五臓六腑

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蔦姫の余興3

Happy Halloween



「‥‥‥‥‥兄上‥‥」
「‥‥‥これは、また。似合い過ぎですね」

 日が落ちる直前に連れ立ってやってきたのは、グラディアトリアの皇帝ルドヴィークと、宰相にしてリュネブルク公爵クロヴィスだ。
 護衛騎士として同行した騎士団長ジョルトは、シュタイアー公爵夫人の甥オルセオロ公爵としても、パーティに招待されている。
 別室で素早く着替えてきたらしい彼らは、会場に入るなり異彩を放つ長兄に目を奪われる事となる。

 長兄ヴィオラントの並外れた美貌は弟達も承知のことであるが、今宵の装いはまたそれに拍車を掛けて、見据えられれば息が詰まりそうな畏怖と、更に男でもぞくりとするような妖しさを兼ね備えていた。
 吸血鬼ヴァンパイアなるものの知識はない彼らだが、ヴィオラントが人外だと言われれば、今なら成程と納得してしまいそうな、そんな完成度の高い仮装であった。

「何ですか、悪の帝王ですか?」
「いえいえ、美女の生き血に飢えた吸血のボスです。やばいでしょ?」
「やばいですね。ついでに、貴女の格好もね」
「うん?」

 実はファンタジー系の物語が大好きなルドヴィークは、長兄の現実離れした姿に感動していたようだったが、すぐにその膝の上にちょこんと乗せられている存在に目を奪われ、頬を赤らめ口をぱくぱく声もでない様子だった。
 そんな弟をしり目に、クロヴィスは冷静な目で兄とその奥方を眺め、それからあまり機嫌のよろしくないらしいヴィオラントに代わって質問に答えた菫をまじまじと観察した。

「それで、今宵の義姉上様の装いは、一体何なんですか?」
「魔女だよ。きゃわゆいでしょ?」
「なるほど、魔女とは‥‥魔性の化身たる貴女に、ぴったりですね」
「クロちゃんもよくお似合いよ。黒司祭様」

 クロヴィスの今宵の装いは、黒を基調に厳かで不可侵な紋様が刻まれた、司祭服である。
 神に仕える清らかな聖職者のはずなのに、何だろうか、この滲み出るような闇の気配は。

「腹の中真っ黒な司祭さんね。賄賂いっぱい貰ってそう! 変な宗教団体つくりそう!」

と、魔女っ子に遠慮ない感想を頂いたクロヴィスだが、全く機嫌を損ねた様子もなく「ふふふ」と黒く笑ってみせた。

「そんなことより、貴女は斬新なドレスですね」
「‥‥みっ、短過ぎるだろうっ! 何だ、その格好はっ!」

 菫の格好を、ちらりと流し見て面白そうに言ったクロヴィスに、不機嫌そうな声を重ねたのは、まだ盛大に頬を赤らめたままのルドヴィークだ。
 弱冠18歳の若き皇帝陛下は、今宵は左目を黒い眼帯で隠した海賊の装い。
 自らの瞳の色を濃くしたような藍のロングコートには金の飾りが映え、豪奢なベストに襟元をたっぷりのフリルで飾ったブラウス。
 黒い下履きの裾は膝丈までの厳ついブーツに突っ込まれ、見事な金髪を流した頭にはドクロマークを抜いた大きな黒いキャプテンハット。
 先日、菫が実家から取り寄せ進呈したファンタジー小説に登場する、キャプテンパイレーツを忠実に再現した衣装である。
 海にはあまり馴染みのないグラディアトリア人の皇帝が、今一番興味があるのは、船あるいは船乗りであると知っている者は、けして少なくはない。
 菫は、気怠気に椅子に腰掛け血のように真っ赤なワインを飲んでいた、ヴァンパイア王の膝からぴょこんと飛び降り、まだ少年っぽさが抜けきらない一番歳の近い義弟の傍に駆け寄った。

「ルド! いいじゃない!」
「‥‥えっ‥‥‥?」
「すごい似合ってるよ! カッコいい!」
「そっ‥‥そうか?」

 長兄の妻となった菫に、今更横恋慕するのも不毛だと自覚しながらも、まだその恋心を完全に思い出に昇華できていないルドヴィークが、無邪気に間近で掛けられた彼女の賞賛を喜ばないわけがない。
 嬉しさを隠し切れず顔を綻ばせた彼に、にこりと微笑んで見せるのは全く残酷で罪深い魔女であると、傍らでクロヴィスが天を仰いだとも知らずに、菫は今度は後からやってきたシュタイアー家の二人の兄に顔を輝かせた。

