蔦姫の余興4
Happy Halloween
「肝試し?」
各々料理に舌鼓を打ち、良い感じにアルコールも入って、場が盛り上がってきたのを見計らい発表されたのは、シュタイアー公爵邸を舞台とした“大肝試し大会”である。
二人一組をくじでランダムに決め、それぞれ別々のアイテムを持って帰ってくるというもので、スタートは玄関、ゴールは今居るパーティ会場。
この後屋敷中の灯りが消され、挑戦者は提灯のように棒に吊したジャクオーランタンの灯りだけを手がかりに進む。
途中、菫の指示のもと設置された罠が、彼らを待ち受けているのだ。
「地図を渡すから、隅々まで見て書かれたルートをちゃんと通ってね。それから、各ペアごとに指定されたアイテムを一個、持ち帰って下さーい」
妊婦のミリアニスは、大事をとって今回は不参加だ。
残念そうな彼女には、ゴール地点であるパーティ会場に残ってもらい、帰ってきた者達が条件をクリアできているかどうかの判定を任せることにした。
ミリアニスの傍にシュタイアー家の侍女頭を残し、一行は菫の先導でスタート地点である玄関にまでやって来た。
そして、ペアを決める為のくじ引きであるが、主催者である菫と、肝試しのセッティングの指揮に協力したシュタイアー公爵夫人イメリアはスタッフとして除外された。
全く知らされていなかったらしいシュタイアー公爵は、「父を除け者にするなんて、ひどいっ‥‥」と盛大にいじけた。
「‥‥え~と、ダディは皇太后様と、ジョル兄とカーティス兄様、クロちゃんとディーク兄様、それから、ヴィーはルドとね」
それぞれが引いたくじの、組み合わせを発表した菫は、次いでそれぞれに一枚ずつ地図を渡した。
それをかさかさと開いて覗き込んだクロヴィスが、おや?と声を上げる。
「これは、スミレが書いたのですか? 文字、上達しましたねぇ」
「でしょ!」
「はい。ミミズの這った跡レベルから、幼児レベルにまで」
「‥‥‥‥‥‥‥」
菫は、実はアイテムとして持っていた魔法の箒の柄の先で、可愛くない義弟の鳩尾をぶすりと突いた。
最初の生け贄は、クロヴィス・ディクレス組に決定である。
「クロヴィスは、ああ言いながらも褒めているのだ。そなた、本当に文字が上達したな」
ヴィオラントの上の弟クロヴィスは、自分にも他人にも厳しい男で、滅多に誰かを褒めることはない。
そんな彼が、照れ隠しに憎まれ口を叩きながらも褒めたとおり、確かに菫の書いた文字は驚く程上達していた。
彼女手製の地図を覗き込んだヴィオラントが改めて褒めると、とびきり可愛い魔女に扮した彼の妻は、ふにゃんと愛らしく相好を崩した。
菫は、見た目をどれだけ褒められようが愛想を返さないのに、今のように自分が頑張って努力した成果を褒められると、とても嬉しそうな顔をする。
それがまた可愛くてならず、ヴィオラントが手を伸ばして柔らかな頬を撫でてやると、「えへへ、ご主人様~」と芝居がかって照れを誤魔化し、そんな菫に何故かルドヴィークが頬を赤らめた。
そうして、まずは宰相クロヴィスと騎士団第二隊長ディクレスのペアが出発した。
彼らの地図には、スタートからそう遠くない位置に髑髏のイラストと、それについての注意書きが添えられていた。
髑髏の形をした小物入れを、彼らはゴールへ持ち帰らなければならないらしい。
「おお、スミレ。絵の方も、上達したじゃないですか」
「‥‥‥‥‥それは、マミィが描いてくれたんだよぉ」
「‥‥‥‥‥そうですか」
残念ながら、絵心の向上は諦めた感がある菫にそれ以上何も言わず、クロヴィスはディクレスを伴いさっさと最初の扉を開けて入っていった。
続いて、身重の妻ミリアニスをゴール地点に待たせている、騎士団長にしてオルセオロ公爵ジョルトを、菫は送り出した。
くじで決まった彼のパートナーは、部下であり従弟でもある騎士団第一隊長カーティスだ。
彼らの地図には、ジャックオーランタンの絵が描いてあり、目をハートの形にくり抜いたお化けかぼちゃの小物入れと、説明がなされていた。
大貴族であるシュタイアー公爵の屋敷は広大で、それを利用して菫とイメリア夫人はルートを二つ作ったらしい。
別々のルートを指定された、宰相・第二隊長ペアと騎士団長・第一隊長ペアが出発し、残された二組は彼らのゴールを待ってからのスタートとなる。
