもこな、例えるならばトイプードルのカットで整えられた頭のような鬘を被らされていた。
つまりアフロだ。
程よいボリュームの真っ白いアフロから、顔に沿って円を描くように二本の大きな角が伸びている。
その、まるで軍服を着た羊のようなジョルドの格好を目にした途端、ゴールで留守番という退屈な時間を過ごしていた身重の妻ミリアニスは、「痛い、腹が痛い。」と身を捩って爆笑し、夫を困らせた。

騎士服に黒い仮面という出立ちに、菫によって黒い猫耳と尻尾を授与されていたカーティスは、ピンクのインクで仮面の左右の頬にそれぞれ三本ずつ髭を描かれ、両手両足には大人の彼にもちょうどいい大きさの猫の手グローブ及びブーツが履かされた。
菫はそんな義兄の姿を可愛い可愛いと褒め讃えたが、「おっ、そうか?」と調子に乗る気力は、カーティスには無かった。

彼らが持ち帰ったのは、ジョックオーランタンの形をした小物入れで、通常なら三角形にする目の部分をハートの形にくり抜いた、一見可愛らしい代物だった。
しかし、頭の摘みを持ち上げて中身を覗き込むと、これまた毒々しい色のキャンディがぎっしり詰まっていた。



そして、残るはシュタイアー公爵と皇太后陛下の兄妹ペアであるが。
エリザベスは予め悪戯の可能性をヴィオラントに教えられ、対処法としてキャンディもたっぷり握らされていたので無傷であったが、何も知らない兄ヒルディベルは見事に子供達に弄ばれた。
小さなお化け達は、例え自分の親達が仕える屋敷の主人であろうとも、全く容赦はしなかった。
黒魔術師に扮していた公爵の黒いローブを剥ぎ取ると、代わりにたっぷりのフリルにデコレーションされた、ピンクの可愛らしいマントを着けさせる。
イメリア夫人作・菫専用なそのマントは、丈はもちろん小柄な少女に合わせて作られてあるので、長身の公爵が着ると太腿辺りまでしか無い。
はっきり言ってみっともない格好だが、お気楽な性格の彼がその位で動じるはずもなく、「どうだ~、似合うかい?」とちびっ子達に向って胸を張ってポーズをとるほどの余裕があった。
しかし、それを見た純粋無垢な集団が、「ぜんぜんにあわない~!」「へん~!」「きもちわるい~!」と口々に遠慮ない正直な感想をさえずり出すと、さすがに些か傷付いた様子だった。

「ダディー、きもい。これは、ないわ。」
「ううっ‥‥娘までも‥‥‥っ!」

彼にそれを着せた張本人であるはずの菫にまで、改めて全否定されて、傷心の公爵は真意の知れない笑みを浮かべる妻の胸で泣き崩れた。
ちなみに、今回はヴィオラントのおかげで悪戯を免れた皇太后陛下には、チョコレート顔面パックの刑が用意されていたが、それは実行されなくてよかったと、仕掛人の菫ですら後程冷静になった時には思った。

彼らが持ち帰った魔女の杖は、柄の部分にびっしり丸いチョコレートが詰まっていた。
一個一個が薄っぺらい銀紙に包まれた、田舎の駄菓子屋で量り売りしている感じの、カカオ率が極端に低そうなチープなチョコレートだが、その庶民臭い味が逆に皇太后陛下の肥えた舌を鷲掴みにしたらしく、彼女はしばらくそれにハマることになる。




当初のパーティ会場に全員が揃った頃には、既に夜もたいぶと更けてしまっていた。
それぞれされた悪戯を歓迎しているわけでもないのに、全員がそのままの格好で二次会が始まる。
あれだけ不満気だったクロヴィスでさえ、ヘンテコ帽子を今だ頭に乗っけたままワインに舌鼓を打っている。
それは彼ら参加者全員が、レイスウェイク大公爵夫人の余興に嫌々付き合ったわけではなく、むしろ大いに楽しんだのだという意思表示であろう。
自分たちでは考えもつかないような突拍子もない言動も、大胆で怖いもの知らずな彼女の全てが新鮮で、酸いも甘いも知り尽くした大人達にはとても愛おしかった。

この夜は、客人達はシュタイアー公爵邸に一泊する予定になっていた。
まずは、身重の妻ミリアニスを気遣って、オルセオロ公爵夫妻が退場した。
明日の朝早く王城に帰る予定のルドヴィークも、姉夫婦に続いて老執事の案内で早々に暇をし、それに倣うように宰相クロヴィスも客室にはけた。
シュタイアー公爵家の二人の息子達も、明日は通常勤務であるからと、皇帝と宰相に続いて自室に引っ込む。
そうすると、部屋にはホストであるシュタイアー公爵夫妻と皇太后陛下、それからレイスウェイク大公爵夫妻が残った。

