短編『セーラー服と甲冑』
Twitterにて「#この絵に文章をつけるとしたら」というタグで絵を投稿させていただきました。
たくさんの素敵な文章を寄せていただけてとても嬉しかったです!
せっかくなので、自分でも絵から文章を起こしてみました。
元となった絵も掲載しておりますので合わせてご覧いただけると幸いです。
セーラー服と甲冑
淡い雲に深い青が透けている。
この日の太陽がようやく西へと首を振り始めた頃。
一人の少女が、生い茂る緑を掻き分け空に近づこうとしていた。
やがて最も高い場所まで辿り着くと、少女は右の腕をぐっと上に突き上げた。
濃紺で縁取られたセーラー服の半袖。そこから伸びる腕は白い。
それとは対照的に、真っ直ぐに背中に流されている長い髪は黒かった。
その時、空にかざしていた少女の右手の中で、きらりと光が蠢いた。
「よし……」
少女はそう満足げに頷くと、右手を自分の顔の前に引き寄せる。
その手に握られていたのは、多機能携帯電話機――いわゆるスマートフォンである。
少女は手慣れた様子で、右手の親指一本でそれを操作する。
膨大な情報の海を巧みにサーフィンし、やがて求めるものへと辿り着いた。
「――っ……」
とたんに、少女は眉を顰めた。
スマートフォンの画面に映し出された文字、そして二つ連なった四桁の年号――とりわけ後ろの数字を目にして、彼女は唇を噛む。
少女はこれまで幾度もこの画面に辿り着き、ここに記された情報を確認していた。
だが、何度見ても、画面をスクロールする指が震える。
と、その時……
「――おい」
少女の足もと、そのずっとずっと下から、男の低い声がした。
少女は慌ててスマートフォンを通常画面に戻すと、緑の隙間から下をのぞく。
すると、淡い金色の髪と青い瞳をした男が彼女の方を見上げていた。
すっと通った鼻筋と薄い唇をした美丈夫だ。
彼は少女と目が合うと、髪と同じ色の眉をぐっと顰めて口を開いた。
「お前はまた、そんな所に登っていたのか。危ないから、さっさと下りてこい」
「うん」
命令口調の男に対し、少女は素直に頷くと、スマートフォンをスカートのポケットにしまった。
そうして両手で幹を掴んで、するすると器用に木を下り始めた。
そう、少女は木に登っていたのだ。
それも、この広い庭で一番高い木のてっぺんまで。
少女が自力で下りてくるのを、金髪の男はじっと待っていた。
そして、手が届くところまでやってくると、両手を伸ばして彼女を幹から引き剥がした。
男はそのまま、少女を肩へ担ぎ上げる。
「わっ……!」
少女は小さく悲鳴をあげ、とっさに男の肩にしがみつく。
彼女の手の爪が固い物にあたって、カツン、と小さく音を立てた。
男の肩を覆っていた固い物――それは、金属でできた肩当てだった。
肩だけではない。胸も、腹も、背中も、それから喉元も、金属板でもって覆われている。
本来ならば頭も同質のヘルメットで守られているはずだが、庭に出てくる前に取ったのだろうか。
男は、全身を立派な甲冑で包んだ騎士だった。
そして、この広い庭を持つ屋敷の主であり、はるか遠くに連なる山脈の際までの土地を治める若き領主でもあった。
彼は前日の午後から、数名の従者を連れて領地の視察に行っていた。
「おかえりなさい」
後ろ向きに肩に担ぎ上げられた体勢のまま、少女は顔だけ男を振り返って言った。
男も少女の方に顔を向け、小さく「ああ」と返事をする。そして彼女の背中に片手を回し、肩に乗った身体を支えようとした。
プリーツスカートのポケットに入っていたスマートフォンが、固い甲冑に押し付けられる。
それはサージ生地越しに、少女の腿に食い込んだ。
いたい、と呟いて、少女がそれをポケットから取り出す。
男はとたんに呆れたような顔をした。
「また、その奇怪な板で遊んでいたのか?」
「奇怪な板じゃなくて、未来の精密機器だってば……」
少女が唇を尖らせてそう言い返す。しかし男は、意味がわからないとばかりに肩を竦めただけだった。