「わあっ!ディーク兄様、なにそれ、どうなってんの!?」

 まず菫の目に止まったのは、服装こそは白のスーツに暗色のシャツと貴族らしい正装であるが、その背には大きな黒い翼を二本生やした、シュタイアー家の次男ディクレスだ。

「やあ、僕のお姫様。君は今宵もまた、なんて可愛いらしいんだろう」

 父公爵に性格も容姿も一番そっくりだと自他共に認める彼は、甘いマスクでにっこりとお気に入りの義妹に微笑みかけた。
 彼の今宵の装いは、堕天使だそうだ。
 背後に回って、良く出来ている作り物の黒い翼に感心していた菫は、次に長男カーティスに目を向ける。
 そして、あまり浮かない顔の彼の周りをぐるりと回り、正面に戻ってはつんと口を尖らせた。

「カーティス兄様、普通に制服じゃんっ。仮装はどうしたの、仮装はっ!」
「‥‥‥‥人には、得手不得手というものがあって‥‥」
「何、言い訳がましいこと言ってるの、兄上。だから大人しく言う通り、僕と双児天使やっときゃよかったのに」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 真面目の塊のようなカーティスには、仮装での参加は荷が重過ぎたようで、一応顔には黒い仮面をつけてはいるが、身体を包むのは彼の正装とも言える騎士服だ。
 普通の夜会であれば、世の貴婦人たちは挙って頬を赤らめ、熱い溜息を吐きそうな逸品であるが、仮装が条件のパーティにおいて、手厳しい義妹がそれしきのことで許してくれるはずもない。
 ぷんと怒って頬を膨らませた最高にキュートな魔女に、カーティスが居たたまれなくなった頃、しかし何故か突然相手の表情が一変する。
 弟ディクレス曰く、善からぬ企みに塗れた笑顔で、菫はおののく義兄に「でも、大丈夫」と微笑みかけた。

「こんなこともあろうかと、菫はちゃあんと用意しておきました」

「じゃあん!」と彼女が懐から取り出したのは、二種類の黒い物体。

 ぴんと立った黒い猫耳付きカチューシャと、腰に回して結べるように紐が付いた、黒い尻尾。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

魔女の使いは黒い猫。

ウィッチ菫にも、でかくて厳つい黒猫の下僕が誕生したようだ。




「ーーーースミレ」


 それまで、黙って眺めていた男が、遂に口を開いた。

 黒い仮面と騎士服のカーティスに、猫耳と尻尾をくっ付けて盛り上がっていた一同を、そのたった一言で黙らせた夜の王は、気怠げに椅子に深く身体を預けたまま生き血のようなワインを含み、それから己の声に反応して振り返った小悪魔、いや魔女に視線を向けた。
 そうして、黒い上質のズボンに覆われた己の膝をぽんと叩いて「ここへ」と呟くと、可愛らしい魔女は首を傾げるようにして、魅惑的に微笑んだ。

「はい、ご主人様」
「ーーーーごっ‥‥!?」

 菫の背後で、思わず大きな声を出してしまった口を自分の両手で塞いだのは、ルドヴィークだった。
 可哀想にその後の言葉が続かないらしく、またもや酸欠の池の鯉のように口をぱくぱくさせている。
 彼の隣で兄クロヴィスが「まぁた‥‥あの二人は、何して遊んでるんでしょうね」と、呆れた様子で呟いた。

 ふわふわのスカートを揺らして菫がヴィオラントの元に駆け寄ると、彼は再び妻を膝の上に抱き上げて、眩しい程に白い腿をさり気なく己のマントで隠す。
 その様子をシュタイアー公爵が微笑ましく、だが顔にはにやにや笑いを貼付けて見守っていることに気付いてはいたが、妻の事に関しては誰かに遠慮する事も憚ることもしないヴィオラントは、気にせずトンガリ帽子からはみ出した愛しい黒髪の中に鼻先を突っ込んだ。