一気に平均年齢が高くなった‥‥などと失礼なことを考えながら、酒の飲めない菫はシュタイアー家の老執事が用意してくれた軽食を摘んでいた。
他の大人達はというと、それぞれかなりの量のワインを体内に納めているというのに、一向に酔っ払う気配もない。
穏やかで緩やかな時間に身を任せるのが心地良くて、他愛ない彼らの会話に耳を傾けていた菫だったが、夜が深まるに連れて彼女の正確な体内時計が就寝を促し始める。
菫が隣でふわ~と欠伸をしたのを見逃さなかったヴィオラントが、彼女を抱き上げ暇を告げると、それを機に今宵のハロウィンパーティはお開きとなった。



ヴィオラントと菫が泊まるのは、今回もまたこの屋敷に堂々と備えられている菫の私室だ。
初めてその部屋を訪れた時には、養母イメリアの少女趣味満載な内装に辟易したものだが、何度か訪れるごとに菫は自分好みにいろいろと備品を弄ってきた。
それでもたまにこっそりと、ぬいぐるみやフリルのボリュームが増えていたりするのだが、当初よりはだいぶと落ち着いて過ごせる部屋にはなっている。
シュタイアー家の廊下は、肝試し大会が終了した後明かりが点けられているが、ハロウィンの雰囲気を壊さないようにという配慮から、今宵はこちらまでかぼちゃのランタンが使われたようだ。

オレンジの光彩が揺らめく幻想的な回廊を、小さな魔女を抱えた夜の王が闊歩する。
それは、絵描きが見れば筆を掴まずにはいられないだろう程に、妖しくも美しい光景であったが、彼らの会話の内容は見た目に反して大概に俗物的だったりする。


「結局、ヴィーを驚かせられなかった、つまんない。」
「驚いたさ。そなたのそのスカートの丈を見た時には。」

銀髪にシルクハットを乗せたヴァンパイア王は、己の僕たる魔女の衣装の丈に、未だに納得がいっていないようだった。
今宵のパーティに参加した男達は、肉親であったり特別親しく既婚者であったことから、何とか彼女がその格好でいることを許したが、これがもしも不特定多数の目の晒される場ならば、力づくでも参加を阻止したことだろう。
この白い腿の誘惑に勝てる男は居まい。
同じように、彼女が先帝閣下の愛妻と知りながら、手を出す命知らずも居るまいが。
菫は改めて自分の衣装を見下ろし、それから抱き上げられて接近した夫の襟元の、綺麗に整えられたドレープとリボンを撫でた。
そして、何か悪戯を思いついたのか、愛らしいかんばせが小悪魔よろしく魅惑的な笑みに包まれる。
「ん?」と片眉を上げたヴィオラントの耳に、甘い声は何処までも心地よい。


「ご主人様、ご主人様! トリック・オア・トリートっ!」
「そうきたか。」

いつの間にか到着していた今宵の寝室に、ヴィオラントは菫を抱いたまま滑り込むと、彼女をベッドの上にそっと下ろす。
当初はシーツから枕から何もかもが必要以上にピンクとフリルに侵されていたベッドも、落ち着いて休めるまでに改善されていた。
彼は自らの頭からシルクハットを脱ぐと、同じように少女のトンガリ帽子も取払い、どちらもベッド脇の椅子の上に放り投げた。

「しかし、困ったな。私はもう、菓子を持ち合わせてはいないのだよ。」
「ふぅん。」
「そなたの悪戯に身を任せる他、道はなさそうだな。」
「へぇ。」

ベッドの淵に明かりを背にして佇むのは、上品なテールコートの上に真っ黒いマントを羽織った、絶対的な夜の支配者。
マントの裏に息づく赤に気付いた者の、命を啜る。
その下僕たる可憐な魔女は、下ろされたベッドの上にぴょんと跳ね上がるようにして立つと、主人と同じ目線になった。
彼女は芝居がかった手つきで恭しく、全く困った様子のない、むしろ今宵で最も楽しそうな色を滲ませている王の両頬を包むと、そっと小鳥のように彼の唇を甘く啄み、

「では、ご主人様。遠慮なく悪戯するから、覚悟してね。」
「お手柔らかに、頼む。」

それから同じ色合いの瞳は見つめ合い、互いに笑みを深めた。


下克上の夜は、静かに更けていく。



ハッピーハロウィン。



【蔦姫の余興:おわり】


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