五臓六腑

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蔦姫と蜂蜜7

「蔦姫と蜂蜜」第七話(最終話)


 結局、ヴィオラントは領地の発掘再開を許した。
 ただし、菫に怪我を負わせたハニマリアを完全に許したわけではないし、彼女に対するわだかまりが全て払拭できたわけでもない。
 しかし、紅茶を飲みながらほのぼのと見学する祖父母の前で、菫が「ごめんなさい」とべそをかくまでその唇を貪りまくって、なかなか満足した。
 それに、ハニマリアが持ってきたルリのケーキを頬張ってにこにこする菫が可愛かったし、せっかくだから泊まっていくように誘った祖父母と思いがけずゆっくりと過ごす時間を得て、妻がどれだけ彼らに懐いているのかを再確認した。
 菫の実の祖父母は、父方も母方もどちらもすでに他界してしまっている。
 また、すぐ側に暮らす兄夫婦はともかくとして、両親は遠い外国で仕事をしていて頻繁に会うことは叶わない。
 寂しがり屋の彼女には、甘えることのできる家族が少しでも多く必要だと、ヴィオラントは考えていた。
 そういう意味では、菫を実の孫のように可愛がるアルヴィースとハニマリアの存在は大きく、彼も自分の一方的な反抗心でいつまでも祖母を拒絶しているわけにはいかないと思ったのだろう。
 発掘再開を許されたハニマリアは大喜びし、菫を抱き締めて頬に熱烈なキスを贈った。
 その上、今度はヴィオラントにまで同じことをしようとしたが、さすがにそれは丁重にお断りした。 

 翌日には、さっそくハニマリアはドレスを作業着に着替え、地主たるヴィオラントを交えて改めて計画書を作り直した。
 彼の許しを得て作業員も大幅に増やし、特に方向音痴と判明したハニマリアに代わって作業の指揮をとれる者が加えられた。

「ハニマリア様は、口出しなさらない方がいいでしょう」
「なによ、それ。そんなの退屈じゃないのさ。そなた、おばあちゃまがボケてしまってもいいの?」
「……総指揮として、後ろでふんぞり返っていらっしゃればよろしい。とにかく、現場は作業員達に任せてください」

 ハニマリアがリュネブルク家でも方向音痴を発揮して、おかしな場所に穴を開けたと弟クロヴィスから聞いていたヴィオラントは、彼女がこれ以上の面倒を起こす前に釘を刺した。
 ハニマリアは不満げだったが、発掘に関してはヴィオラントが随分譲歩してくれたことを思って、結局は首を縦に振った。
 かくして発掘作業は順調に進み、ハニマリアの期待通り、古い地層からは貴重な化石などが次々と掘り出されることとなった。
 彼女はその間ほとんどをレイスウェイク家に入り浸り、そのうち寂しがったアルヴィースも押し掛けてきて、ヴィオラントと菫の周辺は今までになく賑やかだった。
 途中、一度だけ前リュネブルク公爵夫妻が自宅に戻り、その後落ち合う形になった王城でのお茶会の日。
 一同は思いもよらぬ事件に遭遇し、菫は一度は快復していた右足首をまたしても傷めることになった。
 幸い大事には至らなかったものの、ならず者相手に無茶な立ち回りをした菫はヴィオラントに叱られて、再び私室に軟禁された。
 しかしその事件をきっかけに、ずっと気にかけていた義弟クロヴィスと皇太后陛下の侍女ルリとの仲がぐっと深まり、菫は「これぞ怪我の功名」と満足げに頷いて、不自由な生活に甘んじていた。

 事件のあった日から四日後。
 ヴィオラントは事件の顛末について説明したいと言ってきたクロヴィスに応え、午後から王城を訪ねていた。
 外へ連れ出せばまた無理をするのではと、菫は心配性の夫に留守番を言い渡された。
 そんな退屈な菫の元には、作業員達に午後の休憩を取らせたハニマリアがお茶を飲みにやってきた。
 そこで作業服の貴婦人は、可愛らしい孫の嫁から突然とんでもない相談を持ちかけられた。

