五臓六腑

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蔦姫の余興2

Happy Halloween



「それで、その“ハロウィン”というのは、実際はどういう祭りなんだい?」

 菫の傷の処置が済むと、ヴィオラントは彼女を連れ、シュタイアー公爵を促し客間に戻った。
 念願の愛娘手作りクッキーを堪能しつつ、公爵は興味深い異世界の祭りについて質問をする。

「う~ん、ほんとに詳しいことは知らないだってば。でも確か、ハロウィンの夜には死んだ人が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出るって外国では言われててね。それから身を守るために仮面をつけたり、お化けかぼちゃで悪い霊を怖がらせて、追い払ったりするんだって聞いてるよ」
「ほう、悪い霊とは‥‥なかなかおどろおどろしい祭りなのだな」
「でも、私の周りの認識から言うと、やる事って言えば仮装して騒いで、“トリック・オア・トリート”でお菓子貰うだけって感じだよ」
「“トリック・オア・トリート”?」
「お菓子くれなきゃ悪戯するぞっていう意味。そう言って家を回る子供達に、大人達はどっさりお菓子をあげるんだよ」
「ほほう、言い様は可愛らしいが、ようは恐喝だな」
「宗教的な意味は全部すっ飛ばして、楽しいとこだけ取り入れるの、日本人って得意なんだよね」

 せっかくなので、ジャックオーランタンも幾つか作る事にした。
 これがあるだけで、菫的にはハロウィン気分が一気に盛り上がるからだ。
 しかし、迂闊に怪我をしてしまったことで、ヴィオラントは彼女が刃物を持つ事を禁じてしまった。
 仕方がないので、デザインと作り方の指示だけして、実際に作るのは屋敷の者に任せることにする。

「で、ヴィオラントが仮装する“キュウケツキ”というのも、その悪しき霊の一種なのかな?」
「霊じゃなくて怪物の類いかな。人の生き血を飲んで、血を吸われた人間も吸血鬼になって下僕になるの。それに、日に当たると灰になるから活動時間は夜ね。いろいろ説はあるけど、映画なんかになると大体とんでもない美形が演じて、綺麗な女の人を獲物にするの。」
「‥‥‥‥それらの注釈が付く化け物が、自分の夫にぴったりだと申すのか。そなたは」
「うんっ」
「‥‥‥‥即答か」

 遠い目をするヴィオラントを放ったらかしにして、菫とシュタイアー公爵はさらにハロウィンの話題で盛り上がった。

「娘よ。この父は、何をすればいいかな?」
「ん? ダディ? ‥‥そだなぁ、魔術師とかは?」
「魔術師? 黒いローブを着て怪しき呪術を操るという、あれか?」
「そうそう、胡散臭さがぴったりでしょ。しかも黒魔術師ね」
「ははははは。相変わらず容赦ないねえ、娘よ」

 散々な言われようだが全く気を悪くした風もなく、むしろ物凄く楽しそうに黒魔術師を快諾したシュタイアー公爵は、にやりと笑って「では」と言葉を続けた。

「さしずめ、君の担当は魔女だな。大の男を手玉にとって振り回す、罪深き魔女」
「む、失敬な。手玉に取ってるのは自分の旦那様だけだから、罪深くないんです~」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 「ねえ? ヴィー」と言って、頭をわしわし撫でて来る幼妻に、ヴィオラントは無言で溜息を吐いた。
 正式に彼が妻にしてからも、彼女に向けられる熱い視線も、その奔放な言動に恋惑わされる連中も、まだまだ掃いて捨てる程存在するというのに、当の本人は何にも分かっちゃいないのだ。
 そんな息子の心中を知ってか、シュタイアー公爵は更に人の悪い笑みを浮かべ、「いや、やはりぴったりだ」と言った。

「でも、まあ、魔女は女の子の仮装としては定番だし、いいかも」

 それに、菫の方も魔女の格好自体には異存はない。
 魔女と言えば、真っ先に真っ黒の地味なローブに黒猫を思い浮かべるが、実際の仮装衣装は趣向を凝らして可愛くしたものも多い。
 トンガリ帽子のキュートなウィッチさんは、女の子なら一度は憧れを抱くものだ。

「魔女など‥‥そんな禍々しいものが、そなたに似合うものか」

 しかし、一人難色を示すヴィオラントにさり気なく膝に抱かれながら、菫は特に他意はなくぽつりと呟いた。

「でも、魔女ってのも、大きく言えば夜の王の僕だよね。ヴィーがヴァンパイアなら、私のご主人様になるのね」
「‥‥‥‥っ‥‥」
「ヴィー、どうしたの?」
「‥‥‥私が、そなたの、何だと?」
「“ご主人様”」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 一気に、ヴィオラントがハロウィンパーティに乗り気になったのは、言うまでもない。

