五臓六腑

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蔦姫と義兄

 一番苦労性そうな“兄”を引っ張り出してきました。


『蔦姫と義兄』
 



「カーティス兄さま、おっかえりー」
「……え?」


 グラディアトリアを守る精鋭騎士団、第一隊長カーティス・ルト・シュタイアーは、この日十日ぶりに邸宅に戻ってきた。
 しかし、愛馬を厩舎に繋いで玄関をくぐったカーティスを出迎えたのは、屋敷に古くから仕える老執事でも両親でもなかった。
 王都の北に建つシュタイアー家の当主は、彼の父ヒルディベル・フィア・シュタイアー公爵。
 その父と母が半年ほど前に突然養女に迎えた人物――カーティスにとっては血の繋がらない妹となった少女が、扉を開いた彼を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。
 ちまっと可愛い義妹――スミレ・ルト・レイスウェイクは、現在十六歳。
 グラディアトリアでは成人を迎える年齢だが、とてもそうとは見えないあどけなさだ。
 ふわふわにカールした髪は、王都であってもまたと見ない艶やかな黒色。
 大きな瞳はまるでアメジストのように輝く、稀少な紫色。
 お人形のように愛くるしいその容姿は男女を問わず虜にし、かくゆう堅物と名高いカーティス自身も、彼女に魅了された一人である。
 その花のような笑顔に、思わず頬を緩めそうになったカーティスだったが、すぐさま我に返って慌てて彼女を窘めた。

「――こ、こらっ! 走ってはだめだっ!!」

 スミレに最も骨抜きにされたのは、何を隠そうこの国の偉大なる先帝、ヴィオラント・オル・レイスウェイク――彼女の夫である。
 しかも、きょとんとこちらを見上げる少女の腹には、その先帝陛下の待望の御子が宿っているのだ。
 スミレが自分の言葉に従って足を止めたので、カーティスはひとまずほっと安堵のため息をつく。
 次いで、首を捻って義妹を見下ろした。

「そもそも、何故スミレがうちにいるんだ? 閣下とは、先ほど城でお会いしたが……」
「うん。ヴィー、今日は朝からルドのヘルプに行ったよね」

 退位直後は内政には極力関わるまいと、王城とも距離をおいていたヴィオラントだったが、スミレを妻に迎えてからは頑な心もいくらか軟化した。
 最近では、現皇帝である末の弟ルドヴィークや宰相である同腹の弟クロヴィスに請われ、顧問として時たま彼らに施政の知恵を授けることもしばしば。
 その際にはスミレも王城に伴われ、ヴィオラントの弟妹や皇太后陛下とお茶を楽しむのが常だったが、彼女が懐妊してからその機会は極端に減った。

「……もちろん閣下のお許しがあって、ここにいるのだろうな?」
「たぶん、お許しはないと思うよ」

 さらりととんでもないことを言うスミレに、カーティスは慌てた。

「ま、まさか、閣下と喧嘩でもしたのか?」
「私とヴィーは喧嘩してないよ」
「では……?」
「マーサさんがご立腹なだけで」

 マーサとは、レイスウェイク大公爵家の女官長を務める女性で、ヴィオラントの乳母でもあった。
 現在はもっぱらスミレの世話を焼くことを生き甲斐としており、この日も彼女を巡って主人であるヴィオラントと対立したのだという。

「ヴィーは今ダメダメ期だからね。私が何かしようとすると、何でもダメダメって言うの」
「だ、だめだめ期……」
「マーサさんはそれが気に入らないんだって。ダメダメ言うなって、ヴィーに怒るの」

 そう他人事のように話す彼女に、カーティスは戸惑いながら問いかけた。

「スミレはどうしたかったんだ?」
「まあ、無難にヴィーの言うこときくつもりだったんだけど……私のこと真剣に考えて意見してくれるマーサさんにも感謝してるんだよね」
「ああ、それで?」
「ヴィーが出掛けている隙に、一緒に家出してきちゃった」

