五臓六腑

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短編『まだ何も知らない』

Twitterの診断メーカーより

『悪魔』な『遊人』と『平凡顔』な『下僕』の組み合わせで、ヤンデレ話

 ※若干の残酷描写あり


まだ何も知らない




「お嬢様はお会いになりません。お引き取りください」

 立派な鉄の門の前、木綿の着物に袴を着けた短髪の男が、そう言って深々と頭を下げた。
 相手は、和装の彼とは対照的な、髪を撫で付けた洋装の男だ。
 モダンな格好をしたその男は、中に入れろと口やかましく喚きたてる。
 しかし、和装の男は頑として門の前に立ち塞がり、お引き取りくださいと繰り返した。

「馬鹿にしやがって、覚えておれよ――麗子!」



「やれやれ、やあっと引き上げなすったか」
 年嵩の守衛がそう言ってため息をつき、和装の男の肩を労うように叩いた。
 男はそれに、ぺこりと小さく頭を下げて返す。
 それを見届けた守衛は、ちらりと屋敷の方に目を向けて、もう一つため息をついた。
「しかし、平十朗君。麗子お嬢様にも困ったものだなぁ……」
 麗子とは、この守衛や平十朗と呼ばれた男が仕える、橘家の当主の末娘である。
 はるか昔よりやんごとなき血を受け継いできたかの家は、他の華族が衰退の一途を辿る中にありながら、思いがけぬ商才を開花させた先代の手腕により目覚ましい発展を遂げた――いわば勝ち組の一族だった。
 麗子の上には優秀な兄が三人もいて、橘家の未来は安泰。
 また、貿易商として異国の者とも親交が深い当主は、この時代の父親にしては娘に甘く寛大であった。
 とはいえ、橘家の姫の奔放ぶりは、やはり常軌を逸していた。
 彼女の美貌は、あらゆる男を魅了した。
 数多の男が彼女に夢中になり、恋に狂い色に酔い、あげくは破滅の道を辿った。
 何しろ、彼女は熱しやすく冷めやすい。飽いてはすぐに男達を捨てたのだ。
 そうして、門の前に詰めかけたかつての姫の恋人に、平十朗はもう何度頭を下げたかわからない。
 同じく、毎度哀れな連中に応対している守衛は、眉をひそめて続けた。
「確かにお美しいお方だが、わしは恐ろしくてかなわんね。巷じゃあ、麗子様は悪魔じゃねぇかと噂されてるらしいぞ」
「何を馬鹿げたことを……悪魔など、実在いたしませぬ」
「そうは言うがな、平十朗君。捨てられた野郎どもの末路、あんたも知っとるだろう?」
「それは……」
 守衛が言う通り、麗子の奔放ぶりに眉を潜める者達が、同時に彼女を悪魔と噂するのには理由があった。
「もう五人……いや、六人だったか? 行方知れずだって言うじゃねぇか」
 麗子と交際していた男達が、彼女と破局後、次々と謎の失踪を遂げていたのだ。
「他にも二人、不慮の事故でおっちんで、もう一人は気が触れちまって一生療養所から出れねぇだろうって話だ。さっきの男も、どうなることやら……」
 くわばらくわばら。
 そう言って肩を竦める守衛に、平十朗は小さく会釈してから背中を向けた。
 平十朗がこの橘家にやってきたのは、まだ十にも満たない頃だった。
 地味な容姿で愛想もない男だ。
 大勢いる使用人の中、彼に対する当主の認識などと言ったら、その名にふさわしく“下男其の十”程度だろう。
 だが手先が器用で要領がいいことから、今では庭の仕事全般を一手に任されていた。
「わんっ、わわんっ」
 橘家の庭には、数匹の犬が放されていた。
 闘犬の血を引く好戦的な番犬達は、よそ者が勝手に敷地に入ろうものなら、ひどく吼えたて噛み付いた。
 そんな彼らも世話をする平十朗にはなつき、尻尾を振って甘えてくる。
「くーんくーん」
「よしよしいい子だ。お客様は、今はお帰りになったよ」
 平十朗は、足元にまとわりつく犬達の頭を撫でてやると、そのまま裏庭へと足を向けた。



「――呆れているのでしょう? 十(じゅう)」
 たわわに実を付けた柿の木の下で、待ち構えていた麗子がそう言った。
 “ジュウ”というのは、幼い頃からの、彼女の平十朗の呼び方だ。
 彼をそう呼ぶのは、この麗子ただ一人。
 平十朗は柿の木を見上げ、今年も熟れて落ちる前にせっせともがねば、と思いながら「いいえ」と答えた。
「うそおっしゃい。男を取っ替え引っ替えして、この阿婆擦れが、って思ってるんでしょ?」
「誰かに、そう言われたのですか?」
 平十朗が苦笑しながら問い返すと、麗子は何故か胸を張って「皆言ってるわ」と答えた。
「何も言わないのは、十だけよ」
「私が、お嬢様に何か申し上げられるわけがありません」
「口にしなくても、思っていることはあるのではなくて?」
「はてさて」
 詰め寄る麗子を見下ろし、平十朗はとぼけてみせる。
 それに、麗子はむっと眉をしかめ、両の拳でどんと彼の胸を叩いた。
「お嬢様、いけません」
「十はっ……私が他の男と一緒にいても、嫌ではないの? どうして――嫉妬してくれないの!?」
 麗子は、平十朗が好きだった。
 華族の姫が恋したのは、幼き頃より側にいた、地味で無愛想な下男だったのだ。
 それは許されざる恋であり、けして実らぬ初恋だった。
 せめて想いだけでもと告げた麗子に、平十朗はただ身に余る光栄です、と答えただけ。
 離れぬかわりに近づきもしない。二人はそんな関係だった。
 麗子は平十朗を諦めたくて、数多の男と付き合った。
 あわよくば、それに彼が嫉妬して、自分を奪いにきてくれるのではないかとも期待した。
 それなのに……
「どんなに優しいひとでも、お金持ちでも、だめだった。十といる時みたいに、楽しくはないの」
 平十朗の胸を叩くのをやめた麗子は、そのままそこに顔を埋める。
「お嬢様、いけません。こんなところを誰かに見られでもしたら……」
 平十朗がそう告げたが、彼女はいやいやと首を横に振るばかり。
「我が国には、越えられぬ身分の壁というものがございます。壁を隔てた場所にいる今の私には、お嬢様を幸せにすることができません。どうか、お許しを……」
 平十朗は麗子の肩にも触れぬまま、ただただ静かな声で諭す。
 それに対し、麗子はまた首を横に振り、しばしの間彼の胸ですすり泣いた。