男は、騎士で、領主で、今――十一世紀の末、中世盛期の西欧に生きる人間である。
対して少女は、これよりもずっとずっと未来――二十一世紀初頭のアジア、島国日本に生まれた生粋の日本人。
少女は、高校生となって初めての夏休みを控えたある日、突然摩訶不思議な現象に巻き込まれ、過去の世界へとタイムスリップしてしまっていた。
しかも通学途中であったため、夏用のセーラー服を着たまま千年以上の時を遡ることになったのだ。
そしてそんな少女が最初に出会ったのが、彼女を肩に担いだ、この金髪の男である。
騎士として、戦場においてこれまで幾つもの手柄を立ててきた彼は、国王からの信頼も厚いらしい。
普段は無愛想でぶっきらぼう、おおよそ紳士らしくない男ではあったが、寛大で慈悲深い性格から領民には大変慕われいる。
要領を得ない少女の言葉にも真摯に耳を傾け、行く宛てのない彼女を屋敷に置いてくれた。
そのため、少女は彼にとても感謝している。
それに――実を言うと、彼のことを好きになってしまっていた。
早いもので、少女が男に保護されてからそろそろ一年が経つ。
教育熱心な両親が幼い頃から外国語を習わせてくれていたおかげで、言葉に不自由せずに済んだのも幸いだった。独特の訛りや古い言い回しなどで戸惑うことはあったが、意思の疎通にはさほど問題なかった。
さらに少女は、ある奇跡的な発見もしていた。
「晴れの日の陽が傾く直前……空に近い場所ならば、デンパとやらが届くのだったか?」
「そうだよ。今日は結構いい感じだった」
男が言った通りの条件のもと、空にスマートフォンをかざす。
するとどういうわけか、ごく稀に電波が届くことがあるのだ。
さすがに電話をかけることできないが、わずかな時間であればインターネットを繋ぐことができた。
それを知って以来、少女は晴れの日の午後は、決まってこの一番高い木に上っていた。
かすかにでも、元の時代、元の世界と繋いでくれるスマートフォンの存在は、少女にとって心強いものだった。通学バッグに入れてあったソーラー充電器のおかげで、スマートフォンは今も元気に動いてくれている。
そして、その未来の精密機器は、世界史にはいまいち疎かった少女に、インターネット上に存在していた男の情報も与えてくれた。
それによると——
男は大きな戦で手柄を立て、褒美としてさらなる領地を賜った。
同時に、その時独身だった彼は、国王から下賜された貴族の女を妻にする。
しかし翌年、妻とその一族に陥れられ、土地も名誉も何もかも奪われてしまう。
そうして、若くして刑場の露と消えたのだった。
——以上が、未来で知ることのできる史実。
男の名前、生きた時代を検索バーに打ち込むことによって、少女が手軽に得られた情報だった。
彼の無惨な最後を、少女は知ってしまったのだ。
「そろそろ、屋敷の中に戻るぞ」
男はそう言って、ここでようやく少女を腕に抱き直す。
それを待っていたとばかりに、少女は今度は正面から、ぎゅっと彼の頭にしがみついた。
彼の喉元を覆う金属板が邪魔をして、首筋に抱き着けないのが口惜しい。
「うう」
思わず少女が唸れば、男は男で、彼女のセーラー服のスカーフをため息で揺らした。
「また、この珍妙な服を着おってからに」
「珍妙とは失礼な。これは制服――女子学生にとっては正装よ? 騎士にとっての甲冑と同じくらい、大事なものなんだから」
少女が男の頭を抱いたままそう抗議すると、男も彼女の胸元に顔を埋めたまま、くぐもった声で続けた。
「衣装合わせを中断したそうだが……私が用意したドレスは気に入らなかったか?」
少女は、今度は男の頭を解放し、大慌てで答える。
「そんなことないよ! あんな豪華なのを用意してもらって、もったいないって思ってるんだからっ!!」
じっと見つめてくる青い瞳をまっすぐに見返し、少女は続ける。
「女中さん達に、どれがいいか選べって言われたんだけど……私、よく分からないから。あなたが帰ってきたら一緒に選んでもらって、それから試着しようと思ってたの」
