五臓六腑

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うさぎリンゴの作り方

「うさぎリンゴの作り方」(蔦姫の箱庭)






 レイスウェイク大公爵家の厨房に、ある朝赤く熟れたリンゴがたくさん届けられた。
 リンゴは、リュネブルク公爵家の庭に植えられた木に、毎年たくさん実るのだ。
 もともとそれを植えたのは、前リュネブルク公爵夫人とその一人娘――レイスウェイク大公爵と現リュネブルク公爵の生母マジェンタであった。

 レイスウェイク大公爵ヴィオラントとその息子シオンが厨房にやってきたのは、午後のお茶の時間より少し前のことだった。
 彼らは大きな籠に山積みになったリンゴの中から、一番赤くて艶やかなリンゴを一つ選んだ。
 続いて、ヴィオラントが壮年の料理長から果物ナイフを受け取ると、八歳になったシオンはそんな父の手元を真剣な眼差しで見つめつつ言った。

「父上、まずリンゴを八等分にするんだよ」
「ふむ……」
「それから、芯のところを切り取るの」
「分かった」

 ヴィオラントは息子の言うとおり、リンゴを八個のくし型に均等に切り分けると、それぞれの芯の部分をくの字に切って取り除いた。
 そしてそれをひとまず、料理長が気を利かせて用意してくれた塩水へと浸す。
 もちろん、リンゴの白い果肉が変色するのを防ぐためだ。
 シオンはその中からまた一欠片のリンゴを掬い上げると、なおも真剣な顔をして言った。

「皮の上から、ナイフでVの字に切り込みを入れて」
「これは……なかなか危ない作業だな。力加減と目測を誤ると、勢い余って掌を傷付けかねない」

 ヴィオラントは、引き続き息子の指示通りにリンゴにナイフを入れた。
 しかし、自分の掌に収まるリンゴの欠片を眺めつつ、同じようにそれにナイフを入れる妻の小さな掌を重ねて、かすかに眉を顰めた。
 あの白い肌をナイフの切っ先がかすめる様を思い浮かべ、ヴィオラントはぞっとする。
 シオンも、そんな父に同調して「うん」と頷いた。
 
「だよねぇ。スミレちゃんは、いっつも気にせずささっとやっちゃうけど……」
「スミレは確かに器用だが、思い切りが良過ぎていけない。私は、何度肝を冷やしたことか」
「いつかなんか、かなり危なかったんだよね。ほら、でっかいカボチャが庭で採れた時の話」
「ほう……その話は知らないな」

 父と息子はそんな会話を続けながら、リンゴの欠片にさらにナイフを進ませた。
 切り込みを入れたVの字の皮の部分を剥いて取り除く。
 この時、少々勿体なく感じるのをぐっと耐えて、厚めに皮を剥くのがいい。
 その方が、残した皮の部分の形状が際立つのだ。

「それで、スミレはその時どう危なかったのだ?」
「……しまった。口止めされてたんだった」
「家長特権で全て許す。いいから、言いなさい」
「えーと……カボチャの皮が分厚くてナイフじゃ全然切れなくてね。結局スミレちゃんってば斧を持ち出したんだけど……」
「……斧?」
「思いっきり振り下ろすもんだから、あのヒトってば、もうちょっとでカボチャと一緒に自分の足もまっぷたつにするところだったんだよ?」
「……」

 思いがけず母の失態を暴露することになったシオンは、それを聞いた父の紫色の目がすっと細められたのを見て、「あーあ」と心の中でため息をついた。
 この後、母は危ない真似をした時のことを父に叱られるのだろう。
 ただ、おそらく今は、それほど長い説教にはならないだろうとも思う。
 何故なら、今日のヴィオラントとシオンには別の大きな目的があるからだ。

「手順通りにすれば、それなりに見えるものだな」

 掌の上に載せたリンゴを眺め、ヴィオラントはそう満足げに言った。
 すかさず、シオンがさらなる提案を口にする。

「目を付けようよ、父上。その方が、もっとそれっぽいよ」
「ふむ、何で代用すればいいだろう?」

 すると、当主父子がリンゴを相手にちまちまやっている様を微笑ましく見守っていた料理長が、固めたチョコレートの角をナイフで削って差し出した。
 シオンがそれを指先で摘み、父の掌に載ったリンゴの果肉に差し込む。
 
