お茶会を終えて2
お茶会を終えて2
続きまして、その後のクロヴィスとルリ
「クロヴィス様は、いつも気軽に女性をつまみ食いしていらっしゃったのですか?」
「――っ! ル、ルリ!?」
レイスウェイク家でのお茶会を終えたルリは、クロヴィスと共にリュネブルク家の馬車に乗って帰路を辿っていた。
今日明日と二日間公休をとった宰相閣下に合わせ、ルリも主人たる皇太后エリザベスに休暇をとるよう命じられて、この後リュネブルク家に宿泊することになっている。
今夜の晩餐は、クロヴィスの祖父母である前当主アルヴィースとハニマリア夫妻も加わり、とても賑やかで楽しいものになるだろう。
今日のお茶会も、ルリはとても楽しかった。
レイスウェイク家の女主人スミレは、いつ見ても精巧なお人形のように可憐で、それでいてくるくる変わる表情は明るく快活。思わずぎゅっと抱き締めたくなる可愛らしさだった。
隣国コンラートの王妃アマリアスは、ルリの主人の一の姫。双子の妹姫ミリアニスと共に“グラディアトリアの双珠”とうたわれた美貌は、まさに宝石のように光り輝いていた。
コンラートの王兄ルータスの恋人イクコとは、ルリはこの日初めて顔を合わせた。落ち着いた大人の女性という雰囲気で、彼女と同郷らしいスミレが姉のように慕い、とても微笑ましかった。
それぞれ身分や立場の違う個性的な淑女の集まりに、ルリは最初は少し戸惑ったものの、飾らぬ彼女達の会話にいつの間にか緊張は解けていった。
ルリが差し出した手作りのクリのパイも好評だった。
それを一口で頬張って、「おいしい!」と顔を輝かせて褒めてくれたスミレが作ったショコラのケーキも、ほっぺが落ちそうなくらい美味しかった。
とても賑やかで幸せなテーブルに、その後すぐに男性陣も加わって、ルリも一番最後にやってきたクロヴィスを笑顔で迎えたのだった。
「誰がそんなこと……ああ――アマリアス姉上ですね?」
ルリの言葉に目を丸くしていたクロヴィスだったが、彼女に余計な言葉を吹き込んだ犯人にすぐに気づき、眼鏡の奥の瞳を細めてうんざりというようなため息をついた。
「あの方は、人の恋路を面白がっていけない。ルリ、アマリアス姉上の言葉など、話半分に聞きなさい」
「ですが、いろんな方とお付き合いされていたのは、その……事実でございましょう……?」
ルリはそう返すと、口を噤んで俯いてしまった。
引っ込み思案で大人しい彼女の珍しい反論に、クロヴィスは「おや」と呟いて瞳を瞬かせる。
しかし、すぐに両のそれを細めると、ルリが俯いて見ていないのをいいことに、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「ねえ、ルリ。もしかして……ヤキモチですか?」
「……」
向かいの席から上体を傾げ、今日は亜麻色の下し髪に隠れたルリの耳にそっと囁く。
すると、クロヴィスが贈った淡い青のドレスに包まれた肩が、ぴくりと震えた。
「私の過去の相手に、嫉妬してくれているのですか?」
「……」
ルリは俯いたままで何も答えないが、耳まで真っ赤に染めてしまっては無言の肯定。
それを眺めたクロヴィスは、「ふふふ」と実に楽しそうな笑みを溢れさせたかと思うと、走る馬車の中素早く身体をルリの隣に移動させた。
「嫉妬されて嬉しいだなんて、初めてですよ」
そのまま両腕を回して彼女を抱き竦める。
そして、亜麻色のさらりとした髪を唇で避けると、今度はルリの耳の中に直接吐息を吹き込むようにして続けた。
「……こんなに忍耐を試されるのも、初めてです」
「クロヴィス様……」
彼が何を耐えているのか――問わずとも、さすがにルリにも分かっている。
数多の美女と浮き名を流してきた麗しき宰相閣下と、今だねんねな自分。
彼の愛情を疑うつもりなどないけれど、幼稚な自分ではきっと物足りないだろうとは、いつも思う。
それでも、クロヴィスは待ってくれている。
臆病なルリが彼の全てを受け入れる覚悟ができるまで、焦れずにそっと見守ってくれている。
それをありがたく感じつつも、大人で余裕のあるクロヴィスと未熟な自身を比べ、この関係がひどく不釣り合いに思えて悔しかった。