 テヘ、と笑って舌を出した彼女は、それはそれはもうとてつもなく愛らしかったが、カーティスの背筋は薄ら寒くなった。

「……それでその、女官長殿は今?」
「マミィ相手に愚痴ってるよ。話が長くなりそうだったから、私は抜け出してきたけど」

 身重の少女が脱走したことにも気づかないほど、マーサの話には熱が入っているのだろうか。
 ともかく、スミレがふらふらと屋敷の外に出て行く前に会えてよかったと、カーティスは胸を撫で下ろした。
 父であるヒルディベルも、この日は城を訪れている。
 おそらく、彼も皇帝陛下か宰相閣下の執務室に顔を出し、ヴィオラントとも顔を合わせていることだろう。
 男主人が留守の今、この愛らしい家族を守るべきは、嫡男であるカーティスに他ならなかった。
 カーティスはすぐに迎えに出てきた老執事に荷物を預けると、スミレを促し上の階へと上った。
 このシュタイアー家には、スミレの私室もきちんと用意されている。
 とにかくカーティスとしては、女官長が機嫌を直してレイスウェイク家に戻る気になるか、あるいは先帝陛下が迎えにやってくるまで、義妹をそこに保護しておかなければ心配でならない。
 彼は着替えも済まさぬまま、スミレとともに彼女の私室へ直行した。
 ところが、部屋まで送ってきたはいいものの、元来口下手なカーティスは二人きりで何を話せばいいのか分からない。
 やたらとレースやフリルやリボンがついたソファに座らされ、居心地悪そうに目を泳がせた。
 その視界に飛び込んでくるのは、彼には馴染みのない乙女チックな装飾品ばかり。 

「……相変わらず、すごい部屋だな」
「苦情はマミィにどうぞ。私の知らないうちに、どんどんぬいぐるみとひらひらが増えてるんだから」

 思わず零したカーティスの独り言に、向かいのソファに座ったスミレが唇を尖らせた。
 本人は不満そうだが、この乙女チックな部屋に彼女は誰よりも良く似合う。
 無意識に浮かべた笑みを見咎められたカーティスは、「他人事だと思ってるでしょっ!」と叱られた。

 騎士団の寄宿舎に部屋を持ち、月に数度しか邸宅に帰らないカーティスは、スミレとはシュタイアー家で会うよりも城で会う機会の方が多かった。
 義妹が手作りの差し入れを持って時々寄宿舎を訪ねてくるのを、実のところ彼はかなり楽しみにしていたのである。
 しかし懐妊が発覚して以来、彼女が城へ来る回数は激減した。
 父であるヒルディベルはヴィオラントとは親しい仲だが、カーティスにとって先帝陛下は今でも畏怖と尊敬の対象。
 その奥方の義兄となっても、おいそれとレイスウェイク家を訪ねることもできない。
 それでもカーティスはずっと、か細い身体に新しい命を宿した義妹が心配でならなかった。
 彼女の元気な姿を一目見たい思っていた彼の願いは、この日思わぬ形で叶うこととなったのだ。

「体調は、どうなんだ? つわりが辛くはないか?」
「うん、一時しんどかったけど、もう平気」
「そうか……」
「カーティス兄さまに会うのも久しぶりだね。元気だった?」
「……ああ」

 自分が問おうと思っていたことを、スミレに先に問われてしまった。
 それにカーティスは苦笑しながら、元気そうな彼女の様子にほっと胸を撫で下ろした。


 その時だった。


「――!?」
「ん? 兄さま、どうしたの?」

 風通しがいいように開かれた大窓には、二重にレースのカーテンが引かれている。
 その向こうのベランダに何者かの気配を感じ、カーティスは弾かれたようにソファから立ち上がった。
 スミレの私室は三階で、ベランダ側から人が迷い込むことなどあり得ない。

 ――もしや、曲者か!?

 ゆらゆら揺れるレースの重なりの向こうに人影が映り込むが、逆光のためはっきりとは見えない。
 顔を強張らせたカーティスは、素早くスミレを自分の背に隠した。
 随分と平和になった昨今のグラディアトリアに、私邸の中で帯剣するような者はいない。
 生憎カーティスも、老執事に荷物と一緒に剣も預けてしまったので丸腰だった。
 しかし彼は、グラディアトリアの精鋭騎士団で第一隊の長を任されるほどの男。
 相手が何者であろうとも、大切な義妹だけは命に代えても守ってみせる。

「そこにいるのは、何者だ!」

 カーティスはカーテンの向こうを睨みつけ、鋭く誰何した。
 それにはすぐさま反応があった。


「――その声は、カーティスか」


 人影が、声を発したのだ。
 それは聞き間違えるはずもない、凛と厳かに響く美声。
 一瞬にしてその場を支配した声の主は、レースのカーテンを掻き分けて姿を現した。


「か、閣下――!?」
「あれ? ヴィーじゃん」


 曲者などと、とんでもない。
 いや、現れ方自体は立派な曲者だが、悠然と部屋の中に足を進める堂々とした姿に、カーティスは思わず床に膝をつきたくなった。

 ヴィオラント・オル・レイスウェイク大公爵――スミレの夫である。
 
「スミレ、迎えにきた」

 この乙女チックな部屋ではいささか浮いて見える、怜悧な美貌と騎士をも凌ぐ鍛え上げられた長身。
 ヴィオラントの登場に、スミレは庇われていたカーティスの背から顔を出して、きょとんと瞳を瞬いた。
 