スタート地点は玄関とはいえ、貴人を迎えるにあたってきちんとテーブルにお茶の用意もなされ、この屋敷の年老いた執事が順番を待つ客人達をそつなく接待した。
「スミレ、何処へ行く?」
先発組が出発すると、菫はスタート地点をイメリア夫人に任せて、その場を離れようとした。
もちろん、彼女から注意を反らさないヴィオラントが気付かないはずがなく、声を掛けられた菫はふわふわのスカートを揺らせてくるんと振り返り、そして悪戯っぽく微笑んでみせた。
「私、現場監督だから。いろいろ見届けなくっちゃ」
「‥‥‥‥ふむ」
「ヴィーも皆も、頑張ってね。ゴールで待ってまーす」
そう言うと、菫は先の二組が入ったのとはまた違った扉を開き、するりと姿を消した。
どうやら裏ルートを使って、こっそり挑戦者達の様子を観察するつもりらしい。
大国の事実上トップクラスの面々を集め、それを掌の上で弄んで楽しむ少女に、ヴィオラントは我妻ながら、その剛胆さに感服する思いだった。
彼は小さく一つ溜息を吐き、ワインの微かな酩酊感を払拭するように水を一杯飲むと、穏和な笑みを浮かべて佇んでいるシュタイアー公爵夫人に向き直る。
「イメリア様、その籠の中身を是非頂きたい」
彼女にだけ聞こえるような小さな声で頼むと、妖艶な魔女に扮した公爵夫人は「あら」と微笑み、さり気なさを装って彼の傍に寄って来た。
「さすがは、大公閣下。お気付きですわね」
イメリアは、玄関に来てからずっと手に籠を下げていた。
上には、彼女が好きそうな花柄の可愛らしい布が掛けられていて、中身は見えない。
不自然な感じは全くしなかったので誰も気に留めなかったが、ヴィオラントに応えて夫人がそっと上掛けをずらすと、籠の中には色とりどりの紙に包まれたキャンディがびっしり詰まっていた。
ヴィオラントが夫人に目礼して、それらを掴んでマントの内側のポケットに詰めていると、内緒話に気付いた弟ルドヴィークが、何事かと訝し気に寄って来た。
「ルドヴィーク、そなたも詰められるだけ詰めておけ」
「え? そんなに菓子を持って、どうする気ですか?」
「スミレは、“地図を隅々まで見て”と言っただろう。その通りにすれば分かる」
「‥‥‥‥‥‥‥?」
長兄の言葉に首を傾げながらも、ポケットというポケットにキャンディを詰めてから、ルドヴィークがもう一度宛てがわれた地図をよく見てみると‥‥‥
「ーーーあっ‥‥‥」
「気付いたか」
「‥‥‥‥‥はい」
地図の下の端に、ものすごーく小さな、ものすごーく薄い字で、こう書かれてあった。
『トリック・オア・トリート=お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ』
「わざわざ書いてあるということは、そう言われる可能性があるということだ」
「‥‥‥なるほど。言われて、菓子を持っていないと、何か悪戯をされるわけですね?」
「そういうことだな」
「さすが兄上‥‥‥こんな文字、よく気付きましたね」
「あれからのメッセージを、私が一つでも見逃すと思うか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥いいえ‥‥」
何だかやっぱり、恋しい少女の事に関しても、この兄には到底敵わないとルドヴィークは思った。
その後、シュタイアー公爵が他に気を取られている間に、ヴィオラントはこっそり皇太后エリザベスにもキャンディを握らせた。
成人した弟達や、浮かれた父公爵が菫の悪戯の餌食になるのはいっこうに構わないが、敬愛する義母は守って差し上げても、妻は文句は言わないだろう。
皇太后が、ペアである公爵にも教えればそれでもいいと思っていたヴィオラントだったが、彼女は事情を聞くとにやりと面白そうに笑い、さっさとキャンディを懐に隠してしまった。
彼女も、実兄であるシュタイアー公爵が悪戯されるのを、助ける気はないらしい。
全てを傍観していたイメリア夫人は、それはそれは楽しそうににっこりと微笑んだ。
間もなくして、先攻の二組がゴールをしたとの知らせが届く。
いよいよ、残りの二組が出発する時が来た。
「肝試し?」
