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五臓六腑

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お茶会を終えて3

『雲の揺りかご』本編完結に合わせまして、
ルータスと郁子のターン。


「スミレを持って帰っていいかと聞いたら、ヴィオラントに駄目だと言われた」
「……当たり前でしょう。聞けるだけ、すごい度胸だと思うけど」


 庭でのお茶会を終えた郁子とルータスは、レイスウェイク大公爵夫妻とともに二台の馬車を見送った後、与えられた客室に戻って寛いでいた。
 ルータスの弟であるコンラート国王ラウルとその妻アマリアスは、今宵はグラディアトリアの王城に泊まることになっている。二人は一応、政務の一環として隣国を訪れていたのだ。
 ルータスと郁子も二人に便乗する形で国境を渡ってきたが、こちらはゆっくりと十日ほどレイスウェイク家に滞在することになっている。
 
「あの子を持って帰ったら、イクコは退屈しないだろう?」
「……あのねぇ」
「アーヴェル兄上とリヒト兄上も喜ぶんだが」
「まあ……確かに喜ぶでしょうけど、だめよ」

 郁子は本気で菫を持ち帰ろうかと考えていたらしいルータスに、呆れた顔を向けた。
 そんなことを菫の夫であるヴィオラントが許すはずがないし、ただでさえ現在かの少女は普通の身体ではない。
 いまだに受け入れ難いことだが、弱冠十六歳――郁子よりも十歳も年下の少女は妊娠中である。
 身重の幼妻が心配でならないヴィオラントは、今や過保護の権化。
 彼女が普通に家の中を歩くのにさえ神経を尖らせる始末。
 今日のお茶会だって庭でやると言った時には、「風が冷たい」だの「石に躓いて転んだらどうする」だのと渋ったのを、郁子と彼の妹アマリアスが絶対大丈夫だからと押し切ったのだ。
 よくよく考えればアマリアスだって妊婦なのだが、こちらはとっくに安定期を迎えて妊婦生活にも慣れたもので、夫であるコンラート国王が無闇にその行動に干渉することはないらしい。
 見える場所にいると菫が約束したことで、ヴィオラントは女達の庭でのお茶会を渋々許可したが、結局はその後男性陣も全員降りてきて、総勢八人で庭の円卓を囲むことになった。
 
 コンラート国王夫妻は城に向かい、一緒にお茶会に参加したグラディアトリアの宰相閣下も恋人とともに邸宅へと帰って行った。
 宰相クロヴィスはヴィオラントと同腹の弟らしく、その洗練された美貌は郁子が思わずたじたじするほど。
 それでいて、スマートな眼鏡の下にはいろんなものを隠していそうな、一癖も二癖もある男だった。
 一方、彼の恋人として紹介されたルリという少女は、郁子も面識がある皇太后エリザベスの侍女らしく、とても大人しく控えめな印象。
 泣く子も黙ると恐れられる宰相閣下と引っ込み思案な若い侍女のカップルは、一見アンバランスにも見えた。
 けれど、郁子が菫とともに手作りのパイを絶賛すると、ルリは花のような笑顔を浮かべて喜び、後から隣に並んだクロヴィスに嬉しそうに報告している様子は実に微笑ましかった。
 二人はグラディアトリアの社交界でも既に公認の仲らしく、いつ婚約を発表してもおかしくない状態だという。
 そこでふと、郁子は円卓にまだ女だけの時に菫に言われた言葉を思い出した。


『クロちゃんがいろいろ画策している間に、うっかりルータスと郁子さんが出来ちゃった結婚する方に、一票』


 あの宰相閣下を“クロちゃん”などと渾名で呼んでしまう菫はさすがだが、問題はそこではない。

 ――自分とルータスが、出来ちゃった結婚……

 あの時は、「何てこと言うのっ!?」っと菫に向かって叫んだが、実のところあり得ないことではない。
 何故なら、郁子とルータスはすでに大人の関係であるし、その際子供ができないよう対策しているわけでもないのだ。
 もちろん、郁子は子供ができる可能性を覚悟した上で今まで過ごしてきたが、はたして相手の方はどうなのだろう。
 そういうことを意識してしかるべき年齢と立場ではあるが、いかんせん相手はあのルータスである。
 
