お茶会を終えて1
お茶会を終えて1
まずは、その後のラウルとアマリアス
「ねえ、ラウル。わたくし、やっぱり一人目は女の子がいいですわ」
「んー?」
「ふわふわの可愛いドレスが似合う女の子」
「うん」
「スミレみたいな!」
青い瞳をきらきらと輝かせた妻の言葉に、ラウルは「言うと思った」と心の中で苦笑した。
コンラート国王ラウルと王妃アマリアスを乗せた馬車は、一路大通りをグラディアトリア城に向かって走っているところだ。
三日の予定で隣国を訪れていた夫妻は明日には帰国するが、この日は午後からレイスウェイク大公爵家でのんびりと過ごした。
かの家の当主ヴィオラントはアマリアスの兄であり、ラウルにとっても幼少時代を共に過ごした気の置けない相手である。
さらに彼の愛妻スミレは、黒髪と紫の瞳の愛玩人形クリスティーナにそっくり。
その人形を幼い頃から大切にしてきたアマリアスにとって、スミレはまさに愛しきもの集大成のごとき存在である。彼女と初めて会った時の衝撃と感動は、一生忘れる事はないだろう。
ラウルからしても、スミレは旧友ヴィオラントに幸福をもたらした奇跡の少女。
まだあどけなさを残す彼女の笑顔と、それを愛おしげに見つめるヴィオラントの姿を思い浮かべ、二人の間に母親そっくりの娘が生まれでもしたら、その子が嫁に行く時にはあの友は一体どんな顔をするのだろうか――などと、気の早い想像ににやついていたラウルは、隣に座ったアマリアスの横っ腹を小突かれた。
「ちょっと、ラウル。聞いてますの?」
「あ、はいはい。もちろん聞いてるよぉ。ええっとね、僕は女の子でも男の子でも、どっちでもいいな」
アマリアスは現在妊娠中。
結婚して九年目で授かった待望の第一子の成長に、日に日に大きくなっていく妻の腹を撫でながら、ラウルはデレデレと締まりのない顔をする。
「だって、アマリアスの子供だよ。きっとどっちでも可愛いに決まってるよー。あー、もう、今からドキドキする」
「スミレの世界にはね、“一姫二タロウ”という言い伝えがあるんですのよ」
「姫は分かるけど……タロウとは何ぞや?」
「子供を持つには、最初は育てやすい女の子で、次に男の子が生まれるのが理想的という意味らしいですわ。タロウは、この場合は長男を指すのですって」
「ふうん……」
一姫二太郎は、後継者となる男子が最初の子に望まれていたため、女子が生まれて失望せぬようにと慰めの意味でも使われていた。
そう考えると、少しばかり女にとっては気分のよくない言葉であるが、後継者という問題はラウルとアマリアスにとっても無縁ではない。
コンラートは厳格な世襲制ではないが、国民は皆できることなら国王夫妻の嫡子が次期国王となることを望んでいる。
ラウルの兄三人が揃って王位継承権を放棄したという前例はあるものの、まずは今アマリアスの腹の中いる第一子が皇太子となるだろう。
ちなみに、過去には女王も存在した。
「でもやっぱり、僕は男の子でも女の子でもいいよ。元気に生まれてきてくれたら、それだけで嬉しい。この子とアマリアスのためだったら、僕はなんだってできるよ」
「ラウル……」
「ダルい朝議で欠伸を我慢するのだって平気だし、アーヴェル兄上に生乳バケツ一杯飲めと言われてもやり遂げてみせるさ!」
「……なんですの、そのまったく感動できない宣言は」
無駄に胸を張って言ったラウルに、アマリアスは呆れた顔をしてため息をつく。
しかし、己の膨らんだ下腹をドレスの上から撫でると、その顔を微笑みに変えた。
「そうですわね。どっちでも、わたくし達の子供ですもんね」
その、まさに女神のごとき麗しく輝かしい笑顔に、ラウルは幸せそうに両目を細めて「うんうん」と頷く。
ところが、次に彼女の赤い唇から飛び出した言葉に、その緩んだ顔のままピシリと固まった。
「男の子でも、ドレスを着せてあげればよろしいのですわ」
「え」
「髪も伸ばして、くるくるの巻き毛にしてリボンをつけて」
「ちょ、ちょっと?」
「第二次性徴を迎えるまでは、子供は男も女も一緒ですものね。うふふふ……」
「あああ……」
腹の子は男子だった場合、生まれる前から女装を余儀なくされると決まってしまった。
ラウルの脳裏には、アマリアスの隣で嬉々として女児用ドレスを掲げる次兄リヒトの姿までもが浮かぶ。
これなら、第一子はやはり女の子の方が良さそうだと思った彼は、その時こっそり天に祈った。
――まずは、女の子が生まれてきますようにっ!!