 そうして完成したのは、茶色の円らな瞳と艶やかな赤い耳がピンと立った、愛らしいうさぎリンゴであった。

「いいんじゃない。スミレちゃん、可愛いって言うよ。絶対」
「そうだな」

 ヴィオラントとシオンは、残りの七欠片のリンゴも、同じようにうさぎに変身させた。
 そして、それらを皿の上に載せた二人が向かうのは、三階の一番奥――当主夫妻の私室のベランダだった。
 そこに置かれた安楽椅子に、彼らがうさぎリンゴを食べさせたい相手が座っている。
 その相手とはもちろん、ヴィオラントの妻であり、シオンの母であるスミレだった。

「……スミレちゃん、食べてくれるかな?」

 皿を持った父の隣を歩きながら、珍しくシオンが不安げな顔をした。
 ヴィオラントはそれに優しく目を細めると、開いた片手で自分と同じ色をした息子の髪を撫でてやる。
 スミレはここ数日体調が優れず、食が極端に細くなっていた。
 華奢な見た目にそぐわず、普段はわりとしっかりとした量を食べるものだから、わずかなスープとサラダしか口にしない彼女の様子は、息子のシオンをひどく不安にさせていた。
 いつもは子供の自分と一緒になって飛び回っていた母が、ぐったりと椅子の背に身体を預けている姿を見せられると、余計に。
 ヴィオラントはそんなシオンの肩を抱き、穏やかな声でもって言い聞かせる。
 
「無理強いをしてはならぬよ。母は今、我々男には分からぬ苦しみに耐えているのであるから」
「うん……」
「八年前も母はそれに耐え、そなたを腹の中で大切に育んでくれたのだ。感謝の気持ちを忘れてはならない」
「はい……」

 スミレの第二子懐妊が判明したのは、つい一月ほど前のことだった。
 兄弟を欲しがっていたシオンは、もちろん弟か妹ができることに大喜びした。
 ただし、妊娠三ヶ月目を過ぎたあたりから始まったひどいつわりで、スミレが伏せることが多くなってからは、その喜びは萎む一方であった。
 それを見兼ねたヴィオラントも、どうにかスミレの食欲を促し、シオンを元気付ける方法は無いものかと考えあぐねていた。
 リュネブルク公爵家から熟れたリンゴが届けられたのは、ちょうどそんな時だったのだ。

 そして、もちろん。

 毎年心待ちにしているお裾分けのリンゴが、夫と息子の手によって可愛らしいうさぎに変身してやってきたのを知ったスミレは、大きな紫色の瞳をまん丸にして驚いた。

「ホントに、ヴィーとシオン君で作ったの!? スゴイ! 作ってるとこ、見たかったぁ!」

 スミレはそう叫ぶと、皿の上からチョコレートの目をしたうさぎリンゴを一つ摘み上げた。
 ついさっきまで、白さが際立って青白くさえ見えていた彼女の頬は、今はそれこそリンゴのように鮮やかに色付いている。
 久々に笑顔を弾けさせたスミレは、それを見てほっとしているヴィオラントとシオンを抱き寄せ、それぞれの頬にキスをする。
 そして……

「食べるの、もったいないね」

 スミレはそう呟いて、うさぎリンゴの鼻先にも、ちょんと小さくキスをした。
 
 
  
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Comments

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2013.07.01(Mon) 11:56        さん   #         

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2013.07.02(Tue) 01:37        さん   #         

ありがとうございますv

>ひろ様
お返事遅くなってすみません!
うさぎリンゴ読んでいただきありがとうございますv
楽しんでいただけたようで嬉しいです。
「蔦姫の余興」ですが、こちらはハロウィン話だったのでハロウィンカテゴリーに入っておりましたが、これを機に蔦姫の箱庭カテゴリーにお引っ越しさせていただきました。
またお時間のある時にでものぞいてみてくださいv
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

2013.07.19(Fri) 15:27       ひなた さん   #-  URL       

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