「……そうか」
少女の答えに、男はどこかほっとした様子で頷いた。
かと思ったら、今度は少女の額に自分のそれをくっつけ、彼女の黒い瞳を覗き込むようにして問う。
「未来とやらに、まだ未練があるか」
「それは、だって……友達や、家族だって置いてきちゃってるし……」
「友なら、こちらでたくさんできただろう?」
「そうだけど……」
少女は右手に握ったスマートフォン――今はもう電波が届かなくなった精密機器を無意識に指で弄った。それから、少しばかり幼い仕草で唇を尖らせる。
そんな少女に、男は目を細めつつ続けた。
「父上や母上のかわりにはなれぬが……」
「え?」
「家族になら……私だってなれる」
「……うん」
少女にはもちろん、元の世界に対する未練がある。
両親にも友達にも会いたいし、自分が無事であることも知らせたい。
だが、少女は男を愛してしまった。
そして、男の方も――少女を愛した。
明後日、少女は男にともなわれて、王城に上がることになっている。
そこで二人は国王陛下に謁見し、結婚の許しをもらうのだ。
少女は、自分ではどうにもできない力により、二十一世紀で得るはずの日常も平穏も何もかも奪われた。
元いた場所に帰れるのか帰れないのか、それすらも分からない。
不安、絶望、焦燥……気を抜けば、それらが代わる代わるに少女を苛もうとする。
そんな彼女を正気に保っているのは、片時も側から離さぬスマートフォン。
そして、男の存在だった。
彼への想いを自覚した時、少女はようやく現実を受け入れることができた。
うじうじと悩み嘆く代わりに、今この世界この時代で、愛した男のためにできることをしよう。
彼女はそう決意した。
男を救うために、少女は歴史を変える。
それが罪だというのなら、彼女を過去へ飛ばして男と出会わせた運命こそ、咎められるべきだ。
少女がセーラー服を身につけるのは、この日が最後となった。

たくさんの素敵な文章を寄せていただけてとても嬉しかったです!
せっかくなので、自分でも絵から文章を起こしてみました。
元となった絵も掲載しておりますので合わせてご覧いただけると幸いです。
セーラー服と甲冑
淡い雲に深い青が透けている。
この日の太陽がようやく西へと首を振り始めた頃。
一人の少女が、生い茂る緑を掻き分け空に近づこうとしていた。
やがて最も高い場所まで辿り着くと、少女は右の腕をぐっと上に突き上げた。
濃紺で縁取られたセーラー服の半袖。そこから伸びる腕は白い。
それとは対照的に、真っ直ぐに背中に流されている長い髪は黒かった。
その時、空にかざしていた少女の右手の中で、きらりと光が蠢いた。
「よし……」
少女はそう満足げに頷くと、右手を自分の顔の前に引き寄せる。
その手に握られていたのは、多機能携帯電話機――いわゆるスマートフォンである。
少女は手慣れた様子で、右手の親指一本でそれを操作する。
膨大な情報の海を巧みにサーフィンし、やがて求めるものへと辿り着いた。
「――っ……」
とたんに、少女は眉を顰めた。
スマートフォンの画面に映し出された文字、そして二つ連なった四桁の年号――とりわけ後ろの数字を目にして、彼女は唇を噛む。
少女はこれまで幾度もこの画面に辿り着き、ここに記された情報を確認していた。
だが、何度見ても、画面をスクロールする指が震える。
と、その時……
「――おい」
少女の足もと、そのずっとずっと下から、男の低い声がした。
少女は慌ててスマートフォンを通常画面に戻すと、緑の隙間から下をのぞく。
すると、淡い金色の髪と青い瞳をした男が彼女の方を見上げていた。
すっと通った鼻筋と薄い唇をした美丈夫だ。
彼は少女と目が合うと、髪と同じ色の眉をぐっと顰めて口を開いた。
「お前はまた、そんな所に登っていたのか。危ないから、さっさと下りてこい」
「うん」
命令口調の男に対し、少女は素直に頷くと、スマートフォンをスカートのポケットにしまった。
