五臓六腑

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キスの日記念小話

5月23日は、日本で初めてキスシーンが登場する映画が封切られた日だそうです。
というわけで、キスの日記念↓







「……」

 扉を開いた瞬間、レイスウェイク大公爵の一人息子シオンは半眼になった。
 彼の視線の先では、いまだに蜜月が続いている父と母が、ソファの上で顔をくっつけていた。

「あーあ……もう……」
「何よ、シオン君。いきなり入ってきて、感じ悪い」

 シオンがこれ見よがしに大きなため息をつくと、彼の父ヴィオラントに解放された母スミレの唇が尖って抗議する。
 それにふんと鼻を鳴らし、シオンはかまわず部屋の中へと入っていった。
 ここは元来レイスウェイク大公爵夫妻の私室だが、スミレの実家である野咲家と繋がっている場所でもあるので、双方の共通のリビングのようになっている。
 よって、シオンもまた普段から頻繁に出入りしているので、この時もドアの取手を引き下ろすのに、躊躇はなかった。

「ノックくらいしなよ。マナーがなってないなぁ。親の顔が見たい」
「だったら、鏡覗いてみなよ」

 相変わらず親子らしくない会話をかわす二人に、スミレを膝に抱いたヴィオラントが口を挟む。

「ノックを怠るから、今のように望まぬ場面に出会すのだぞ、シオン」
「じゃあ、お尋ねしますけど。ノックしたのが僕だと分かったら、父上はスミレちゃんとちゅっちゅするの、少しは遠慮してくれたの?」
「いや、しないな」
「即答しないでよ」

 頬を膨らませて抗議する息子に、ヴィオラントは小さく吐息のような笑いをこぼすと、スミレの黒髪に鼻先を埋めた。
 偉大な皇帝としてグラディアトリア史に名を残す男も、シオンの前では単なる愛妻家――いや、度が過ぎた旦那バカだ。
 それを周りの皆は微笑ましく見守っているのだから、この国は平和でたいへんよろしいなぁと、少年の口からはまたため息が出た。
 若干八歳の身の上ながら、ため息をつく回数が異様に多いシオンなのであった。

「はいこれ、手紙」
「ああ、ご苦労」

 シオンは両親がいるソファに近づくと、持っていた手紙をヴィオラントに差し出した。
 彼がこの部屋を訪れたのは、侍従長からそれを預かっていたからだ。
 もちろん、普段なら侍従長から主人であるヴィオラントに手渡されるのだが、差出人を見たシオンが自分が持って行くと言い張ったのだった。

「手紙、なんて書いてるの? ミリアニス叔母様、なんて言ってきたの?」
「少し、待ちなさい」

 シオンは両親の向かいのソファに腰を下ろすと、手紙を広げた父を急かす。
 ヴィオラントはそれに苦笑しながら、オルセオロ公爵夫人ミリアニス――自分の二番目の妹からの手紙を読み始めた。

「ふむ」
「へえ」

 全て読み終わると、ヴィオラントは一緒に手紙を覗いていたスミレと笑みを交わした。
 そして、期待いっぱいの顔をして身を乗り出すシオンに告げた。

「五日後、オルセオロ公爵家で開かれるアリアーネの誕生会で」
「誕生会で!?」
「彼女のエスコートを、シオンに頼みたいそうだ」
「――喜んで!」

 それを聞いたシオンは、やったーと叫んでソファの上で飛び跳ねた。
 本来なら、大公爵家の嫡子が行儀の悪い、と叱られるところだ。
 しかし、シオンのそんな子供らしく無邪気な振る舞いは珍しく、両親は叱るどころか微笑ましく見守った。

「シオン君は、ほんとアリアちゃんが好きね」

 アリアーネはオルセオロ公爵家の一人娘で、シオンからすると父方の従姉に当たる。
 一つ年上の、穏やかで優しい彼女が、シオンは今よりもっとずっと幼い頃から大好きなのだ。
 そのアリアーネが主役の舞台で、自分が彼女をエスコートする。
 シオンは高揚する気持ちを抑えられそうになかった。
 しかし、そんな彼に遠慮なく水をさそうとするのが、スミレである。
 スミレはソファの上に立ち上がったシオンを眺め、「でも」と口を開いた。

「アリアちゃんの方が、背が高かったんじゃなかったっけ。エスコートする方の背が低いと、ちょっと格好悪くない? シークレットブーツ、履く?」

 それに、シオンは一瞬動きを止めた。
 しかし、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ソファに座り直して足を組んだ。

「もー、スミレちゃんってば、情報古いよ。いつの話してんの?」
「あ、なんか、感じ悪い」
「子供の成長速度をなめないでよね。今は、アリアーネより僕の方が小指一関節分高いんだからね!」
「あ、そうなんだ。じゃあ――キスしやすくなったね」
「……え?」

 ふふんと得意げに胸を張っていたシオンだが、母の最後の言葉を聞いて固まった。
 目を丸くしている息子に、スミレは「だってほら」と続ける。

「小指一関節分の身長差って、キスするのにベストな体勢じゃない? かがんだり、仰け反ったりしなくていいし」
「なっ!? ば、ばっかじゃない! スミレちゃん、何言ってんの!?」
「キス、するんでしょ?」
「し、しないよ! そんなっ……!」
「せっかくなのに、しないの?」
「え? だって、そんな……」

 シオンはとたんに目を泳がせ始めた。
 しかし、向かいでスミレがニヤニヤしているのに気づくと、彼女をお揃いの紫色の瞳でキッと睨みつた。


「――キ、キスなんて、結婚式までしないよっ!」


 シオンはそう叫ぶとソファを飛び降り、乱暴に扉を開けて出て行ってしまった。
 うなじまで真っ赤になったその後ろ姿を、スミレは彼が部屋に入ってきた時の体勢のまま、ふふと笑って見送る。

「シオン君、初心で可愛いね。ヴィー」
「ああ、可愛いな」

 そう言って顔を見合わせた二人は、シオンとアリアーネとは違って大きく身長差がある。
 だから、ヴィオラントは上半身を傾け、スミレは首を仰け反らせて――

 キスをした。





 

 
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