五臓六腑

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蔦姫の余興1

Happy Halloween



「で? 今日は一体何処に隠したんだい?」
「‥‥‥‥何をでしょうか」


 そろそろ長男のカーティスに家督を譲る準備をしていると噂の、グラディアトリア四大公爵家の一つ、現シュタイアー公爵ヒルディベルは、レイスウェイク家の侍従長サリバンに客間に通され、当主であり実は血を分けた息子でもあるヴィオラントの顔を見るなり、冒頭の台詞を口にした。
 それに対し、ヴィオラントは常通りの無表情を保ったまま、少々面倒くさそうに問いを返す。

「娘だよ、うちの娘。養女にした途端そなたに奪われてしまった、可愛い可愛い私のスミレちゃんを、何処にやってしまったんだい?」
「‥‥‥‥申し上げたい事は多々ありますが、まあいいでしょう。スミレなら、厨房に居ります」
「厨房? 何故そんなところに‥‥‥」
「菓子を作ると言っていました。別段珍しいことでもないかと」
「馬鹿なっ! 貴族の令嬢と言えば、料理の才能はからっきしで絶望的に不器用と相場は決まっておるのだっ! ああああ~今頃厨房は惨状、あの子は血みどろでっ‥‥うあああ~~‥‥!!」
「落ち着いて下さい。ご心配には及びません」

 勝手な想像で顔色を真っ青にして頭を抱えたシュタイアー公爵を、ヴィオラントは呆れたような目で見ながら溜息を吐いた。

「スミレは、幼い内から家事全般を担っていたそうで、何でも器用にやってみせますし、特に料理は得意なようです」
「‥‥‥ほう」
「何度か、料理人に混じって一品を担当したこともありますし、茶請けの菓子などは頻繁に作ってくれます。美味いですよ」
「なにぃ!!」
「‥‥‥‥‥‥‥?」

 幼い時から、家事、特に料理は菫の担当だった。
 掃除や洗濯は兄が進んでやってくれたが、彼は残念ながら料理の才能だけは持って生まれてこなかったようで、祖母亡き後野咲兄妹の食卓を維持したのは菫であった。
 祖母に教わった和食全般から、洋食に中華と、大概のものならレシピがなくとも作る事ができる。
 それにお菓子の類いも、特別に難しいものでなければ、大体は何でも目分量で拵えられるようになったいた。
 レイスウェイク家にやってきて、当主の妻となった現在も、時間を見付けてはちょこちょこと厨房に顔を出しては、様々な料理を作って皆に提供している。

 甘いものがそう得意ではないヴィオラントの為に、菓子に入れる砂糖を控え目にし、そのかわりに香りの良い果実や果物酒で味を整えるなど、相手を思い遣る心をいっぱいに詰めた優しい味わいと、それを差し出す時のはにかんだ愛妻の可愛らしさと言ったら、思い出すだけで頬が緩むというものだ。

「手料理だとぅ!? 何それ、羨まし過ぎるっ! 私もまだ経験したことないのにっ! うちの奥さんは、裁縫は上手いが料理全般駄目なんだよ。息子達のは、例え上手くともむさくるしくて御免だし!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「いいな~いいな~。ヴィオラント君、いいな~」
「‥‥‥この後、召し上がっていかれればいいでしょう。ちょうど、今作っているようですから」
「まあ、当然頂きますけど!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 途端に上機嫌になって、お茶の用意をしようとする旧知の侍従長に向い、「あ、お茶はまた後でいいよ。娘の菓子と一緒にいただきたいからね」と断りを入れる、シュタイアー公爵の緩みきった顔を眺めつつ、しかしそういえば今日は作るのにやけに時間が掛かっているなとヴィオラントが気にし始めた時、扉の向こうに慌ただしい足音がやってきたと思うと、些か性急な様子でノックする音が響いた。
 侍従長が当主と客人に断ってから扉を開けると、その向こうに居たのは女官の一人で、何故か部屋の中にヴィオラントの姿を見付けると、サリバンにだけ聞こえるように、声を潜めて口を開いた。