そうして両手で幹を掴んで、するすると器用に木を下り始めた。
そう、少女は木に登っていたのだ。
それも、この広い庭で一番高い木のてっぺんまで。
少女が自力で下りてくるのを、金髪の男はじっと待っていた。
そして、手が届くところまでやってくると、両手を伸ばして彼女を幹から引き剥がした。
男はそのまま、少女を肩へ担ぎ上げる。
「わっ……!」
少女は小さく悲鳴をあげ、とっさに男の肩にしがみつく。
彼女の手の爪が固い物にあたって、カツン、と小さく音を立てた。
男の肩を覆っていた固い物――それは、金属でできた肩当てだった。
肩だけではない。胸も、腹も、背中も、それから喉元も、金属板でもって覆われている。
本来ならば頭も同質のヘルメットで守られているはずだが、庭に出てくる前に取ったのだろうか。
男は、全身を立派な甲冑で包んだ騎士だった。
そして、この広い庭を持つ屋敷の主であり、はるか遠くに連なる山脈の際までの土地を治める若き領主でもあった。
彼は前日の午後から、数名の従者を連れて領地の視察に行っていた。
「おかえりなさい」
後ろ向きに肩に担ぎ上げられた体勢のまま、少女は顔だけ男を振り返って言った。
男も少女の方に顔を向け、小さく「ああ」と返事をする。そして彼女の背中に片手を回し、肩に乗った身体を支えようとした。
プリーツスカートのポケットに入っていたスマートフォンが、固い甲冑に押し付けられる。
それはサージ生地越しに、少女の腿に食い込んだ。
いたい、と呟いて、少女がそれをポケットから取り出す。
男はとたんに呆れたような顔をした。
「また、その奇怪な板で遊んでいたのか?」
「奇怪な板じゃなくて、未来の精密機器だってば……」
少女が唇を尖らせてそう言い返す。しかし男は、意味がわからないとばかりに肩を竦めただけだった。
男は、騎士で、領主で、今――十一世紀の末、中世盛期の西欧に生きる人間である。
対して少女は、これよりもずっとずっと未来――二十一世紀初頭のアジア、島国日本に生まれた生粋の日本人。
少女は、高校生となって初めての夏休みを控えたある日、突然摩訶不思議な現象に巻き込まれ、過去の世界へとタイムスリップしてしまっていた。
しかも通学途中であったため、夏用のセーラー服を着たまま千年以上の時を遡ることになったのだ。
そしてそんな少女が最初に出会ったのが、彼女を肩に担いだ、この金髪の男である。
騎士として、戦場においてこれまで幾つもの手柄を立ててきた彼は、国王からの信頼も厚いらしい。
普段は無愛想でぶっきらぼう、おおよそ紳士らしくない男ではあったが、寛大で慈悲深い性格から領民には大変慕われいる。
要領を得ない少女の言葉にも真摯に耳を傾け、行く宛てのない彼女を屋敷に置いてくれた。
そのため、少女は彼にとても感謝している。
それに――実を言うと、彼のことを好きになってしまっていた。
早いもので、少女が男に保護されてからそろそろ一年が経つ。
教育熱心な両親が幼い頃から外国語を習わせてくれていたおかげで、言葉に不自由せずに済んだのも幸いだった。独特の訛りや古い言い回しなどで戸惑うことはあったが、意思の疎通にはさほど問題なかった。
さらに少女は、ある奇跡的な発見もしていた。
「晴れの日の陽が傾く直前……空に近い場所ならば、デンパとやらが届くのだったか?」
「そうだよ。今日は結構いい感じだった」
男が言った通りの条件のもと、空にスマートフォンをかざす。
するとどういうわけか、ごく稀に電波が届くことがあるのだ。
さすがに電話をかけることできないが、わずかな時間であればインターネットを繋ぐことができた。
それを知って以来、少女は晴れの日の午後は、決まってこの一番高い木に上っていた。
かすかにでも、元の時代、元の世界と繋いでくれるスマートフォンの存在は、少女にとって心強いものだった。通学バッグに入れてあったソーラー充電器のおかげで、スマートフォンは今も元気に動いてくれている。
