小話
小説家になろうの活動報告の小話転載です。
いつも通りゆるいです。
「まずは両足を肩幅に開いて、次に左足を前に出し……」
「左足が前、ね」
「重心は、体の中心ね。で、右手に得物を持って、膝を軽く曲げて構える」
「はいはい」
「左手は体の正面で床と水平になるように構えて、ガードにするんだって」
「ふうん、こう?」
若葉萌える庭園の隅っこで、屋敷の外壁に向かって仲良く並んで立っているのは、このレイスウェイク大公爵家の当主の妻子である。
母スミレは何やら小さな冊子を覗き込みつつ、すでに自分の顎の下ほどまで背が伸びた息子シオンに指示を出している。
「手元で急回転させて、投げる時に勢いを持たせるんだって」
「よく、分からないんだけど?」
「手首のスナップをきかせて……とにかく投げつければいいんじゃない?」
「いい加減だなぁ」
説明が途中からひどく投げやりになった母に、シオンは呆れたような顔をしながら、手に持っていたものを壁へと投げつけた。
――ベチッ
それは硬い外壁に叩き付けられて鈍い音を立て、そのまま手前にぽんと跳ね返って地面に落ちた。
その様子に、シオンはとたんに顔をしかめる。
「全然かっこ良くない」
「だってゴム製だもん、その手裏剣。本物みたいに刺さるわけないじゃん」
そう、シオンが壁に向かって投げつけたのは、彼の母スミレの故郷である日本において、その昔隠密特殊部隊として権力者に仕えた“忍者”が使用した武器、手裏剣だった。
とはいってもスミレが述べたとおり、シオンが投げたそれは本物ではなくゴム製のおもちゃ。
壁に刺さるはずもなければ、人を傷付けることもない安全な代物である。
それをこのレイスウェイク家にもたらしたのは、スミレの実兄だった。
教師をしている彼は、先日研修で忍者の里として有名な町に出張に赴き、シオンへの土産として手裏剣のおもちゃを買ってきてくれたのだ。
最近はませた言動が目立つシオンも、実際はまだまだ八歳の子供である。
彼は珍しいアイテムを手に入れて、年相応にわくわくした顔を見せた。
さすがに家の中でそれを投げるのは憚られ、伯父への礼もそこそこに外へと飛び出したシオンだったが、スミレも添付のミニ指南書片手についてきたのだ。
シオンは地面に落ちた手裏剣のおもちゃを拾い、今度は先ほどよりも近くから投げつけてみたが、やはりそれが鋭く壁に突き刺さることはなかった。
「これじゃ、つまんないよ」
不満げな顔のシオンに、スミレは指南書を閉じて苦笑する。
そして、壁から跳ね返って地面に転がった手裏剣を拾い、むにむにと曲げながら言った。
「仕方ないじゃない。壁に刺さるような危ないものは、おもちゃとして売れないもん」
「おもちゃじゃなくて、本物がほしかった」
シオンはますます不貞腐れ、スミレはやれやれとため息をつく。
そしてふと、彼女は自分が指南書と一緒に持ってきていた物に目を留めた。
こちらもスミレの兄が買ってきたお土産で、シオンがもらった十字手裏剣と似たような形をしている。
ビニールの袋の中には、同じ物が十二枚。
「……ふむ」
スミレはその内の一枚を取り出して、膨れっ面のシオンの隣に並んだ。
そして何を思ったのか、突然それを壁に向かって投げつけたのだ。
すると——
——カッ!
「おおーー!!」
「さ、刺さった!?」
なんとそれは、さっきのゴム製手裏剣よりもよぽど鋭い音を立て、壁に突き立ったのだ。
スミレとシオンは驚きの声を上げ、互いに顔を見合わせた。
何故なら、今二人の前で壁に突き刺さっている手裏剣の形をした物体——その正体というのが、実は小麦粉と砂糖で作られたお菓子だったからだ。
“かたやき”と呼ばれる名物菓子で、かつての忍者の携行食、あるいは非常食が元とされている。
その名の通りとにかく硬く、日本一硬いせんべいとも言われており、木槌などで叩き割った上でふやかして食べなければ歯や顎を痛めてしまう。
その尋常ではない硬さを証明するように、スミレの投げた“かたやき手裏剣”は、見事レイスウェイク家の石の壁に突き刺さっていた。
「なにこれ、すごい! 超合金!?」
「スミレちゃん、僕にもやらせてっ!」
スミレとシオンはお揃いの紫の目を輝かせ、二人のテンションは一気に盛り上がった。
――カッ!
――カカッ!