「あの、サリバンさん。厨房で、奥方様がお怪我を‥‥‥」
「ーーーーーーなに?」

 しかし、どんな小さな声でも、ヴィオラントが妻の話題を聞き逃すはずもなく、思いのほか鋭く問う声に、女官は「ああ~‥‥」と困ったような顔をした。

「スミレがどうしたと?」
「はあ、そう大きな怪我ではございませんが、刃物でお手を少々‥‥」
「刃物? あれは今日は焼き菓子を作ると言っていたが、刃物など何に‥‥いや、いい」

 腑に落ちない点は残るが、今はそんなことよりも彼女の怪我の状態が気になる。
 ヴィオラントは、侍医でもあるサリバンに処置を申し付けると、一刻も早く厨房に向おうと急いで部屋を出た。
 もちろん、「ほら、言わんこっちゃない! ああ、娘が血みどろ~~‥‥」などと、顔を真っ青にしたシュタイアー公爵も付いて来た。




 レイスウェイク家の一階にある厨房を取り仕切るのは、女官長マーサの実弟で、大柄な身体と厳つい面構えが全く子供受けの良くない損な男であるが、実は穏やかで心優しい人間だとすぐに見抜いたらしい菫は、彼を料理の師として慕った。
 姉と同じく筋金入りの男系一族の長でもある料理長は、はじめ慣れない少女の対応に大いに戸惑った様子だったが、例に漏れず彼女の愛らしさに直ぐさま陥落させられ、今では娘か孫のように可愛がっている。
 それは、敬愛する主人の唯一の奥方となった今でも同様で、料理長だけでなくレイスェイク家に仕える全ての人々の愛情を一身に浴びて、菫は毎日を平和に過ごしている。

 ヴィオラントが侍従長とシュタイアー公爵を伴って厨房に足を踏み入れると、調理場の机の上にはすでに美味しそうに焼き上がったクッキーが並べられていて、それを作ったはずの当の本人はというと、何故か厨房の隅にぺたんと尻を付いて座り込んでいた。
 白いコック服に身を包んだ料理長も、大きな身体を折り曲げて彼女の傍らにしゃがみこんでいる。

「スミレ」
「‥‥‥‥‥‥ふぁい」

 ヴィオラントが少し声色を厳しくして呼びかけると、菫はしばしの沈黙の後、ばつが悪そうな顔をしてそろそろとこちらを振り返った。
 返事がおかしいなと思ったら、左手の人差し指を口に銜えたままだ。
 ヴィオラントはつかつかと調理場を横切って妻に近寄ると、座り込んだままの彼女の軽い身体をひょいと抱き上げ、近くに置いてあった椅子の上に座らせて、自分はその前に片膝を付いてしゃがみ込んだ。

「その指を切ったのか? 見せなさい」
「んーん」
「スミレ、見せなさい」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 取り敢えず、止血と痛みを誤魔化す為に傷口を銜えていた菫だが、見せたらヴィオラントに怒られそうで一度は拒否したものの、途端にぎゅっと寄った彼の眉間の皺を目の当たりにして、諦めたような溜息を吐いて、そろそろとようやく指から口を放した。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 細い人差し指の側面に、ざっくりとした傷口があった。
 鋭利で小型の刃物で勢い良く突き刺した風で、見る間に滲み出した血が傷口の上でぷくりと膨らんだ。

「‥‥‥‥これは調理用ナイフで付いた傷ではないな。一体何をしていた?」
「うん、あのね、あれ」

 菫が指差したのは、先程まで彼女が座り込んでいた厨房の隅で、そこにはオレンジ色の塊が幾つかごろごろと転がっていた。

「ポムが育てていた、瓜の一種だな」
「瓜だけど、私の世界ではあれは“かぼちゃ”って言うの」
「そうか。それで、あれがどうした?」
「あのね、ちょうどハロウィンの時期だから、ジャックオーランタン作ろうかと思って」
「‥‥‥‥‥‥‥‥?」

