五臓六腑

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瑠璃とニーハイの日

11月28日はいいニーハイの日ということですので、
『瑠璃とお菓子』のクロヴィスとルリによるニーハイの日小話。


瑠璃とニーハイの日



「はあ……」
 とある夜、仕事を終えて自室に戻ってきたクロヴィスは、妻ルリのため息に迎えられた。
「どうしました、ルリ? そんな悩ましげなため息をついて」
「――あ、クロヴィス様! お帰りなさいませ!」
 クロヴィスに声をかけられてはっと我に返ったらしいルリが、慌てて彼の側へと駆け寄ってくる。
 クロヴィスはパタリと扉を閉め、そのまま鍵もかけた。
 そうして、ルリに向き合い、おやと片眉を上げる。
「ルリ、手に持っている物は何ですか?」
「あ、あの……“にーはい”という物らしいのです」
「にーはい?」
「はい、今日は“にーはいの日”だからと、スミレ様がくださったんです」
「まーた、あのチビ義姉上絡みですか……」
 クロヴィスは呆れたようにそう言うと、ルリの手からその“にーはい”なるものを受け取った。
 さらりとしていて手触りのいい、伸縮性のある生地だ。
 手に乗せればわずかに肌の色が透けるくらいの薄さで、色は黒。
 片方の端には生地に使われているのと同じような糸で繊細なレースが施され、もう片方の端はというと……
「おや、ルリ。これ、靴下じゃないですか?」
 レースが施されているのとは逆の端は足の形に縫合されており、袋状になっている。
 つまりクロヴィスの言う通り、その“にーはい”なる代物は靴下の形状をしていた。
 ただし
「靴下にしてはすごく長いんです。ですから、タイツなのかと思ったのですが……」
「タイツと言うには、腰の部分を覆う布がありませんね」
 となるとそれは、やはり丈が長過ぎる靴下と言うのが一番しっくりくる。
 右と左の足用に、ちょうど二つ揃っている。
 履けばきっとルリの膝を越え、腿の上の方にまで到達するであろう、長さ。
「……」
 そこまで考えて、クロヴィスはその“にーはい”なるものをルリの手に返した。
 ルリが、二つのそれを目の前にかざして首を傾げる。
 そんな姿ににっこりと微笑んだクロヴィスは、彼女を部屋の奥へと促しながら告げた。
「とりあえず、履いてみたらどうですか?」
「履きますか?」
「スミレは、履くようにと言ってそれをくれたのではありませんか?」
「あ、はい。そうおっしゃってました」
 クロヴィスの言う通り、スミレはルリに、「クロちゃんのために履いてあげてね」と言って、その“にーはい”なるものを置いていったのだという。
 それを履くことがどうクロヴィスのためになるのか。
 それについてはさっぱり分かっていない様子のルリだが、クロヴィスに促されるままにソファに座って靴を脱いだ。
 すでに入浴を済ませた彼女が身に着けているのは、ふくらはぎまでを覆うシンプルなドレス型の夜着だ。
「あの、クロヴィス様……?」
「私のことは気にせずに、履いてごらんなさい」
 ルリはクロヴィスの視線を少しばかり気にしつつも、“にーはい”なるものに片足を通す。
 だがやはり、どうにも丈が長過ぎる。
 ルリは思案しつつ、とりあえず膝の辺りまで伸ばして一度手をとめ、もう片方の足にもそれを着けてみるようだ。
「いかがですか、ルリ。普段身に着けているタイツと比べてどうです?」
「さらりとしていて、気持ちがいいです。えっと、伸びがよくて動きやすそうで……」
 そんなルリの感想に、クロヴィスは「そうですか」と頷く。
 続いて彼は顎に手をやり、何やら考え込むような顔をして、ルリをじっと見つめた。
「あ、あの……」
「ふむ」
 その視線に不穏な予感を抱いたらしいルリが、ソファの上で後ずさる。
 クロヴィスは心の中で「ルリにしては察しがいい」と少しばかり失礼なことを考えつつ、笑顔で言った。
「ルリ、それ上げてごらんなさい」
「え?」
「膝のところでたるませないで、ちゃんと上まで伸ばしてみなさいって言ってるんですよ」
「え、でも……」
 ルリはひどく戸惑った顔をする。
 それもそのはず。クロヴィスの言葉に従って“にーはい”を全て伸ばそうとすると、ルリはふくらはぎまである夜着を腿までまくり上げなければならないのだ。
「こ、こんな所で、はしたない格好できませんっ……」
 ルリは頬を赤らめて首を横に振った。
 すかさず、クロヴィスが言葉を返す。
「ほう、ではこんな所ではなければ――リビングではなく寝室でならば、それを履いて見せてくれるんですね?」
 それを聞いたとたん、ルリははっとしたような顔をした。
「……」
 彼女はここでようやく、スミレの言葉の意味に気がついたようだ。
 クロヴィスのために“にーはい”を履くとは、つまりは腿まで晒して彼の目を楽しませろということだった。
「どうしました、ルリ。返事は?」
「~~~~!」
 恥じらうルリを面白がるように、クロヴィスが急かす。
 ソファの上で、彼女は両の膝の上でたるんだ黒い生地をぎゅっと握り、唇を噛んだ。
 その頬は、まるで熟れたリンゴのように真っ赤だ。
 ついには、ラピスラズリのような深い青の瞳がうるうると潤み始める。 
 この通り、クロヴィスの初々しい妻はとても慎ましくて恥ずかしがり屋。
 彼は少し苛め過ぎたかと苦笑すると、「冗談ですよ」と口を開きかけた。
 ところが――
「ク、クロヴィス様が……」
「はい?」
「は、履かせてくださいませ……」
「……え?」
「……クロヴィス様が、履かせてくださいませ……」
「……」
 クロヴィスは、一瞬我が耳を疑った。
 だがしかし、すぐに口の端を引き上げると、ソファの上からルリを抱き上げる。
 ルリは燃えるように真っ赤になった頬を隠すように、彼の肩口へと顔を埋めた。
「上手に誘えましたね、ルリ。いい子です」
「……」
 ルリの赤く小さな耳に熱っぽい声で囁きつつ、クロヴィスは寝室の扉を押し開けた。


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