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五臓六腑

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お茶会を終えて4

女子会・男子会シリーズ最終話
ヴィオラントと菫のターンです。



 賑やかなお茶会は、あっと言う間に終わりを告げた。
 日が落ちる前に王城に向かうコンラート国王夫妻と、リュネブルク家に向かうクロヴィスとルリを玄関で見送った菫は、私室の馴染みのソファに座ってようやく一息ついた。
 しばらくレイスウェイク家に滞在する予定のルータスと郁子も、仲良く客室に引っ込んでいる。
 菫が思わずもらしたため息に気づき、心配そうに額に手を伸ばしてきたのは、もちろんヴィオラントだ。

「スミレ、疲れたのではないか? 気分は?」
「ん、だいじょーぶ。しんどくないよ、ヴィー」
「熱は……ないようだが、少し横になりなさい」
「平気だってば」

 菫はここ数日、つわりのせいか気分の優れない日が続いていたので、ヴィオラントの過保護にはさらに拍車が掛かっている。
 そんな中、この日は久々に屋敷にたくさん人が集まって、うきうきした菫は朝から厨房に入り浸ってケーキを焼いたり、女官長マーサと一緒にテーブルに飾る花を摘んだりと大忙しだった。
 元来人付き合いは得意な方ではないが、今日の客達は全員気の置けない間柄。
 世界を越えて嫁いだ菫にとって、彼らは友人というよりも兄や姉のような存在だ。 
 一番年の近いルリは、お菓子作りが上手な優しいお姉さん。
 その恋人のクロヴィスは菫にとっては義弟にあたるが、本人は兄気取りでいちいち世話を焼きたがる。
 妊婦の先輩アマリアスもまた立場としては義妹にあたるが、彼女が寄越す視線にはいまだに“クリスティーナ人形フィルター”がかかっていて、菫を“わたくしの永遠の妹”と称して止まない。
 また、夫たるラウルもそれを止めない。
 そして、菫の実兄優斗と同い年、しかも同じように日本からこちらの世界に飛ばされてきた郁子は、頼りになるお姉さん。ただし、いまだにちょっとだけ男性不信気味。
 一方、彼女を保護し恋仲となったルータスは、まったく頼りにならないふわふわした男だが、どこか憎めない。幼馴染みのヴィオラントとは正反対の性格だが、意外に気が合うようだ。
 
 最初は男子禁制で始まった庭園でのお茶会では、女子トークに花が咲いた。
 全員が旦那もしくは彼氏持ち。
 もちろん話題は恋愛に関することがほとんどだった。

「クロちゃんてば、いまだルリさんに手を出せてないんだって。お気の毒だね」
「ああ、本人が言っていた。クロヴィスも相当本気で惚れ込んでいるようだな」
「ヴィーなんて、出会って速攻だったのにね」
「そなたに誘われて、断れるはずがなかろう」

 ヴィオラントはそう答えながら、もしも菫がルリのような箱入り娘だったなら、自分はあの時どうしただろうと考えた。
 もしかしたら今のクロヴィスのように、まだ手を出せていなかったのではないだろうか。
 愛しい娘を目の前にして、指をくわえて見ているだけなのはどれほど辛かろう。
 そんなことを考えながら、ヴィオラントは隣に座った菫をじっと見下ろした。

「なあに?」

 口を噤んだ相手の視線に首を傾げ、不思議そうに見つめ返す可憐な少女は魔性の化身。
 その魔力に一度でも捕われてしまえば、衝動を抑えることなど稀代の先帝陛下とて不可能だ。
 
「――いや……確かに、我慢は身体によくないなと思ってな」
「なにそれ、誰のセリフ?」
「ルータスだ」
「あーなるほど。またそうやって、無意識にクロちゃんに喧嘩売ったのね、あの人」

 呆れたように呟いた菫の唇を、そっとヴィオラントのそれが啄んだ。
 柔らかく合わせるだけのキス。
 菫は彼とのそんなキスも嫌いではない。
 けれど今は何だか少し物足りなくて、両手を伸ばしてヴィオラントの首筋にしがみつき、自分の方から唇を深く押し付けた。

「……スミレ」
「ん」

 ちろりと相手の唇を舐めれば、逞しい腕が背中に回って彼女を強く引き寄せる。
 菫は薄く開いた隙間に舌を潜り込ませようとしたが、逆に猛然と攻め込まれて口の中を蹂躙されてしまった。

 恋愛ごとには極端に淡白だったヴィオラントに火をつけたのは菫で、しかもいつもいとも簡単に燃え上がらせてしまう。
 同じく女性に対して冷徹だった弟クロヴィスは、皇太后陛下の側に咲いていた慎ましい花を見つけて、大事に大事に守り育て始めた。
 他人には無関心だった変わり者の旧友ルータスも、菫と同じ世界から弾き出された女性を保護し、初めて人を愛する喜びを知った。
 コンラート国王夫婦の仲の良さは昔からだが、待望のアマリアスの懐妊にラウルの喜びたるや甚だしく、大国コンラートのますますの発展を予感させる。
 菫がヴィオラントの前に現れたのをきっかけに、様々な幸福が彼の周囲へと舞い降りた。
 その幸福は菫が連れてきてくれたのだと、ヴィオラントは確信している。