ラウルの願いが通じたのか、その後アマリアスが生んだのは女の赤子であった。
コンラート王家の象徴たる赤味の強い金髪と薄緑の瞳、さらに妻そっくりの可愛らしい長女に、父ラウルはもちろんメロメロになった。
赤子はやがて理知的な少女に成長し、立太子して後、父の幼少時代と同じく隣国グラディアトリアへと留学する。
稀代の皇帝とうたわれた伯父レイスウェイク大公爵に師事して帝王学を修め、異世界の少年に恋をしてさらに美しく花開く。
しかしながら、アマリアスの願いをよそに、王女は十歳を前にドレスを着なくなってしまった。
嘆く母を慰めるために、その後犠牲になったのは“二太郎”として生まれた第二子、そのあと双子として生まれた第三・四子となる王子達。
そのせいか、いつの間にかコンラートでは、“男子は十歳まで女の格好をさせると健康に育つ”と言い伝えられるようになった――とか。
まずは、その後のラウルとアマリアス
「ねえ、ラウル。わたくし、やっぱり一人目は女の子がいいですわ」
「んー?」
「ふわふわの可愛いドレスが似合う女の子」
「うん」
「スミレみたいな!」
青い瞳をきらきらと輝かせた妻の言葉に、ラウルは「言うと思った」と心の中で苦笑した。
コンラート国王ラウルと王妃アマリアスを乗せた馬車は、一路大通りをグラディアトリア城に向かって走っているところだ。
三日の予定で隣国を訪れていた夫妻は明日には帰国するが、この日は午後からレイスウェイク大公爵家でのんびりと過ごした。
かの家の当主ヴィオラントはアマリアスの兄であり、ラウルにとっても幼少時代を共に過ごした気の置けない相手である。
さらに彼の愛妻スミレは、黒髪と紫の瞳の愛玩人形クリスティーナにそっくり。
その人形を幼い頃から大切にしてきたアマリアスにとって、スミレはまさに愛しきもの集大成のごとき存在である。彼女と初めて会った時の衝撃と感動は、一生忘れる事はないだろう。
ラウルからしても、スミレは旧友ヴィオラントに幸福をもたらした奇跡の少女。
まだあどけなさを残す彼女の笑顔と、それを愛おしげに見つめるヴィオラントの姿を思い浮かべ、二人の間に母親そっくりの娘が生まれでもしたら、その子が嫁に行く時にはあの友は一体どんな顔をするのだろうか――などと、気の早い想像ににやついていたラウルは、隣に座ったアマリアスの横っ腹を小突かれた。
「ちょっと、ラウル。聞いてますの?」
「あ、はいはい。もちろん聞いてるよぉ。ええっとね、僕は女の子でも男の子でも、どっちでもいいな」
アマリアスは現在妊娠中。
結婚して九年目で授かった待望の第一子の成長に、日に日に大きくなっていく妻の腹を撫でながら、ラウルはデレデレと締まりのない顔をする。
「だって、アマリアスの子供だよ。きっとどっちでも可愛いに決まってるよー。あー、もう、今からドキドキする」
「スミレの世界にはね、“一姫二タロウ”という言い伝えがあるんですのよ」
「姫は分かるけど……タロウとは何ぞや?」
「子供を持つには、最初は育てやすい女の子で、次に男の子が生まれるのが理想的という意味らしいですわ。タロウは、この場合は長男を指すのですって」
「ふうん……」
一姫二太郎は、後継者となる男子が最初の子に望まれていたため、女子が生まれて失望せぬようにと慰めの意味でも使われていた。
そう考えると、少しばかり女にとっては気分のよくない言葉であるが、後継者という問題はラウルとアマリアスにとっても無縁ではない。
コンラートは厳格な世襲制ではないが、国民は皆できることなら国王夫妻の嫡子が次期国王となることを望んでいる。
ラウルの兄三人が揃って王位継承権を放棄したという前例はあるものの、まずは今アマリアスの腹の中いる第一子が皇太子となるだろう。
ちなみに、過去には女王も存在した。
「でもやっぱり、僕は男の子でも女の子でもいいよ。元気に生まれてきてくれたら、それだけで嬉しい。この子とアマリアスのためだったら、僕はなんだってできるよ」
「ラウル……」
「ダルい朝議で欠伸を我慢するのだって平気だし、アーヴェル兄上に生乳バケツ一杯飲めと言われてもやり遂げてみせるさ!」
「……なんですの、そのまったく感動できない宣言は」
無駄に胸を張って言ったラウルに、アマリアスは呆れた顔をしてため息をつく。
しかし、己の膨らんだ下腹をドレスの上から撫でると、その顔を微笑みに変えた。
「そうですわね。どっちでも、わたくし達の子供ですもんね」
その、まさに女神のごとき麗しく輝かしい笑顔に、ラウルは幸せそうに両目を細めて「うんうん」と頷く。
ところが、次に彼女の赤い唇から飛び出した言葉に、その緩んだ顔のままピシリと固まった。
「男の子でも、ドレスを着せてあげればよろしいのですわ」
「え」
「髪も伸ばして、くるくるの巻き毛にしてリボンをつけて」
「ちょ、ちょっと?」
「第二次性徴を迎えるまでは、子供は男も女も一緒ですものね。うふふふ……」
「あああ……」
腹の子は男子だった場合、生まれる前から女装を余儀なくされると決まってしまった。
ラウルの脳裏には、アマリアスの隣で嬉々として女児用ドレスを掲げる次兄リヒトの姿までもが浮かぶ。
これなら、第一子はやはり女の子の方が良さそうだと思った彼は、その時こっそり天に祈った。
――まずは、女の子が生まれてきますようにっ!!
ラウルの願いが通じたのか、その後アマリアスが生んだのは女の赤子であった。
コンラート王家の象徴たる赤味の強い金髪と薄緑の瞳、さらに妻そっくりの可愛らしい長女に、父ラウルはもちろんメロメロになった。
赤子はやがて理知的な少女に成長し、立太子して後、父の幼少時代と同じく隣国グラディアトリアへと留学する。
稀代の皇帝とうたわれた伯父レイスウェイク大公爵に師事して帝王学を修め、異世界の少年に恋をしてさらに美しく花開く。
しかしながら、アマリアスの願いをよそに、王女は十歳を前にドレスを着なくなってしまった。
嘆く母を慰めるために、その後犠牲になったのは“二太郎”として生まれた第二子、そのあと双子として生まれた第三・四子となる王子達。
そのせいか、いつの間にかコンラートでは、“男子は十歳まで女の格好をさせると健康に育つ”と言い伝えられるようになった――とか。
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