各々料理に舌鼓を打ち、良い感じにアルコールも入って、場が盛り上がってきたのを見計らい発表されたのは、シュタイアー公爵邸を舞台とした“大肝試し大会”である。
二人一組をくじでランダムに決め、それぞれ別々のアイテムを持って帰ってくるというもので、スタートは玄関、ゴールは今居るパーティ会場。
この後屋敷中の灯りが消され、挑戦者は提灯のように棒に吊したジャクオーランタンの灯りだけを手がかりに進む。
途中、菫の指示のもと設置された罠が、彼らを待ち受けているのだ。
「地図を渡すから、隅々まで見て書かれたルートをちゃんと通ってね。それから、各ペアごとに指定されたアイテムを一個、持ち帰って下さーい」
妊婦のミリアニスは、大事をとって今回は不参加だ。
残念そうな彼女には、ゴール地点であるパーティ会場に残ってもらい、帰ってきた者達が条件をクリアできているかどうかの判定を任せることにした。
ミリアニスの傍にシュタイアー家の侍女頭を残し、一行は菫の先導でスタート地点である玄関にまでやって来た。
そして、ペアを決める為のくじ引きであるが、主催者である菫と、肝試しのセッティングの指揮に協力したシュタイアー公爵夫人イメリアはスタッフとして除外された。
全く知らされていなかったらしいシュタイアー公爵は、「父を除け者にするなんて、ひどいっ‥‥」と盛大にいじけた。
「‥‥え~と、ダディは皇太后様と、ジョル兄とカーティス兄様、クロちゃんとディーク兄様、それから、ヴィーはルドとね」
それぞれが引いたくじの、組み合わせを発表した菫は、次いでそれぞれに一枚ずつ地図を渡した。
それをかさかさと開いて覗き込んだクロヴィスが、おや?と声を上げる。
「これは、スミレが書いたのですか? 文字、上達しましたねぇ」
「でしょ!」
「はい。ミミズの這った跡レベルから、幼児レベルにまで」
「‥‥‥‥‥‥‥」
菫は、実はアイテムとして持っていた魔法の箒の柄の先で、可愛くない義弟の鳩尾をぶすりと突いた。
最初の生け贄は、クロヴィス・ディクレス組に決定である。
「クロヴィスは、ああ言いながらも褒めているのだ。そなた、本当に文字が上達したな」
ヴィオラントの上の弟クロヴィスは、自分にも他人にも厳しい男で、滅多に誰かを褒めることはない。
そんな彼が、照れ隠しに憎まれ口を叩きながらも褒めたとおり、確かに菫の書いた文字は驚く程上達していた。
彼女手製の地図を覗き込んだヴィオラントが改めて褒めると、とびきり可愛い魔女に扮した彼の妻は、ふにゃんと愛らしく相好を崩した。
菫は、見た目をどれだけ褒められようが愛想を返さないのに、今のように自分が頑張って努力した成果を褒められると、とても嬉しそうな顔をする。
それがまた可愛くてならず、ヴィオラントが手を伸ばして柔らかな頬を撫でてやると、「えへへ、ご主人様~」と芝居がかって照れを誤魔化し、そんな菫に何故かルドヴィークが頬を赤らめた。
そうして、まずは宰相クロヴィスと騎士団第二隊長ディクレスのペアが出発した。
彼らの地図には、スタートからそう遠くない位置に髑髏のイラストと、それについての注意書きが添えられていた。
髑髏の形をした小物入れを、彼らはゴールへ持ち帰らなければならないらしい。
「おお、スミレ。絵の方も、上達したじゃないですか」
「‥‥‥‥‥それは、マミィが描いてくれたんだよぉ」
「‥‥‥‥‥そうですか」
残念ながら、絵心の向上は諦めた感がある菫にそれ以上何も言わず、クロヴィスはディクレスを伴いさっさと最初の扉を開けて入っていった。
続いて、身重の妻ミリアニスをゴール地点に待たせている、騎士団長にしてオルセオロ公爵ジョルトを、菫は送り出した。
くじで決まった彼のパートナーは、部下であり従弟でもある騎士団第一隊長カーティスだ。
彼らの地図には、ジャックオーランタンの絵が描いてあり、目をハートの形にくり抜いたお化けかぼちゃの小物入れと、説明がなされていた。
大貴族であるシュタイアー公爵の屋敷は広大で、それを利用して菫とイメリア夫人はルートを二つ作ったらしい。
別々のルートを指定された、宰相・第二隊長ペアと騎士団長・第一隊長ペアが出発し、残された二組は彼らのゴールを待ってからのスタートとなる。