「……何にも……考えてなかったりして……」
「何が?」

 郁子が思わず一番あり得る答えに唸ると、それが聞こえたらしいルータスが不思議そうに首を傾げた。
 年上のくせに、どこか無邪気にさえ見える彼の整った顔を見上げ、郁子はおそるおそる問いかける。

「ねえ……ルータス」
「うん?」
「もし、もしも、よ?」
「うん、何?」
「もしも……私が子供が出来たって言ったら……どうする?」

 すると、ソファに並んで座っているルータスが「ふむ」と考え込む気配がする。
 自分から問いかけておいて、何故か答えを聞くのが怖くなった郁子は、少し身を固くして俯いた。
 まさか「子供なんて困る」と言うような、薄情な男ではないとは信じているが……。
 しかし、郁子の漠然とした不安を、次の瞬間いつもののん気なルータスの声が凪ぎ払った。
 
「名前を考える」
「……え?」
「ああ、その前に、イクコにプロポーズしなきゃいけないか」
「ちょ、ちょっと……?」
「いやいや、それよりも先に、イクコの母上に許しをもらっとかなきゃな」
「ル、ルータス?」
「おっと。イクコの弟君を優先させなきゃ、後でうるさそうだ」
「……」
「ええっと、“お姉さんを嫁に下さい”――これで、いいかな?」

 郁子は矢継ぎ早にしゃべるルータスにぽかんとし、「どう思う? イクコ」と覗き込んできた彼の顔を呆然と見返した。

「子供……できてもいいの?」

 思わずこぼした郁子の言葉に、今度はルータスが「は?」と問い返す。
 そして彼には珍しく機嫌を損ねた様子で、眉間に皺を寄せて言った。

「何言ってるんだ、イクコ。さすがに俺だって、女を抱いたら子供ができるかもしれないことぐらい理解してるぞ? いい加減な気持ちで君に接しているつもりもない」
「あ、そ、そうなの?」
「そうだよ。一応君より年上だしね」
「……それ、時々忘れそうになるのよね」

 郁子の失礼な呟きも気にせず、「ふむふむ」と腕を組んでルータスは続けた。

「いろいろ考えてたけど……いい機会だから、先に弟君に話を付けてしまおうかな」
「……え?」
「せっかく、ニホンに通じるレイスウェイク家に来てるんだから、またスミレのケイタイを借りて弟君を呼び出そう。それで、イクコを嫁に下さいって言う」
「ちょ、ちょっと、ちょっと! そんな思い立ったが吉日みたいに、いきなり話進めないでよっ……!!」

 まさか、ちょっとした例えからここまで話が発展するとは思っていなかった郁子は、慌ててルータスを宥めようとするが、自分の頬に集まる熱は抑えようもない。

 だって、嬉しいのだ。

 ルータスが自分とのことを、思っていたよりずっと真剣に考えてくれていると分かって、とても嬉しいのだ。
 そんな郁子の両頬を、すっと隣から伸びてきた掌が包んだ。
 インドア優男代表のようなビジュアルのくせに、意外に男らしく大きいルータスの掌だ。

「……やっぱり、イクコにプロポーズするのが先だな」
「え?」

 どきりと郁子の胸を高鳴らせるような言葉を呟き、ルータスはじっと彼女を見つめた。
 郁子も鼓動が早くなるのを感じながら、彼を見つめ返す。
 ルータスの薄い唇が再び開き、郁子の胸の高鳴りも激しくなる。
 しかし、彼の唇は何も言葉を発せぬまま閉じ、かと思ったらまた開き、閉じ、を数度繰り返した。
 そうして、戸惑ったように瞬く郁子を前にして、「はて?」と首を捻った。

「で、なんて言ったらいいのかな」
「……」
「えーと、すまないイクコ。後で、ヴィオラントにプロポーズの仕方相談してからでもいいか?」
「……あんたって人は……」

 いつものことながら、肝心なところで拍子抜けさせるルータスに、郁子がっくりしつつも苦笑した。
 彼のペースにも随分と慣れてきたところだ。
 
「……いつでもいいわよ、待ってる」

 郁子が小さくそう告げると、ルータスの唇がそっと彼女の赤い頬に触れた。 



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2012.06.24(Sun) 23:29        さん   #         

ありがとうですv

>ひろ様、写真ご覧いただきありがとうございますv 一人っ子なので、家では一人遊びに磨きがかかっていく毎日です。

2012.06.30(Sat) 22:44       ひなた さん   #-  URL       

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