彼らは夢中になって、壁に向かってお菓子の手裏剣を投げる。
十二枚入りだったそれは、あっと言う間に全て壁へと突き立つことになった。
「あー、面白かった」
空になったビニールの袋をくしゃっと丸め、スミレは満足げなシオンと顔を見合わせて頷き合う。
ところが……
「――スミレ、シオン」
突然、頭の上から降ってきた低い声に、二人はびくりと身体を震わせた。
そして、恐る恐る背後を振り返ると……
「——げ、父上」
「……あら、ヴィー。見てたの?」
この屋敷の主人ヴィオラントが、胸の前で両腕を組んで立っていた。
彼は、顔を引きつらせる息子と愛想笑いを浮かべる妻を見下ろし、二人と同じ紫色の瞳をすっと細めた。
そしてそれを、十二枚のお菓子が突き刺さった壁の上へと巡らせた。
「——食べ物を粗末にしてはいけない」
ヴィオラントは深々とため息をつくと、そう妻と息子に説教をした。
〈おわり〉
いつも通りゆるいです。
「まずは両足を肩幅に開いて、次に左足を前に出し……」
「左足が前、ね」
「重心は、体の中心ね。で、右手に得物を持って、膝を軽く曲げて構える」
「はいはい」
「左手は体の正面で床と水平になるように構えて、ガードにするんだって」
「ふうん、こう?」
若葉萌える庭園の隅っこで、屋敷の外壁に向かって仲良く並んで立っているのは、このレイスウェイク大公爵家の当主の妻子である。
母スミレは何やら小さな冊子を覗き込みつつ、すでに自分の顎の下ほどまで背が伸びた息子シオンに指示を出している。
「手元で急回転させて、投げる時に勢いを持たせるんだって」
「よく、分からないんだけど?」
「手首のスナップをきかせて……とにかく投げつければいいんじゃない?」
「いい加減だなぁ」
説明が途中からひどく投げやりになった母に、シオンは呆れたような顔をしながら、手に持っていたものを壁へと投げつけた。
――ベチッ
それは硬い外壁に叩き付けられて鈍い音を立て、そのまま手前にぽんと跳ね返って地面に落ちた。
その様子に、シオンはとたんに顔をしかめる。
「全然かっこ良くない」
「だってゴム製だもん、その手裏剣。本物みたいに刺さるわけないじゃん」
そう、シオンが壁に向かって投げつけたのは、彼の母スミレの故郷である日本において、その昔隠密特殊部隊として権力者に仕えた“忍者”が使用した武器、手裏剣だった。
とはいってもスミレが述べたとおり、シオンが投げたそれは本物ではなくゴム製のおもちゃ。
壁に刺さるはずもなければ、人を傷付けることもない安全な代物である。
それをこのレイスウェイク家にもたらしたのは、スミレの実兄だった。
教師をしている彼は、先日研修で忍者の里として有名な町に出張に赴き、シオンへの土産として手裏剣のおもちゃを買ってきてくれたのだ。
最近はませた言動が目立つシオンも、実際はまだまだ八歳の子供である。
彼は珍しいアイテムを手に入れて、年相応にわくわくした顔を見せた。
さすがに家の中でそれを投げるのは憚られ、伯父への礼もそこそこに外へと飛び出したシオンだったが、スミレも添付のミニ指南書片手についてきたのだ。
シオンは地面に落ちた手裏剣のおもちゃを拾い、今度は先ほどよりも近くから投げつけてみたが、やはりそれが鋭く壁に突き刺さることはなかった。
「これじゃ、つまんないよ」
不満げな顔のシオンに、スミレは指南書を閉じて苦笑する。
そして、壁から跳ね返って地面に転がった手裏剣を拾い、むにむにと曲げながら言った。
「仕方ないじゃない。壁に刺さるような危ないものは、おもちゃとして売れないもん」
「おもちゃじゃなくて、本物がほしかった」
シオンはますます不貞腐れ、スミレはやれやれとため息をつく。
そしてふと、彼女は自分が指南書と一緒に持ってきていた物に目を留めた。
こちらもスミレの兄が買ってきたお土産で、シオンがもらった十字手裏剣と似たような形をしている。
ビニールの袋の中には、同じ物が十二枚。
「……ふむ」
スミレはその内の一枚を取り出して、膨れっ面のシオンの隣に並んだ。
そして何を思ったのか、突然それを壁に向かって投げつけたのだ。
すると——
——カッ!
「おおーー!!」
「さ、刺さった!?」
なんとそれは、さっきのゴム製手裏剣よりもよぽど鋭い音を立て、壁に突き立ったのだ。
スミレとシオンは驚きの声を上げ、互いに顔を見合わせた。
何故なら、今二人の前で壁に突き刺さっている手裏剣の形をした物体——その正体というのが、実は小麦粉と砂糖で作られたお菓子だったからだ。
“かたやき”と呼ばれる名物菓子で、かつての忍者の携行食、あるいは非常食が元とされている。
その名の通りとにかく硬く、日本一硬いせんべいとも言われており、木槌などで叩き割った上でふやかして食べなければ歯や顎を痛めてしまう。
その尋常ではない硬さを証明するように、スミレの投げた“かたやき手裏剣”は、見事レイスウェイク家の石の壁に突き刺さっていた。
「なにこれ、すごい! 超合金!?」
「スミレちゃん、僕にもやらせてっ!」
スミレとシオンはお揃いの紫の目を輝かせ、二人のテンションは一気に盛り上がった。
――カッ!
――カカッ!
彼らは夢中になって、壁に向かってお菓子の手裏剣を投げる。
十二枚入りだったそれは、あっと言う間に全て壁へと突き立つことになった。
「あー、面白かった」
空になったビニールの袋をくしゃっと丸め、スミレは満足げなシオンと顔を見合わせて頷き合う。
ところが……
「――スミレ、シオン」
突然、頭の上から降ってきた低い声に、二人はびくりと身体を震わせた。
そして、恐る恐る背後を振り返ると……
「——げ、父上」
「……あら、ヴィー。見てたの?」
この屋敷の主人ヴィオラントが、胸の前で両腕を組んで立っていた。
彼は、顔を引きつらせる息子と愛想笑いを浮かべる妻を見下ろし、二人と同じ紫色の瞳をすっと細めた。
そしてそれを、十二枚のお菓子が突き刺さった壁の上へと巡らせた。
「——食べ物を粗末にしてはいけない」
ヴィオラントは深々とため息をつくと、そう妻と息子に説教をした。
〈おわり〉
スポンサーサイト