そんなルリの想いさえもお見通しだろう彼は、抱き寄せた少女のつむじに口付けを落としつつ、小さくふうとため息をつく。
「ルータス殿に、何故まだルリに手を出さないのだと言われて、さすがにカチンときましたよ」
「え?」
「我慢は身体によくないなんて……あの方に言われずとも、分かっている」
「えっと……」
マイペースな隣国の王兄ルータスとは性格的にどうも合わないとは、いつぞやクロヴィス本人の口から聞いたことがあったが、その名を口にしたとたん尖った彼の声にルリは小さく肩を竦めた。
「いいのですよ、ルリ。独り言です。聞き流しなさい」
そんな彼女に気づいたクロヴィスは苦笑し、丸い肩を掌で包むように撫でる。
そうして、おどおどと上目遣いにうかがう様子に目を細めて続けた。
「まったく。嫉妬をする女を可愛いと思わせたのも、堂々と交際しながらキス以上に進ませないのも、しかも側にいるだけで幸せだと私に思わせるのも……全部ルリが初めてですよ」
「……」
「こんなに長々と独り言を言わされるのも、初めてです」
何と答えていいのか分からないルリは、ただただ縋るようにクロヴィスを見上げる。
悩ましげな彼のため息が、ふわりと亜麻色の髪を揺らした。
「私の初めてを独占したのですから、私だってルリの初めてを独占してもいいでしょう?」
「ク、クロヴィス様っ……」
「そう、思いませんか? 思いますでしょう?」
「き、聞き流せとおっしゃったのに……」
「もちろん、聞き流していただいて結構ですよ。無言は肯定と取りますから、何の問題もありません」
「え? ……え!?」
肩を抱いていたクロヴィスの腕が、いつの間にか背中を伝い降りて腰に回っていた。
それにぐいと引き寄せられ、ルリの頬は彼の上着にぎゅっと押し当てられる。
顔が火照るのを自覚しながらも、意外に筋肉質な胸の奥から聞こえる鼓動の早さに、ルリは瞳を瞬いた。
「これからあなたが経験する、全ての“初めて”を手に入れて、私があなたの“唯一”になってみせます」
「クロヴィス様……」
「そのためになら、少しくらいの不遇も耐えてみせますよ。あなたの寝顔だって、指をくわえて見るだけにします」
「あ、あの……」
「耐え切れずに指に歯を立てようと、それで血が滲もうと、ルリが待てというのならば私はいくらでも待ちましょう」
「え、えと……」
「結果、たとえそのまま指を食いちぎることになろうとも、あなたが待てというのならば……」
「わ、わ、分かりましたっ……!」
どんどんと物騒に、しかもこちらの罪悪感を煽る気満々なクロヴィスの言葉に、ルリは堪らず彼の胸元から声を上げた。
「えっと、ええっと……できるだけ早く、腹をくくります」
「腹をくくるだなんて……私はあなたに無理強いしたいわけではないのですよ」
「あ、えっと、申し訳ありません。あの……早くクロヴィス様に……」
「ふむ、早く私に?」
「あの、あの……」
眼鏡の奥の瞳が悪戯げに弧を描いたとも知らず、ルリは必死に答えようとうんうんと唸った。
そうして彼女がひねり出した言葉に、今度はクロヴィスが頭を抱えることになる。
「き、気軽に摘んでいただけるように……頑張り、ます……」
「なっ……! ルリ、何を言い出すのですか!?」
一方何がいけなかったのか分からないルリは、叱られたと思ってしゅんと項垂れてしまう。
そうして差し出されたつむじに、クロヴィスは今度は労るような口付けを落とすと、もう一度彼女を抱き寄せて言った。
「ばかですね、ルリは」
「……す、すみません……」
「気軽になんて摘めるわけがないでしょう? あなたは私にとって、この世でただ一つの至高の甘味。心して味合わせていただきますよ」
「クロヴィス様……」
甘い言葉と甘い予感。
しかしクロヴィスは、この時はまだそっと少女の唇を吸うだけにとどめ、代わりに待ち遠しい未来を請うた。
「その時がきたら……ね?」
「……はい、クロヴィス様」
それに答えるルリの声は震えながらも、確かに彼を受け入れると約束した。
続きまして、その後のクロヴィスとルリ