 屋敷を会場として提供し、菫と共に主催者の欄に名を連ねたシュタイアー公爵ヒルディベルは、養女の当初の提案通り黒いローブに身を包んだ黒魔術師。
 シュタイアー公爵夫人イメリアも、夫に合わせたのか光沢の美しい細身の黒いドレスを着て、妖しい魔女に扮している。
 菫も合わせて、義理の親子は仲良く魔法使い一家になった。
 長男カーティスは、不本意ながら魔女の眷属にされてしまい、ひとり畑違いの墮天使ディクレスは、「僕だけ仲間はずれだね~」と笑った。

 レイスウェイク家の面々より先に到着していた皇太后エリザベスは、生きとし生けるものの命を預かる氷の女王。
 その目に似せた薄青と雪のような白を基調に、麗しくも何処か冷たい雰囲気が、彼女の美貌によく似合う。
 その娘であり、ヴィオラントの下の妹ミリアニスも、母と一緒の馬車でシュタイアー家に先乗りして、弟クロヴィス扮する黒司祭とは対照的な、清らかなシスターの装いに着替えていた。
 繊細な刺繍が散りばめられた白い修道服は、僅かに膨らみ始めた下腹を締め付けないように、すとんと足首まで緩やかだ。
 そして、ミリアニスの夫であり、イメリアの甥でもあるオルセオロ公爵ジョルトは、黒に金赤の装飾が入った軍服風コスチュームで、頭には大きなヤギの角のようなものを生やしている。
 菫がそれはどうしたのかと尋ねると、ジュルトは「ちょうど、角切りの季節だからね」と微笑み、本物の獣の角だと判明した。
 悪魔に扮したらしい彼が、柔らかい笑みを浮かべて寄り添うのが、身重の美しいシスターであるとは、それだけで妖しく背徳的だ。


 今宵の会場となったのは、以前菫お披露目のための夜会に使用された大広間ではなく、もう少しこじんまりとした、本当に親しい客人達を迎えるためのプライベートスペースである。
 そして、天井から釣り下がっている豪奢なシャンデリアは今は灯りを奪われ、代わりに部屋中にたくさん並べられたかぼちゃランタンが辺りを照らしている。
 それは、半月前からレイスウェイク家並びにシュタイアー家の人々がせっせと拵えた、ジャックオーランタンの一群だった。
 今年はお化けかぼちゃが豊作で、レイスウェイク家の庭師ポム爺さんの管理する畑でも、余る程に収穫出来た。
 菫の世界のお化けかぼちゃは食用には向いていないが、こちらの物は普通のかぼちゃと変わらず美味で、ランタン用にくり抜いた中身はきちんと人々の胃袋の中に消費された。
 菫もいろいろ料理やお菓子を作ったが、中でも受けがよかったのが茶巾だ。
 柔らかく茹でて潰したかぼちゃに、ミルクとバターと砂糖を加え、茶巾に絞って冷やしたシンプルなお菓子は、老若男女全てに愛された。
 最初の日に飾り切りナイフで指を傷付け、ヴィオラントに刃物禁止令を申し渡された菫だったが、やはり指を銜えて見ているだけは性に合わず、何度か夫の目を盗んでランタン製作に参加しては、結局ばれてお灸を据えられるというのを繰り返し、けれど最後には根負けしたらしい彼に、頼むから自分が一緒の時だけにしてくれと懇願される始末。
 何でも器用にやってのけるヴィオラントにも手伝わせて出来た、手作りジャックオーランタンの大群は、圧巻であった。

 ランタンに入れられたろうそくの炎は、その器の色を克明に反射して、部屋の中は幻想的なオレンジ色に包まれていた。
 ジャックオーランタンの他にも、幾つかのオーナメントは手作りされて、ハロウィンの雰囲気を盛り上げるために一役買っている。
 とは言っても、ハロウィンという風習自体がこの世界にはなく、唯一の経験者である菫は、日本人お得意の脚色済みイベントしか体験したことがないので、あくまで彼女のイメージのみに頼るという危うさだが、今宵の客人の中にそれに文句を言うような者はいないだろう。

 そうして、菫以外の参加者全員が、実は血の繋がりがあるというアットホームなパーティには、主催者である菫からとあるイベントが用意されていた。




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