 見守る父は肩を竦めて、

「分かり易過ぎるよ、ヴィオラント君」

と、笑った。




 パーティの招待状は、会場を提供するシュタイアー公爵が引き受けてくれた。
 主催者として、菫の名が記されたそれを、断る者は一人もいなかった。
 全員参加の報告を受けた菫のうきうき度はうなぎ上りで、仮装の衣装の相談はもちろん女官長マーサにする。

「まあまあ、それは楽しそうですね! すぐにお針子を招集しますわっ!」

 ヴィオラントと菫の仮装の詳細を聞いたマーサは、新たな楽しみに目を輝かせ、早速お抱えの針子を屋敷に呼ぶよう手配した。
 “魔女”というのは、この世界でも空想や伝説として存在するらしいが、“吸血鬼・ヴァンパイア”なるものは、物語の中にも出て来ないらしい。
 なので、菫はすっかり顔馴染みになったお針子に、自分の中のヴァンパイアのイメージを事細かに説明した。
 その未知の存在と妖しい設定に、年若いお針子は創作意欲を大いに掻き立てられたらしく、ものすごい勢いであっという間にデザインを仕上げてしまった。
 そうは言っても、ヴァンパイアの格好と言えば、西洋のファーマルにマントというのが基本。
 普段着からしてヨーロッパ風なグラディアトリアにおいて、それは全く奇抜な服装ではない。
 むしろ、何処が仮装?と疑問に思われそうなほど。

 しかし、出来上がった衣装を試着したヴィオラントの姿は、菫のイメージ通りの立派な吸血鬼だった。

 男性の夜の最上級礼服の一つで、燕尾服、あるいはテールコートと呼ばれるものを身に付け、シルクハットをかぶり、表地が黒で裏地が赤の襟の立ったマントを羽織る。
 品が良く高貴な、古典的ヨーロッパ貴族の装い。
 その姿はまったく、夜の王ヴァンパイアに相応しい威厳と美しさと、何より妖しさを醸し出していた。

「ヴィー、似合い過ぎ」
「そうか?‥‥‥それより、そなたのそれはどういうことだ」
「うん?」

 ヴィオラントとしても、そう違和感のある格好ではなかったらしく、自分の衣装には特に異存はない様子だったが、同じように目の前で試着をした妻の格好には眉を顰めた。

「丈が短過ぎる。けしからん」
「ええ? 普通だよ、こんなの」

 対する菫の格好は、先日決まった通りの魔女である。
 またもやレースに対するマーサの情熱が溢れる、ドレス風のウィッチコスチューム。
 基本の色はやはり黒だが、スカートの裾にふんわりと段違いで重ねて施された繊細なレースは、菫の瞳の色を模したような紫で、その上品な色は上に重ねたケープの裾レースと、魔女のトレードマークとも言えるトンガリ帽子の飾りにも使われている。
 魔女というには禍々しい感じは微塵もなく、むしろガーリー満載で大変可愛らしいことはヴィオラントも認める所だが、如何せんスカートの丈が気に喰わない。
 ふわんと広がったそれは膝の遥か上までしかなくて、その下に見え隠れするニーハイソックスのレースのふちが、いやにエロティックだった。

「マーサ。もっと丈を長く、少なくとももう一段は布を重ねてくれ」
「あらまあ、せっかく綺麗なおみ足ですのに、隠してしまうなど勿体無うございますわ、旦那様」
「そーだ、そーだ。ちぃとくらい大胆さがなきゃ、仮装なんか楽しめないってのっ!」
「スミレは黙っていなさい。マーサ、そなたほどの者が淑女の何たるかを理解していないわけがなかろう。妻のあの丈が許せるかどうか、夫の身になって今一度考えてみてはくれぬか」

 菫を説得する事など端から諦めているヴィオラントは、常識的に話ができそうな女官長の方を懐柔に掛かった。
 切実な目で訴えて来る主人に、さすがにマーサも気の毒に思ったのか、「分かりました、もう一段重ねるように、手配致します」と約束した。

 ところが。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 当日までに、再度確認しなかったヴィオラントは、油断が過ぎた。

 パーティが催される、その日。
 会場であるシュタイアー公爵家に到着し、それぞれ別の部屋で着替えて、ようやく広間で再会したヴィオラントと菫だったが、上機嫌でやってきた可愛い魔女さんを見た途端、夜の王は秀麗な眉をぴくんと跳ね上げた。

 確かに、試着の時に申し付けた通り、菫のスカートは二段から三段に変更され、丈も若干長くはなっていた。
 だがしかし、その付け足した分の布というのが、実は透け透けの薄いレース生地だったのだ。
 結局は、その隙間からけしからん太腿こと絶対領域が見え隠れし、薄いフィルターが掛かったことでより脚線が艶増して見えるという、逆効果。

 ヴィオラントは、無邪気な顔で傍までやってきた一夜限りの可愛い下僕を、マントから出した手を伸ばして捕まえた。




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