五臓六腑

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朗報




「ねえねえ、相談なんだけどさ。子供の名前、何がいいと思う?」

うららかな陽気が睡魔を誘う昼下がり、レイスウェイク家のテラスに集まった皇族ブラザーズを前に、菫はそう唐突に切り出した。

「こっーーー? こっこっこっ‥‥!?」

ショックのあまり、餌を突つく鶏のような言葉しか出て来ないのは、現在グラディアトリアの最高権力者、皇帝ルドヴィーク。

「‥‥‥‥‥そうですねぇ」

驚きに一瞬目を見張り、菫のあどけない顔と膨らみのない腹を見比べながら、しかし瞬時に頭を切り替えて彼女の質問に答える姿勢を見せるのは、宰相クロヴィス。

「スミレ、ほんとに?」

ぱっと花のような笑顔を浮かべて、感激したように明るい声を上げたのは、自らの妊娠を身内に公表して間もない、産休中の騎士団副長ミリアニス。


そして


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

彼らしくない所作でガタリと椅子から立ち上がり、己の向いで妹ミリアニスにくっ付くように座っている菫を、声もなく凝視したのは先帝ヴィオラント。
何事か言葉にしようとして叶わなかったらしい彼は、さっとテーブルを回って菫の前に跪くと、彼女の小さな両手を取って握った。


「ヴィー、どうしたの?」
「‥‥‥スミレ、子供が出来たと、いつ分かった?」
「えっとねぇ、ちょっと前だよ? 二週間くらい前かな」
「‥‥‥何故、私は知らされていない」

レイスウェイク家に外から医者を呼んだ覚えは、当主たるヴィオラントにはない。
となれば、この家の女主人を診察するのは、侍医も務める侍従長サリバンくらいだろうが、彼が主人に隠し事をするとは思えない。
では、頻繁に出掛けるシュタイアー公爵家か、もしくは王城におわす皇太后エリザベスの元で、気を利かせた親族がこっそり菫を診察させたのだろうか。
一癖も二癖もある彼らなら、「面白いから、ヴィオラントにはしばらく内緒にしておこう」などと、悪戯を企てる可能性は大いにある。
けれど、年若い娘を目に入れても痛くない程可愛がっている義父母達だ、妊娠の判明した菫をサポートするために、やはり世話係であるレイスウェイク家の女官長には事実を伝えるだろう。
しかしそうなれば、普段から菫には過保護なマーサが、おそらくヴィオラントが不審に感じる程その度合いを増すのは想像に難くないのだが、ここ数日の女官長の様子を思い出してみても、心当たることが何もない。
一体これはどういうことだと思いながらも、生まれて初めて感じる緊張に震える掌で、愛しい妻の薄い腹を撫でるヴィオラントに、菫はきょとんと首を傾げて、とんでもない言葉を口にした。

「あれ? ヴィー、知りたかったの?」
「当然だろう」
「だって、ヴィーはあんまり興味ないと思ってたからさぁ」
「なっ‥‥ばかな!」

くりくりの大きな紫の瞳を無邪気に瞬かせ、小憎らしい程愛らしい唇から信じられない言葉を吐き出した妻を、ヴィオラントは思わず抱きしめた。
こんなにこんなに愛おしくて、全てを捧げてもまだ足りないとさえ思える少女が、己との子を身籠ったとして、それに興味がないなど天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。
何故、菫がそんなことを思ったのだろうか。
悪意を持った第三者が、ヴィオラントの目を盗んで、あらぬことを彼女の可愛らしい耳に吹き込みでもしたのか。
それとも、彼の普段の態度の何処かに、菫を誤解させるような何かがあったのだろうか。
そうだとしたら、“夫は我が子に興味がない”という間違った認識は、異世界を越えて単身嫁いできてくれた彼女を、それはそれは不安にさせたのではなかろうか。