「あのね、おばあちゃま。私、生理が来ないんだけど」
「――ぶっ……!」

 この日も菫が入れた紅茶はうまかった。
 足を怪我したせいで、またフリードの店を手伝いに行けなくなったことを菫は気にしていたが、少なくとも紅茶についてはこれ以上教えを乞う必要はないのではないかというのがハニマリアの感想だ。
 ハニマリアは思わず口に含んだそれを吹きかけて、げほごほとむせ返った。

「お前さんったら突然だねっ! 生理って……月のもののことだろう? どのくらい来てないの?」
「三ヶ月」
「それだけ来てなくて、女官長は何も言わなかったかい?」
「けっこう、今までも生理不順な時があったから、私もあんまり気にしてなかったし、マーサさんにもそう説明してたんだけど」
「うんうん」
「何かいつもと違うかなーって思ったんで、お義姉ちゃんに協力してもらって、こっそり自分で調べてみたの」

 菫の言う義姉とは、日本側にいる実兄の妻である。
 彼女に薬局で買ってきてもらった妊娠検査薬で、菫はなんとばっちり陽性反応が出てしまったのだ。

「でももし間違いだったら、ヴィーをがっかりさせるかもしれないし……。まだ、こっちの世界では誰にも言ってなかったんだ」
「そんな大事な話……最初に打ち明けてもらえたのは、おばーちゃまだって光栄だけれど……」
「だって、ハニーおばあちゃまが一番冷静に話を聞いてくれそうなんだもん」

 ちなみに、日本側で一番冷静に話を聞いてくれる兄嫁にも打ち明け、兄にはまだ内緒にしてと頼んである。
 ハニマリアはもう一度紅茶を口にし、一つ息をついて気持ちを落ち着かせると、少し真剣な顔を作って菫に向き直った。

「とにかく、一度ちゃんと医者に診せよう」
「んー……でも、うちの場合お医者さんって言ったらきっとサリバンさんでしょ? 男の人に診てもらうの、恥ずかしいんだよね」
「まあ……確かに」
「けど、女医さんがいいからって、侍医のサリバンさんを差し置いて他のお医者さんに診てもらうっていうのも、悪いような気がするし……」

 菫は隣国コンラートを訪れた際に、ヴィオラントの妹アマリアスの診察に立ち会う事になったので、大体のやり方を知ってしまっていた。
 レイスウェイク家の侍医も務める侍従長サリバンへの義理に悩む彼女に、ハニマリアは苦笑しつつ答える。

「ふむふむ、スミレは意外に気を回しすぎる子みたいだね。そういうのは、たぶんサリバンも直接相談された方が喜ぶと思うよ」
「直接?」
「うむ。彼だって、女主人のデリケートな部分に触れるのは気がひけるだろうし、きっと腕のいい女医の知り合いがいるだろうから、いいように取りはからってくれるよ」

 そんなハニマリアの意見に、なるほどと頷いた菫の行動は素早かった。
 さっそく侍従長サリバンと女官長マーサを呼んで、直球で相談を持ちかけたのだ。
 ちなみに、今日のヴィオラントの王城訪問には、サリバンの息子が付き添っている。
 まだまだ引退する気はないとはいえ、レイスウェイク家の次代の侍従長として息子に期待しているサリバンは、公の場での主人の世話を彼にさせることも度々あった。
 菫の話を聞いたサリバンとマーサは、驚きと喜びがごちゃまぜになった顔を見合わせて、とにかく今までにないほど色めき立った。
 ハニマリアの言った通り、男性に診てもらうのが恥ずかしいと正直に言った菫に、サリバンが気を悪くする様子は少しもなく、ではすぐに知り合いの女医を呼び寄せますと、慌ただしく部屋を飛び出していった。
 マーサは主人であるヴィオラントが留守なのを気にしたが、ちゃんと確定してから知らせたいという菫の意見を聞き入れ、サリバンが手配した女医を迎える準備に取りかかった。