 日が落ちると、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
 しんと静まり返った夜の橘邸。
 その裏の塀の上に、一瞬黒い人影が揺れた。
 こっそり裏の庭に降り立ったその人影は、息を殺して辺りを見回す。
 そして、少し離れたバルコニーに探し物を見つけると、暗闇の中でにたりと口を歪めた。
 と、その時――

「お嬢様はお会いにはなりません」

 屋敷から漏れる光を背に、何者かがその目の前に立ち塞がった。
 はっと息を呑む人影に向かい、何者かの声は続ける。
「そう、昼間も申し上げましたよね」
 逆光の中に立っていたのは、平十朗だった。
 その肩には、庭師も兼ねる彼の仕事道具――柄の長い大きなスコップが担がれていた。
 一方、橘邸の裏庭にこっそり忍び込んだのは、この日の昼間、門の前で彼と押し問答をした人物――麗子に一方的にふられた洋装の男だった。
 平十朗が橘家の下男であると知っていた男は、手にしたナイフを下げ、かわりに懐から札束を出してきた。
「か、金ならやる。欲しいだけやるから、麗子をここへ連れてきてくれないか?」
「お嬢様を連れてきて、如何いたしますか?」
「あんな阿婆擦れ、我が国の恥だ! これ以上男を惑わさぬよう、またと見れぬ顔にしてくれるっ!!」
「……ほう」
 平十朗は男の言葉に静かに頷く。
 次の瞬間――

「私の前でお嬢様を愚弄するとは、いい度胸だ」

 彼はそう言って、手にしていたスコップをいきなり男に向かって振り下ろした。
 男がろくに悲鳴を上げる間も与えず、まずは喉を一撃して潰した。
 間髪入れず、膝の皿を叩き割る。
 まるで流れるような無駄のない動きの中、平十朗は淡々とした声で「それに」と続けた。
「捨てられた男の分際で、気安くあの方の名を呼ぶな――」
 地面に倒れ伏した男に、平十朗はなおもスコップを振り下ろす。
 バキッ、グシャッと、何かが壊れ潰れる音と、ヒューヒューと空気が漏れる音に混じって悲鳴が上がる。
 だがそれはあまりにか細く、広い庭を越えて屋敷にいる者達にまで届くことはなかった。
 やがて、男はぴくりとも動かなくなった。
 平十朗は振り上げていたスコップを下ろすと、平然とした顔のまま呟いた。
「自分からのこのこやってきてくれたおかげで、出向く手間が省けて助かりました。今回は、後始末も楽ですよ」
 平十朗の側には、庭に放たれていた番犬達が尻尾を振りつつやってきた。
 彼らは侵入者に気づきながらも、平十朗の指示に従って吼えずに待機していたのだ。
 従順な犬達の頭を交互に撫でてやると、平十朗は襤褸雑巾のようになった男を抱え上げ歩き出す。
 そうしてやってきたのは、裏庭の最も奥まった場所にある花壇。
 日当りはいまいちだというのに、妙に植物がよく育つ一角だった。
 平十朗は、赤く染まったスコップでもって花壇の土を掘り起こし始めた。
 犬達はその周囲に集まって、静かに彼の作業を見つめている。
 大きな穴が出来上がると、平十朗はもの言わぬ男の身体をその底に横たえた。
 そうしてまた、掘り起こした土をせっせと戻しながら、誰に聞かせるともなく呟いた。 
「嫉妬しないわけ、ないでしょう」
 スコップに付いていた赤いものは、土に塗れて分からなくなっていく。
「あなたに触れた男が生きていると思うと、我慢がならないのです」
 ぽつぽつだった雨は強くなり、きっと朝までには庭に飛び散った痕跡を洗い流してしまうだろう。
「あなたと関われば不幸になるという噂が、もっともっと広がれば……あなたを妻にしようとする輩はいなくなりますでしょうか」
 屋敷の一角、灯りのついたバルコニーを見上げれば、平十朗の愛しいひとがいる。
「そうして嫁に行き遅れて、いよいよ始末に困ったら……いつか旦那様は、あなたを私にくださいましょうか」
 平十朗は雨に濡れて重くなった前髪をかき上げつつ、うっとりとした声で続けた。

「――ねえ、麗子」

 それは、雨に濡れながら、恋は叶わぬと瞼も濡らす美しいお姫様の名前。

 彼女は、まだ何も知らない。
 

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