最初に菫が落とした爆弾があまりに威力が大きくて、続く長兄の衝撃に気付かないのか、

「‥‥こ、子供。子供が、子供を‥‥」

レイスウェイク大公爵夫人のちまっと可愛らしい様子に、下の弟ルドヴィークは彼女が子供を産むなどと想像もつかず、

「城の図書館に、名付け辞典なんかもあるでしょう。後日届けますよ」

上の弟クロヴィスは、政務の資料探しでいつも世話になっている司書に、戻ったらさっそく名付けに関する本を見繕ってもらうことにし、

「男の子でも、女の子でも使える名前がいいかな? 私も今、たくさん候補用意しているんだ。一緒に考えよう」

自らの腹の子の名前も、夫である騎士団長ジョルトと考え始めている下の妹ミリアニスは、本当の妹のように可愛く思っている少女とマタニティ期間を共有できると喜びを隠せない。

続いて、仲良く同時にはっとなったヴィオラントの弟妹達は、やれ「身体を冷やしてはならないから、膝掛けをしろ」だの、「そのワンピースは薄着すぎるんじゃないか」だの、「冷たい飲み物じゃなくて、温かい紅茶を。いや、いっそ母乳がたくさん出るように、今からミルクをしっかり飲め」だの、今度は一気に騒がしくなった。
ちびっこい義姉が可愛くて、いろいろ世話をやきたいし構いたいのは、皆一緒なのだ。


「みんな、急にどうしたの?」

そんな兄弟達に、菫は一人暢気な様子で首を傾げ、何故か半ば覆い隠すように自分を抱き竦めている夫の背中を、ぽんぽんと宥めるように叩いた。
ヴィオラントは大きく深呼吸をして一度身体を離すと、自らの膝に座らせた妻の無邪気な顔を見つめた。

「ヴィーも、どうしちゃったの?」
「‥‥何が、そなたに誤解を抱かせたのか分からないが、私が子供を愛おしく思わないはずがないだろう」
「うん?」
「心より嬉しく思うし、そなたと同じ程大切にする」

正式なプロポーズの時に匹敵する、彼の真っ直ぐな眼差しの迫力に、一体何事かと驚いていた菫は、その言葉に大きな瞳をぱちくりと瞬かせた。

「えっと‥‥そう?」
「出産予定日は、いつ頃なのだろうか」
「あー、うん‥‥いつだったかな?」
「なんだ、診察した者は大体の日付を言わなかったか? では、誰に聞けば分かる? シュタイアー公爵か、それとも義母上か?」
「ええっ? なんでダディや皇太后様が出て来るの? っていうか、一番詳しいのは、厩舎のおじさんじゃないかな?」
「‥‥‥‥‥‥厩舎?」
「うん、ダンディ・ジョーさん。全部、任せてあるでしょ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

ちなみに、厩舎係の彼をダンディ・ジョーなどと名付けたのは菫であり、彼女曰く寡黙で実直、加えて精悍でニヒルな顔立ちのジョーは、ちょい悪親父テイストと押し隠した腹黒さをふんだんに含むシュタイアー公爵などより、よっぽどダンディで素敵とのことだ。
もちろん、燻し銀のごとく渋さを誇る厩舎係もまた、例に漏れず「奥方様を過保護に見守る会」のメンバーである。

菫と自分の話に、大きなズレがあることに気付いたヴィオラントは、厩舎とそこを一手に引き受ける使用人の名を聞いて、ようやく合点がいった。

「‥‥‥‥スミレ‥‥子供とは、どこの子供のことだろう」
「え? ロディちゃんちの子供に、決まってるじゃん」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

ヴィオラントは今、人生で最大の脱力感に襲われた。


「‥‥ロディって‥‥牛の‥‥?」
「なんだ。そうならそうと、先に言って下さいよ。ややこしい‥‥」
「残念‥‥」

年相応の少年らしさを残す表情で、ルドヴィークはほっと胸を撫で下ろし、クロヴィスは呆れた様子で、やれやれと肩を竦め、ミリアニスは優しい眉尻をちょびっと下げて、がっかりしたように溜め息を吐いた。
一方菫の方は、まさか自分が妊娠していると誤解されるとは思ってもみなかったのか、年上の義弟妹達の言い様でやっとそれに気付き、驚いた顔をした。
そして、自分を膝の上に抱きしめたまま、項垂れるように長身を折り曲げて菫の肩に額を埋めたヴィオラントに視線をやり、何だかちょっとだけ申し訳ないような気持ちになって、彼の広い背中に両腕をぎゅっと回し、「よしよし」と宥めるように撫でてやった。


ヴィオラントやその弟妹達に、朗報がもたらされるのは、もう少し先の話。

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