 菫の実家がある世界では、今はちょうど10月の半ば。
 この時期有名な行事と言えば、10月31日に本番を迎えるハロウィンだ。

「“ハロウィン”とは?」
「実は詳しくは知らないんだけどね、外国のお祭り‥‥かな? 子供達が仮装して、他所のおうちを回ってお菓子貰うの」
「ふむ。それで、あの瓜で何を作ろうとしたと?」
「ジャックオーランタン。かぼちゃの中身をくり抜いてね、目とか鼻とか口とか穴を開けて、中にろうそく入れて照らすの。ハロウィンっていえばこれだろ~、という代物!」
「ランタン‥‥なるほど角燈のことか。それを瓜で作ろうとして怪我をしたのか」
「意外に固かったの。手が滑っちゃってさ‥‥‥」

 痛かった‥‥と、眉を八の字にした可愛らしい顔に溜息を吐き、ヴィオラントは血が盛り上がった指先を、さっき彼女がしていたようにぱくりと銜え込み、ねっとりと舌を絡ませて傷口をなぞった。
 この小さな指が切り落とされなくて、本当によかったと思いながら、危ない真似をした妻に少々をお灸を据える為に。

「いだいっ! ヴィー、痛いってば。いつから吸血鬼になったの? っていうか、そのヴィジュアルにヴァンパイアは似合い過ぎだし!」
「“キュウケツキ”? “ヴァンパイア”? 何だ、それは」
「どっちも、おばけっていうか怪物っていうか。とにかく人の血を吸って生きる人外生物だよ」
「‥‥そなたの世界には、そんな恐ろしいものがいるのか? スミレ、よくぞ今まで無事でいてくれた‥‥」
「あ~、いやいや、想像上の生き物だからね。ファンタジーだから」

 無表情を更に強張らせたヴィオラントの、間違った認識を慌てて訂正しながら、しかし確かに彼にはヴァンパイアの装束が似合うだろうと菫は思った。
 絹糸のように透き通った銀髪は、夜の闇に生えるだろう。
 深い紫の瞳は、菫もそれは同様のことが言えるのだが、稀色は人外の雰囲気を存分に醸し出す。
 怜悧な美貌は、時に残酷な夜の王を彷彿とさせ、どんな美女でも喜んで彼に首筋を差し出しそうだ。

「うん、いいじゃない。しようか、ハロウィンパーティ」
「うん?」
「何だか、楽しそうな話になってきたねえ、子供達よ」

 一人納得して、可愛らしい顔ににやりと不穏な笑みを浮かべた菫と、そんな妻を不思議そうに眺めるヴィオラントの傍らに、にこにこ笑いを浮かべてシュタイアー公爵も並んだ。

「ダディ、パーティしよう。仮装パーティ」
「おお、いいねえ。スミレからパーティの提案は珍しいな。ダディものったのった」
「仮装?」

 ついていけないヴィオラントを残して、菫と公爵の話はどんどんと進んで行き。

「では、開催は半月後で。場所は、また我が家にしよう。招待するのは内輪のみが良いな」
「うん。兄様達と、皇太后様にクロちゃんにミリアンに‥‥ルドも誘っていいのかな?」
「夜会と銘打てばまずいだろうが、親族間のごく内輪のパーティならば、陛下にもご参加いただけるだろう」

 半月もあれば、仮装の衣装も用意できるだろう。
 グラディアトリアでも、あまりポピュラーではないにしろ、仮装パーティというカテゴリーは存在するらしい。
 日本人らしくなんちゃって仏教徒の菫は、真実の意味でハロウィンを催すつもりはないので、とにかくそれに託つけて、こちらの世界で得た家族達と楽しくパーティができればいいのだ。
 フランケンシュタインやゴブリンが登場しなくても、全然気にしない。

「ヴィーは、ヴァンパイアで決まりね。衣装デザインしなくっちゃ」
「‥‥はあ、まあ、もう好きにしなさい。」

 わくわくと、楽しそうに輝く表情を優しい目で見遣り、妻が喜ぶならもう何でもいいかと溜息を吐いたヴィオラントの横で、始終穏やかに見守っていた侍従長が、ようやく怪我の処置の為に菫の左手を取った。

 幸い、傷は大したこともなく、出血も既に止まっていた。





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