「なんで窓から登場なの? 何のサプライズ?」
「いやなに、人質を取り戻す方が先かと思ってな。これで、交渉は随分とこちらが有利になる」

 二人の会話を呆然と聞いているカーティスをよそに、つかつかと近寄ってきたヴィオラントは彼の背後から愛妻を抱き上げた。

「だからって、よそのおうちに窓から侵入って、やっぱりちょっとヤバくない?」
「ヤバくない。家主の許可はとってある」

 その言葉に、慌ててベランダに駆け寄ったカーティスが下を覗くと、階下にいた父ヒルディベルが「おお、息子よ!」と陽気に手を振ってみせた。
 どうやら、彼はヴィオラントは連れ立って帰って来たらしい。
 しかし、辺りを見回しても梯子やロープを使った形跡がなく、不思議に思ったカーティスは部屋の中を振り返ってヴィオラントに問いかけた。

「閣下、三階までどのようにしておいでに……?」
「うむ、庭木がちょうど隣の部屋のベランダまで伸びていた。木登りをしたのは随分と久しぶりだったが、何とかなるものだな」
「はあ……」
「しかし、見た目は少し悪くなるかもしれないが、防犯の面を考えるとあの木はもっと剪定すべきだろう」
「わ、分かりました。庭師に伝えておきます」

 木登りをしてきたという割には、ヴィオラントの服装に目立った汚れも乱れもない。
 表情も相変わらず薄いが、しかしその裏では身重の妻を相当案じていたと見える。
 彼の袖に、木登りの証拠のようにたった一枚だけくっ付いていた葉っぱ。
 それを指先で摘み取ったスミレに、ヴィオラントは同じ色合いの瞳を細めて言った。

「屋敷に戻るなり、そなたが家出をしたと聞いて肝を冷やしたぞ」
「正しくは、“マーサさんの家出に付き合った”だよ」
「どちらでも同じだ。私に黙って屋敷を出てはいけないと、あれほど言い聞かせておいたはずだが?」

 説教が始まる雰囲気を察し、カーティスはおろおろしながらも口を挟んだ。

「スミレはその……自分のことで閣下と女官長殿が仲違いするのを気にしているようです。閣下のお考えに従いたいと思いつつも、世話になっている女官長殿の顔もたてたいと悩み……」

 口下手な自分を歯痒く思いながら、必死にスミレを庇おうとするカーティスを見て、ヴィオラントは苦笑に目を細めた。

「分かった。今日のところはカーティスに免じて、これ以上言わないでおこう」
「カーティス兄さま、ありがとー」
「その代わり、マーサが機嫌を直して帰ってくるように、スミレも協力しなさい」
「あいあいさー」

 何だか知らないが、自分のしどろもどろの弁明が功を奏したようで、カーティスはほっと胸を撫で下ろした。
 そんな彼を横目に、スミレを腕に抱いたヴィオラントは独り言のように呟いた。
 
「私とて、自分が心配性過ぎる自覚はあるのだよ。それがスミレに不自由を強いていることをすまないとも思っている」
「はあ……」
「だが、譲れぬものは譲れぬ。身重の彼女に外を出歩かせるなど、心臓がいくつあっても足りない」
「それは……お察しいたします」
「しかし、部屋に閉じ込めて寂しい思いをさせたいわけでも、退屈させたいわけでもない」

 ヴィオラントはそこまで言うと、先ほどの葉っぱを指先でくるくるさせているスミレと視線を交わし、かすかに笑みと分かる表情を浮かべてカーティスに向き直った。

「だから、カーティス。そなたにも協力を願いたい」
「え……?」
「ディクレスにも伝えてほしい。スミレの兄となったそなた達を、レイスウェイク家はいつでも歓迎する」

 小さな義妹の身を案じるカーティスの思いも、おいそれと訪ねて行くこともできないと歯痒く思っていたことも、ヴィオラントには全てお見通しだったようだ。
 彼に心の中を見透かされていたことを恥ずかしく思う。
 しかし、ヴィオラントに「スミレの兄」と認められたことは、カーティスを誇らしい気持ちにさせた。

「現役の身で忙しいそなたに難儀なことを頼んでしまうが、出来るだけ顔を出してやってくれ」
「難儀などではありません。喜んで、お伺いさせていただきます」

 ヴィオラントの労いに恐縮しながらも、答えるカーティスの顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。

 突然シュタイアー公爵家の一員となった、異世界の少女。

 スミレは意図せずとも、ヴィオラントとカーティスという、けして世間に知られることは許されぬ腹違いの兄弟の縁を結びつけた。 




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