「クロヴィス様は、いつも気軽に女性をつまみ食いしていらっしゃったのですか?」
「――っ! ル、ルリ!?」
レイスウェイク家でのお茶会を終えたルリは、クロヴィスと共にリュネブルク家の馬車に乗って帰路を辿っていた。
今日明日と二日間公休をとった宰相閣下に合わせ、ルリも主人たる皇太后エリザベスに休暇をとるよう命じられて、この後リュネブルク家に宿泊することになっている。
今夜の晩餐は、クロヴィスの祖父母である前当主アルヴィースとハニマリア夫妻も加わり、とても賑やかで楽しいものになるだろう。
今日のお茶会も、ルリはとても楽しかった。
レイスウェイク家の女主人スミレは、いつ見ても精巧なお人形のように可憐で、それでいてくるくる変わる表情は明るく快活。思わずぎゅっと抱き締めたくなる可愛らしさだった。
隣国コンラートの王妃アマリアスは、ルリの主人の一の姫。双子の妹姫ミリアニスと共に“グラディアトリアの双珠”とうたわれた美貌は、まさに宝石のように光り輝いていた。
コンラートの王兄ルータスの恋人イクコとは、ルリはこの日初めて顔を合わせた。落ち着いた大人の女性という雰囲気で、彼女と同郷らしいスミレが姉のように慕い、とても微笑ましかった。
それぞれ身分や立場の違う個性的な淑女の集まりに、ルリは最初は少し戸惑ったものの、飾らぬ彼女達の会話にいつの間にか緊張は解けていった。
ルリが差し出した手作りのクリのパイも好評だった。
それを一口で頬張って、「おいしい!」と顔を輝かせて褒めてくれたスミレが作ったショコラのケーキも、ほっぺが落ちそうなくらい美味しかった。
とても賑やかで幸せなテーブルに、その後すぐに男性陣も加わって、ルリも一番最後にやってきたクロヴィスを笑顔で迎えたのだった。
「誰がそんなこと……ああ――アマリアス姉上ですね?」
ルリの言葉に目を丸くしていたクロヴィスだったが、彼女に余計な言葉を吹き込んだ犯人にすぐに気づき、眼鏡の奥の瞳を細めてうんざりというようなため息をついた。
「あの方は、人の恋路を面白がっていけない。ルリ、アマリアス姉上の言葉など、話半分に聞きなさい」
「ですが、いろんな方とお付き合いされていたのは、その……事実でございましょう……?」
ルリはそう返すと、口を噤んで俯いてしまった。
引っ込み思案で大人しい彼女の珍しい反論に、クロヴィスは「おや」と呟いて瞳を瞬かせる。
しかし、すぐに両のそれを細めると、ルリが俯いて見ていないのをいいことに、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「ねえ、ルリ。もしかして……ヤキモチですか?」
「……」
向かいの席から上体を傾げ、今日は亜麻色の下し髪に隠れたルリの耳にそっと囁く。
すると、クロヴィスが贈った淡い青のドレスに包まれた肩が、ぴくりと震えた。
「私の過去の相手に、嫉妬してくれているのですか?」
「……」
ルリは俯いたままで何も答えないが、耳まで真っ赤に染めてしまっては無言の肯定。
それを眺めたクロヴィスは、「ふふふ」と実に楽しそうな笑みを溢れさせたかと思うと、走る馬車の中素早く身体をルリの隣に移動させた。
「嫉妬されて嬉しいだなんて、初めてですよ」
そのまま両腕を回して彼女を抱き竦める。
そして、亜麻色のさらりとした髪を唇で避けると、今度はルリの耳の中に直接吐息を吹き込むようにして続けた。
「……こんなに忍耐を試されるのも、初めてです」
「クロヴィス様……」
彼が何を耐えているのか――問わずとも、さすがにルリにも分かっている。
数多の美女と浮き名を流してきた麗しき宰相閣下と、今だねんねな自分。
彼の愛情を疑うつもりなどないけれど、幼稚な自分ではきっと物足りないだろうとは、いつも思う。
それでも、クロヴィスは待ってくれている。
臆病なルリが彼の全てを受け入れる覚悟ができるまで、焦れずにそっと見守ってくれている。
それをありがたく感じつつも、大人で余裕のあるクロヴィスと未熟な自身を比べ、この関係がひどく不釣り合いに思えて悔しかった。