「いくら感謝しても足りぬな」
「え、誰に?」
「そなたに」

 たっぷりと菫の唇を味わって、満足げなため息とともに呟いたヴィオラントに、彼女は慎ましい胸を張って笑って言った。

「何だか分かんないけど、苦しゅうない」

 それにつられて、ヴィオラントの唇もかすかに柔らかく弧を描いた。
 それは菫がもたらした奇跡。
 表情をなくしたはずの先帝陛下は、彼女の側で少しずつ少しずつ失った感情と時間を取り戻し始めた。
 菫の存在はヴィオラントの未来を明るく照らし、笑顔は彼が生きていくための糧となる。
 何より、後世に残すつもりのなかった血を受け継いだ存在が、彼女の薄い腹の奥に宿っているのだ。
 こんな幸せが自分に訪れるとは、ヴィオラントは菫に出会うまで考えたこともなかった。
 ワンピースドレスの上からそっと腹を撫でると、彼女は「くすぐったいよ」と言ってくすくすと笑う。
 今はまだ平たいそれが膨らみ、撫でるヴィオラントの掌を内側から蹴り返すのはもう少し先のことだろう。
 その日が待ち遠しく、けれど無事産声が上がるまで彼の心配が尽きることもあるまい。
 
「夕餉まで時間がある。やはり、少し横になりなさい」
「もー、大丈夫だってば。それよりさ、ヴィーはどっちに賭ける?」
「うん?」
「クロちゃんとルータス、どっちが先にゴールインするか」

 皇太后陛下の侍女であるルリと公然と交際しているクロヴィスは、婚約も間近と噂されているが、まだ年若い相手を気遣うあまり一歩踏み出せないでいる。
 一方、元の世界に今はまだ帰れない郁子とルータスは、社交界に揃って顔を出すことこそないが、大人の関係になって久しい。
 この二組のカップルの内どちらが先に夫婦となるか、女子会はそんな話で盛り上がっていたのだという。
 
「私とアマリーはルータスに賭けたの。クロちゃんがいろいろ小難しく考えている間に、ルータスってばさっさと既成事実作っちゃったじゃない? あの動物的な勢いは侮れないよ」
「クロヴィスはクロヴィスで、ルリとの間合いをはかっているところだとは思うが……」
「じゃあ、クロちゃんに賭けてあげれば? ヴィーはお兄ちゃんなんだからさ」

 潔癖なクロヴィスが耳にすれば、眦を釣り上げそうな賭けごとだ。
 そう思いながらも、ヴィオラントは両腕を組んで「ふむ」と頷いた。 
 
「クロヴィスには悪いが、私もルータスを推そう」
「ちょっとちょっと! お兄ちゃまにまで見捨てられたら、弟君が可哀想じゃないのさ。それに皆ルータスに賭けたら、賭けにならないじゃない」
「勝てぬ賭けはしない主義なのでな」

 この後の夕餉の席で、ルータスに直球でプロポーズの仕方を尋ねられることになるとはまだ知らないヴィオラントだが、彼も菫やアマリアスの意見に賛成だった。
 ちなみに、クロヴィスに賭けたのは郁子ただ一人。
 その事実に苦笑するように両目を細め、ヴィオラントは「ただし」と付け加えた。

「クロヴィスには賭け云々は知られぬようにな」
「どーして?」
「意地になって関係を急ぎ、ルリとの仲がこじれるようなことになれば、さすがに気の毒だ」
「あー、そだね。ルータスへのライバル意識剥き出しのクロちゃんに迫られたら、ルリさんが可哀想だもんね」

 優秀な宰相として周辺各国へその名を轟かす男も、菫にかかれば大きなおもちゃ。
 クロヴィス本人もそれを自覚し呆れた顔をしながらも、小さな義姉には随分と寛容だ。
 ヴィオラントの弟妹の中で最も気難しいのは、間違いなくクロヴィスである。
 そんな弟が、自分の愛した少女を家族として受け入れてくれていることもまた、ヴィオラントにとっては喜ばしい。
 唇に立てた人差し指を押し当てて、「ないしょ」と小首を傾げる妻が可愛くて、彼は薔薇色の頬にそっと唇を寄せた。

 他愛ない戯れ合いの間に緩やかに時は流れ、ようやくレイスウェイク家でも夜の帳が下りた。
 
 

  
女子会・男子会シリーズ終了
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2012.08.04(Sat) 00:50        さん   #         

ありがとうございますv

> ひろ様
読んでいただきありがとうございますv
初めて書いたオリジナルカップルとして、私にとってこの二人は特別ですので、今後もまたちょこちょことお話を書いていきたいと思っております。
またお付き合いいただけると嬉しいですv

2012.08.19(Sun) 15:09       ひなた さん   #-  URL       

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