そして、その未来の精密機器は、世界史にはいまいち疎かった少女に、インターネット上に存在していた男の情報も与えてくれた。
それによると——
男は大きな戦で手柄を立て、褒美としてさらなる領地を賜った。
同時に、その時独身だった彼は、国王から下賜された貴族の女を妻にする。
しかし翌年、妻とその一族に陥れられ、土地も名誉も何もかも奪われてしまう。
そうして、若くして刑場の露と消えたのだった。
——以上が、未来で知ることのできる史実。
男の名前、生きた時代を検索バーに打ち込むことによって、少女が手軽に得られた情報だった。
彼の無惨な最後を、少女は知ってしまったのだ。
「そろそろ、屋敷の中に戻るぞ」
男はそう言って、ここでようやく少女を腕に抱き直す。
それを待っていたとばかりに、少女は今度は正面から、ぎゅっと彼の頭にしがみついた。
彼の喉元を覆う金属板が邪魔をして、首筋に抱き着けないのが口惜しい。
「うう」
思わず少女が唸れば、男は男で、彼女のセーラー服のスカーフをため息で揺らした。
「また、この珍妙な服を着おってからに」
「珍妙とは失礼な。これは制服――女子学生にとっては正装よ? 騎士にとっての甲冑と同じくらい、大事なものなんだから」
少女が男の頭を抱いたままそう抗議すると、男も彼女の胸元に顔を埋めたまま、くぐもった声で続けた。
「衣装合わせを中断したそうだが……私が用意したドレスは気に入らなかったか?」
少女は、今度は男の頭を解放し、大慌てで答える。
「そんなことないよ! あんな豪華なのを用意してもらって、もったいないって思ってるんだからっ!!」
じっと見つめてくる青い瞳をまっすぐに見返し、少女は続ける。
「女中さん達に、どれがいいか選べって言われたんだけど……私、よく分からないから。あなたが帰ってきたら一緒に選んでもらって、それから試着しようと思ってたの」
「……そうか」
少女の答えに、男はどこかほっとした様子で頷いた。
かと思ったら、今度は少女の額に自分のそれをくっつけ、彼女の黒い瞳を覗き込むようにして問う。
「未来とやらに、まだ未練があるか」
「それは、だって……友達や、家族だって置いてきちゃってるし……」
「友なら、こちらでたくさんできただろう?」
「そうだけど……」
少女は右手に握ったスマートフォン――今はもう電波が届かなくなった精密機器を無意識に指で弄った。それから、少しばかり幼い仕草で唇を尖らせる。
そんな少女に、男は目を細めつつ続けた。
「父上や母上のかわりにはなれぬが……」
「え?」
「家族になら……私だってなれる」
「……うん」
少女にはもちろん、元の世界に対する未練がある。
両親にも友達にも会いたいし、自分が無事であることも知らせたい。
だが、少女は男を愛してしまった。
そして、男の方も――少女を愛した。
明後日、少女は男にともなわれて、王城に上がることになっている。
そこで二人は国王陛下に謁見し、結婚の許しをもらうのだ。
少女は、自分ではどうにもできない力により、二十一世紀で得るはずの日常も平穏も何もかも奪われた。
元いた場所に帰れるのか帰れないのか、それすらも分からない。
不安、絶望、焦燥……気を抜けば、それらが代わる代わるに少女を苛もうとする。
そんな彼女を正気に保っているのは、片時も側から離さぬスマートフォン。
そして、男の存在だった。
彼への想いを自覚した時、少女はようやく現実を受け入れることができた。
うじうじと悩み嘆く代わりに、今この世界この時代で、愛した男のためにできることをしよう。
彼女はそう決意した。
男を救うために、少女は歴史を変える。
それが罪だというのなら、彼女を過去へ飛ばして男と出会わせた運命こそ、咎められるべきだ。
少女がセーラー服を身につけるのは、この日が最後となった。

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