そんなルリの想いさえもお見通しだろう彼は、抱き寄せた少女のつむじに口付けを落としつつ、小さくふうとため息をつく。
「ルータス殿に、何故まだルリに手を出さないのだと言われて、さすがにカチンときましたよ」
「え?」
「我慢は身体によくないなんて……あの方に言われずとも、分かっている」
「えっと……」
マイペースな隣国の王兄ルータスとは性格的にどうも合わないとは、いつぞやクロヴィス本人の口から聞いたことがあったが、その名を口にしたとたん尖った彼の声にルリは小さく肩を竦めた。
「いいのですよ、ルリ。独り言です。聞き流しなさい」
そんな彼女に気づいたクロヴィスは苦笑し、丸い肩を掌で包むように撫でる。
そうして、おどおどと上目遣いにうかがう様子に目を細めて続けた。
「まったく。嫉妬をする女を可愛いと思わせたのも、堂々と交際しながらキス以上に進ませないのも、しかも側にいるだけで幸せだと私に思わせるのも……全部ルリが初めてですよ」
「……」
「こんなに長々と独り言を言わされるのも、初めてです」
何と答えていいのか分からないルリは、ただただ縋るようにクロヴィスを見上げる。
悩ましげな彼のため息が、ふわりと亜麻色の髪を揺らした。
「私の初めてを独占したのですから、私だってルリの初めてを独占してもいいでしょう?」
「ク、クロヴィス様っ……」
「そう、思いませんか? 思いますでしょう?」
「き、聞き流せとおっしゃったのに……」
「もちろん、聞き流していただいて結構ですよ。無言は肯定と取りますから、何の問題もありません」
「え? ……え!?」
肩を抱いていたクロヴィスの腕が、いつの間にか背中を伝い降りて腰に回っていた。
それにぐいと引き寄せられ、ルリの頬は彼の上着にぎゅっと押し当てられる。
顔が火照るのを自覚しながらも、意外に筋肉質な胸の奥から聞こえる鼓動の早さに、ルリは瞳を瞬いた。
「これからあなたが経験する、全ての“初めて”を手に入れて、私があなたの“唯一”になってみせます」
「クロヴィス様……」
「そのためになら、少しくらいの不遇も耐えてみせますよ。あなたの寝顔だって、指をくわえて見るだけにします」
「あ、あの……」
「耐え切れずに指に歯を立てようと、それで血が滲もうと、ルリが待てというのならば私はいくらでも待ちましょう」
「え、えと……」
「結果、たとえそのまま指を食いちぎることになろうとも、あなたが待てというのならば……」
「わ、わ、分かりましたっ……!」
どんどんと物騒に、しかもこちらの罪悪感を煽る気満々なクロヴィスの言葉に、ルリは堪らず彼の胸元から声を上げた。
「えっと、ええっと……できるだけ早く、腹をくくります」
「腹をくくるだなんて……私はあなたに無理強いしたいわけではないのですよ」
「あ、えっと、申し訳ありません。あの……早くクロヴィス様に……」
「ふむ、早く私に?」
「あの、あの……」
眼鏡の奥の瞳が悪戯げに弧を描いたとも知らず、ルリは必死に答えようとうんうんと唸った。
そうして彼女がひねり出した言葉に、今度はクロヴィスが頭を抱えることになる。
「き、気軽に摘んでいただけるように……頑張り、ます……」
「なっ……! ルリ、何を言い出すのですか!?」
一方何がいけなかったのか分からないルリは、叱られたと思ってしゅんと項垂れてしまう。
そうして差し出されたつむじに、クロヴィスは今度は労るような口付けを落とすと、もう一度彼女を抱き寄せて言った。
「ばかですね、ルリは」
「……す、すみません……」
「気軽になんて摘めるわけがないでしょう? あなたは私にとって、この世でただ一つの至高の甘味。心して味合わせていただきますよ」
「クロヴィス様……」
甘い言葉と甘い予感。
しかしクロヴィスは、この時はまだそっと少女の唇を吸うだけにとどめ、代わりに待ち遠しい未来を請うた。
「その時がきたら……ね?」
「……はい、クロヴィス様」
それに答えるルリの声は震えながらも、確かに彼を受け入れると約束した。
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