スタート地点は玄関とはいえ、貴人を迎えるにあたってきちんとテーブルにお茶の用意もなされ、この屋敷の年老いた執事が順番を待つ客人達をそつなく接待した。
「スミレ、何処へ行く?」
先発組が出発すると、菫はスタート地点をイメリア夫人に任せて、その場を離れようとした。
もちろん、彼女から注意を反らさないヴィオラントが気付かないはずがなく、声を掛けられた菫はふわふわのスカートを揺らせてくるんと振り返り、そして悪戯っぽく微笑んでみせた。
「私、現場監督だから。いろいろ見届けなくっちゃ」
「‥‥‥‥ふむ」
「ヴィーも皆も、頑張ってね。ゴールで待ってまーす」
そう言うと、菫は先の二組が入ったのとはまた違った扉を開き、するりと姿を消した。
どうやら裏ルートを使って、こっそり挑戦者達の様子を観察するつもりらしい。
大国の事実上トップクラスの面々を集め、それを掌の上で弄んで楽しむ少女に、ヴィオラントは我妻ながら、その剛胆さに感服する思いだった。
彼は小さく一つ溜息を吐き、ワインの微かな酩酊感を払拭するように水を一杯飲むと、穏和な笑みを浮かべて佇んでいるシュタイアー公爵夫人に向き直る。
「イメリア様、その籠の中身を是非頂きたい」
彼女にだけ聞こえるような小さな声で頼むと、妖艶な魔女に扮した公爵夫人は「あら」と微笑み、さり気なさを装って彼の傍に寄って来た。
「さすがは、大公閣下。お気付きですわね」
イメリアは、玄関に来てからずっと手に籠を下げていた。
上には、彼女が好きそうな花柄の可愛らしい布が掛けられていて、中身は見えない。
不自然な感じは全くしなかったので誰も気に留めなかったが、ヴィオラントに応えて夫人がそっと上掛けをずらすと、籠の中には色とりどりの紙に包まれたキャンディがびっしり詰まっていた。
ヴィオラントが夫人に目礼して、それらを掴んでマントの内側のポケットに詰めていると、内緒話に気付いた弟ルドヴィークが、何事かと訝し気に寄って来た。
「ルドヴィーク、そなたも詰められるだけ詰めておけ」
「え? そんなに菓子を持って、どうする気ですか?」
「スミレは、“地図を隅々まで見て”と言っただろう。その通りにすれば分かる」
「‥‥‥‥‥‥‥?」
長兄の言葉に首を傾げながらも、ポケットというポケットにキャンディを詰めてから、ルドヴィークがもう一度宛てがわれた地図をよく見てみると‥‥‥
「ーーーあっ‥‥‥」
「気付いたか」
「‥‥‥‥‥はい」
地図の下の端に、ものすごーく小さな、ものすごーく薄い字で、こう書かれてあった。
『トリック・オア・トリート=お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ』
「わざわざ書いてあるということは、そう言われる可能性があるということだ」
「‥‥‥なるほど。言われて、菓子を持っていないと、何か悪戯をされるわけですね?」
「そういうことだな」
「さすが兄上‥‥‥こんな文字、よく気付きましたね」
「あれからのメッセージを、私が一つでも見逃すと思うか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥いいえ‥‥」
何だかやっぱり、恋しい少女の事に関しても、この兄には到底敵わないとルドヴィークは思った。
その後、シュタイアー公爵が他に気を取られている間に、ヴィオラントはこっそり皇太后エリザベスにもキャンディを握らせた。
成人した弟達や、浮かれた父公爵が菫の悪戯の餌食になるのはいっこうに構わないが、敬愛する義母は守って差し上げても、妻は文句は言わないだろう。
皇太后が、ペアである公爵にも教えればそれでもいいと思っていたヴィオラントだったが、彼女は事情を聞くとにやりと面白そうに笑い、さっさとキャンディを懐に隠してしまった。
彼女も、実兄であるシュタイアー公爵が悪戯されるのを、助ける気はないらしい。
全てを傍観していたイメリア夫人は、それはそれは楽しそうににっこりと微笑んだ。
間もなくして、先攻の二組がゴールをしたとの知らせが届く。
いよいよ、残りの二組が出発する時が来た。
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