 ――時間は流れて夕刻。

 暗くなる前にその日の発掘作業を終えたハニマリアは、夫アルヴィースも喜ぶに違いない吉報を携え、慌ただしくリュネブルク家に帰って行った。
 それと入れ違いに、城を訪問していたヴィオラントが屋敷に戻ってくる。
 彼は、足を捻挫した菫には部屋から出ないようにきつく言い聞かせていたので、玄関に彼女の姿がないことはおかしく思わなかったが、代わりに出迎えた侍従長と女官長の顔が異様に緩んでいることには首を傾げた。
 何かいいことがあったのかと尋ねる主人に、ええまあとだけ答えた二人は、とにかく彼を奥方が待つ部屋へと急がせる。
 もちろん、真っ先に菫の顔を見に行くつもりだったヴィオラントは、不思議に思いながらも最上階の私室へと向かった。

「ヴィー、おかえりー」

 私室の扉を開けると、彼の妻は大人しくソファに座って待っていた。
 ヴィオラントがすぐさま側に寄ると、嬉しそうに両腕を伸ばしてきたので抱き上げる。
 その際ちらりと覗いた右足首には白い包帯が巻かれ、彼女はそれが原因で退屈を強いられているのだった。
 ヴィオラントはしきりに甘えてくる菫が可愛くて、柔らかく弧を描いた唇で彼女の頬に口付けると、胸ポケットを探ってとあるものを取り出した。

「ほら、スミレ。いい子にしていたご褒美だ」
「ん? お土産?」

 彼が差し出したのは、綺麗にラッピングされた小さな箱。
 中身は、アメジストをあしらったピアスだった。
 グラディアトリアで耳元を飾るものといえば、耳たぶを挟んで着けるイヤリングやイヤーカフスであり、穴を開けて金属を通すピアスは存在しない。
 ヴィオラントも菫のピアスホールに気づいた当初は、身体に穴を開けるとは何たることと説教を垂れたものだが、彼女の世界ではすでにそれが一般的なお洒落となっていると知ってからは何も言わなくなった。
 それどころか、常々菫に貢ぎたがる彼であるから、今度はそのピアスホールを埋める飾りを自ら贈りたいと思い立ち、馴染みの店に依頼してピアスを模した耳飾りを作らせていたのだ。
 小箱にそっと納められた二対のそれを見て、「わあ、可愛い!」と菫は顔を輝かせた。

「ヴィー、着けて?」

 そうねだられ、菫を膝に抱いてソファに腰を下ろしたヴィオラントは、小さなピアスを指先で摘まみ上げ、柔らかな黒髪をかき上げて彼女の耳を晒すと、繊細な耳たぶを傷付けぬように細心の注意を払って穴に金属を通した。
 小振りだが、最高級のアメジストの輝きは格別だった。
 それでも、それを身に着けた少女の瞳の眩さには敵わない。
 突然の贈り物に無邪気に喜び、「ありがとっ!」と嬉しそうに礼を言う菫に、ヴィオラントは満足げに頷いた。

「ところで、スミレ。店主から、そなたに頼まれていたという品を預かってきたのだが」
「あ、そうなんだ。すごくいいタイミング」

 ヴィオラントが今回ピアスを作らせたのは、街に古くからある老舗の雑貨屋。
 人当たりのいい老婆が店主を務めるその店は、上質の品物を取り扱いながらも決してあこぎな商売はせず、ヴィオラントも皇帝時代からこっそり贔屓にしていた。
 彼に連れられて何度か店を訪れたことのある菫も、すっかり店主とは顔なじみ。
 店番の手伝いに行っていたフリードの茶葉屋とは斜め向かいと店も近く、実は先日ハニマリアにもらったアメジストを、菫もかの店に預けていたのだ。

「一人で行ったんじゃないよ? ちゃんとポム爺さんがお迎えに来てくれた時に、一緒に行ってもらったんだからね?」
「そうか?」

 何があっても一人でフリードの店から出ないと約束させられていた菫は、またヴィオラントが機嫌を損ねないようにと慌てて弁解する。
 対するヴィオラントは、もちろん彼女の言葉を疑う気はないが、「怒らないで? 怒らないで?」と訴える上目遣いがどうにも可愛くて、わざと疑わしいというように目を細め、困る菫に心の中でこっそりやに下がった。
 ヴィオラントが雑貨屋の店主から預かってきた物も、彼が菫に与えたピアス同様箱に入って丁寧にリボンがかけられていた。
 菫は中身を確認しようかと思ったが、かの店主が自分の期待を裏切るはずはないと思い直し、ラッピングされたままヴィオラントに向かって差し出した。

