取引
「ヴィーさん、ヴィーさん、取引しねぇ?」
「‥‥いきなりだな、リョウ君。一応、内容を聞こうか」
「俺な、菫と保育所から小学校‥‥え~と、歳でいうと零歳から十二歳まで一緒だったのな。だから、ヴィーさんも優斗兄も知らないあいつを、結構知ってるんだ~」
「‥‥‥何が、言いたい?」
「そんな怖い顔しなさんなって。別に、それを自慢しにきたんじゃねぇから」
「それで?」
「俺、今日いいもの持ってきたの。“写真”って分かる?」
「精巧な模写絵のようなものだろう。祝言の時にユウト殿に撮って頂いたから、知っているよ」
「俺たち家が近所だったからさ、仲良かったんだよね。そんで、写真とか結構一緒に映ってるのあんのよ」
「‥‥‥‥‥ほう」
「下はおむつ履いたベビーから、上は第二次性徴が始まったあたりまで」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「見たい?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「そんな刺し殺しそうな目で見なくても、俺はあいつに疾しい気持ちはこれっぽっちも持ってないから。それより、サンプルをどうぞ」
「‥‥‥‥っ‥‥‥」
「ふふふふ、可愛いだろ~?」
「‥‥‥‥‥食べてしまいたい」
「‥‥‥‥‥あんた、結構危ないのな。赤ん坊の写真見て言う事じゃないぜ?」
「こんな愛くるしい生き物が、この世にいるのか」
「はいはい、じゃあ次、これ」
「‥‥っ‥‥‥‥‥!」
「激カワだろ。小学校の登下校の時は、俺はすっかりあいつのボディガードだよ。変な大人に声かけられるのなんて、しょっちゅうでさ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「だから目が怖いってば。大丈夫だよ、変なヤツは俺とタカとアミが追っ払ったし、うちの兄貴達も睨み利かしてたから。ほんじゃあ‥‥次はとっておきを、どぞ」
「ーーーっ‥貴様‥‥‥!」
「あ、誤解ないように言っとくけど、これはれっきとした授業風景だから。水泳の授業に水着は普通だからな」
「‥‥‥普通? 不特定多数の者が、スミレのこの姿を見る事が、普通のことだと? この裸寸前の姿を?」
「不特定多数は見ないよ。同級生と先生くらいさ。っていうか、裸寸前って大げさだな。ちゃんと着てるだろ、色気ゼロのスクール水着」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「まあ、他にも、まだまだあるよ。ブルマ姿とか、水着と同じレベルであんたがキレそうなのから、クラスの劇でシンデレラした時の、超お姫様なドレス姿まで」
「‥‥‥リョウ」
「取引に応じるなら、譲ってやってもいい」
「‥‥‥そちらの要求を聞こうではないか」
「よし、そうこなくっちゃ!」
「どうせ、義母上のことであろうが」
「おっ、当たり。あのな、エリーの指輪のサイズ、知りたいんだよね」
「‥‥随分、気安いな。あの方は、寡婦とはいえこの国の皇太后陛下だぞ」
「それが、どうかした? 地位とか身分とか、もしかしたらあんたが俺の義理の息子になるかもしんないとかも、全然関係ないね」
「‥‥ふん、まあ義母上がそれを許していらっしゃるなら、私は構わぬが。それで、指輪をお贈りするつもりか?」
「おう、一緒に店に選びに行けないのは残念だけど、彼女に似合いそうなのは見付けたし、給料三ヶ月分も用意した。あとはサイズ確認するだけだ」
「そなた、まさか婚約でも申し込むつもりか?」
「今更何言ってんの? プロポーズなら会う度にしてるし、エリーからもオッケー貰ってるっての」
「‥‥‥‥初耳なのだが」
「けど、この壁のせいで、式を挙げたくても無理じゃん? やっぱり、一緒に神前式したいじゃん! だから、この壁の穴が通り抜けられる位広がるまで待ってるんだけど、指輪くらいプレゼントしておきたくてさ」
「‥‥‥‥左様か」
「左手の薬指ね。間違えないでよろしく。もちろん、エリーをびっくりさせたいから、こっそりバレないように頼む」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「そしたら、俺が持ってるので菫が映ってる写真、全部あんたにあげるよ」
「‥‥‥‥承知した」
グラディアトリアの麗しき未亡人、エリザベス・フィア・グラディアトリア皇太后陛下の、左手薬指のサイズは9号だった。
ヴィオラント・オル・レイスウェイク大公閣下が、それをどのようにして確認したかは不明のままであったが、その後リョウ少年がエリザベスに送ったティファニーの指輪は、彼女の指にぴったりだった。
そして、愛妻の秘蔵写真を大量に入手することに成功したヴィオラントは、本人を膝の上に確保して、一枚一枚菫に説明をさせながら、鑑賞を楽しんだらしい。
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