「ヴィー、あげる」
「うん? 私に?」
「うん。ヴィーにあげたくて、作ってもらったの」

 一方、思わぬ贈り物に、ヴィオラントも瞳を瞬かせて驚いた様子だった。
 開けて開けてと菫にねだられて、彼女を膝に抱いたままそっとリボンを解く。
 中に納められていたのは、磨かれたアメジストがはまったブローチだった。

「あのね、チップが結構たまってたの。さすがに宝石買えるほどはなかったから、アメジストはハニーおばあちゃまに掘り出してもらったけど、加工賃は何とか足りたんだ」
「そなたが働いた金なのだから、自分で好きなものを買えばよかったのに……」
「だって、これといってほしいものなんてなかったし、大体はヴィーが揃えてくれるし」

 菫はそう言いながら、箱の中からブローチを取り出し、ヴィオラントのネクタイを留めた。

「だからね、これまでお世話になったお礼にと思って」
「それならば、そなたをここまで育ててくださった兄上のために使うべきではないか?」
「まあ、そうだけど……でも、ヴィーに何かしてあげたかったんだもん」

 件の雑貨屋の店主は顔が広く、腕のいい装飾品の職人とも大勢繋がっている。
 菫は彼女に相談し、その職人達との仲介をしてもらったのだ。
 お礼にご馳走した手作りの焼き菓子に、老婆は大喜びした。
 そしてまたヴィオラントも、ブローチに込められた妻のいじらしい想いに胸が詰まり、ありがとうの言葉を口にする前にたまらず彼女を抱き竦めた。

「兄上を差し置いて申し訳ないが、とても嬉しい。ありがとう、スミレ」
「うふふ、どーいたしまして」
「初任給で我が子に贈り物をもらう父親とは、こういう気持ちなのだろうか」
「……ヴィー、いつから私のお父さんになったの?」

 おかしな感動にしみじみと浸るヴィオラントに呆れつつ、菫は彼が口にした“父親”という言葉に、もう一つの贈り物の存在を思い出した。
 先に事実を知る事となったサリバンとマーサは、早く主人にもそれを教えて差し上げてほしいと、菫が打ち明けるのを今か今かとそわそわして待っていた。
 そして、いざ彼女がヴィオラントに話そうとする気配を感じ取ると、二人とも気を使って席を外し、夫婦を二人きりにしてくれた。
 菫は、自分を包み込んだヴィオラントの腕の中から彼を見上げ、そっとその頬に両手を添えて視線を合わせると、「あのね」と切り出した。


 ヴィオラントが王城を出て帰路に着く少し前、年嵩の女医がレイスウェイク家にやってきた。
 侍従長サリバンが自ら馬車を引いて迎えに行ったらしい彼女は、皇族の出産にも関わった経験のある大ベテラン。
 大公爵家の奥方があまりに幼げなことに最初は驚いていたが、顔見知りだったらしいハニマリアとマーサも同席し、菫の診察は和気あいあいと進められた。

「はい、おめでとうございます。確かに、ご懐妊していらっしゃいますよ」

 そして目尻に皺を作って微笑んだ女医が告げた言葉に、喜びが確かなものとなったマーサは感激して泣き出し、扉の外に控えていたサリバンもまた瞳に涙を滲ませた。
 めでたいめでたいと叫んで、菫を胴上げしそうになったハニマリアは女医とマーサに全力で止められ、当の菫はというと……

「ほんとに……いるんだ、赤ちゃん……」

 とつぶやき、呆然と己の腹を見下ろした。
 すぐにヴィオラントを呼び戻すと騒ぐマーサを宥め、彼が帰ってきたら自分の口から伝えたいという菫の願いに、一同はもちろんと頷いたのだった。


 そうしてついに、菫自ら懐妊の事実を告げられたヴィオラントは――一瞬、息をすることさえ忘れた。

 驚き。

 そして、こみ上げる喜び。


「あのね、赤ちゃんができたみたい」


 そう告げた愛しい少女に対し、ヴィオラントは自分がその時何と言葉を返したのか憶えていない。

 ただただ彼女を抱き締めて、その温もりにとてつもない喜びを知った瞬間だった。




『蔦姫と蜂蜜』おわり




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