五臓六腑

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一兵卒と案件1

気弱な見習い兵士の配属された大門には、午後のお茶の時間になると、妖精のようなお客様がやってくる。
彼女が携えてきた新たな案件。


一兵卒と案件1

 真っ直ぐな髪は長く白金色。瞳は澄んだ水面のような涼やかな薄青色。
 柔らかそうな薔薇色のほっぺに、ぷるりと可愛らしい小さな唇。
 その身にまとうのは王城に仕える侍女のお仕着せなれど、それにしてはいささか幼過ぎるように見える少女の正体は、何を隠そう隣国の王家の末姫、アミーリア王女殿下である。
 この国の王家が留学という名目で預かっている大切な姫君は、お目付役として祖国から付き従った侍従の管理のもと勉学や行儀作法を習いつつ、暇さえであればドレスを侍女のお仕着せに着替えて、大門へとやってくるようになっていた。
 十五歳を迎えて王城の見習い兵士となったロビーは、その大門の門番を務めている。
 年が一番近いせいか、お忍びで大門までやってくるアミーリア姫は彼に懐き、ロビーは恐れ多いと思いつつも、自分を慕うとびきり可愛らしいお姫様を妹のように大切に感じていた。
 そんなアミーリアは、この日もいつものように午後のお茶の時間に大門に現れ、ちょうど休憩中だったロビーは笑顔で彼女を迎えた。
 ところが、その愛らしい唇から飛び出した言葉に、うららかな午後の日差しにのほほんとしていた大門は、突如騒然とすることになる。

「……わたし、帰りたい……」
「ア、アミーリア様っ!?」

 けぶるような睫毛の下で、大きな瞳に涙をいっぱいにためてこぼされた言葉に、ロビーは蒼白となる。
 近くで煙管をふかせていた門番長たる老兵士も、他の年嵩の門番達もぎょっとした。
 母である隣国の王妃の意向で、末妹可愛さに甘やかしまくる兄姉殿下から引き離され、この国にやってきたアミーリアはまだ十三歳。生まれた時から仕える爺やが一緒に来ているとはいえ、幼い彼女が家族や故郷を恋しく思うのは当然だろう。
 しかし、友好国の王族としてやってきている姫が、ホームシックにかかったからと簡単に国に帰ることはできない。大国同士、いかに平穏な関係を保っているように見えても、その均衡はいつどんな小さなことをきっかけに崩れるかもしれないものだ。
 姫の国からの申し出で始まった留学を、彼女のわがままで終えるわけにはいかなかった。
 そんな事情を、幼いアミーリア姫はちゃんと分かっているのだろう。
 おそらく、爺やと呼び慕う自分の侍従にも、彼女の世話係を務める侍女頭にも、何も打ち明けていないに違いない。
 その分、友として随分と心を許したロビーには、素直な思いを語ってくれる。
 町に行ってみたい、馬に乗ってみたいと、キラキラ目を輝かせて。
 ただし、しがない見習い兵士であるロビーにそれを叶えるのが無理であることも、彼女はちゃんと分かっている。隣国の賓客である姫が町を出歩くには相応の護衛が必要であるし、無闇に馬に乗って怪我でもすればたくさんの者に迷惑をかけることになると。
 だからいつもアミーリアは、ロビー相手に願いを口にしながらも、それを叶えろとねだったことは一度もない。
 この日も、「帰りたい」と口にしながらも、ロビーにだからどうしろとわがままをいうこともなかった。
 ただ、消え入りそうなか細い声でそう告げたきり嗚咽を飲み込むように唇を噛み締め、涙をぽろぽろと零し始めた彼女を目の当たりにして、平常心でいられる者などいようはずもない。
 ロビーは元より、側で目撃した門番連中は大慌て。
 厳つい兵士達が、揃いも揃って眉を八の字にして、あどけない少女を必死で宥める姿は滑稽だったが、それを厭う者などひとりもいなかった。
 彼らはみんな、この小さな少女が大切なのだ。
 身分をひけらかすこともなく、無邪気で素直で世間知らずで、そしてちょっとだけ我が侭なお姫様は、大門のアイドルだった。
 ロビーは門番長に勧められ、アミーリアを大門の脇の詰め所に連れていった。
 当番の門番二人だけを残し、近くで作業をしていた兵士やら何やら、アミーリアと面識のある者はとにかく彼女を心配して、ぞろぞろと詰め所に入ってきた。
 そして、質素な休憩場所に恐縮しながらも姫を椅子に座らせ、うまいと定評のある母親仕込みのお茶を差し出すと、ホームシックにかかった彼女を慰めようと言葉を探した。

「アミーリア様がお国に帰ってしまわれると、ジーニャリア殿下がお嘆きになるのではないですか?」

 ジーニャリアはこの国の第二王子。
 ロビーをはじめ、城に仕える兵士のトップに立つ、軍の最高司令官だ。
 燃えるような赤毛と猛禽類のような金色の鋭い瞳の、鬼神のごとく雄々しく猛々しい軍人王子は現在二十歳。
 全ての兵士の畏怖と憧れの象徴でもある彼が、この天使か妖精かというほど可憐で稚いアミーリア姫を溺愛し、姫の父である隣国の王に婚約を願い出ているというのは周知の事実。
 お忍びで大門に遊びにくるアミーリアを迎えにきた時などは、その凛々しい顔を綻ばせて姫を抱き上げ、彼を赤子の頃から知っている門番長が目を丸くするほどの豹変ぶりを見せた。
 アミーリアの方もジーニャリアをとても慕っていて、ロビーにもよく嬉しそうに彼の話を聞かせてくれていたのだ。
 ところが、その名を出したとたん、姫の瞳からはさらに涙が溢れ出した。

「ジーヤは、きっと悲しんだりしないわ。それどころか、せいせいしたと笑うかもしれない……」
「そんなっ……」

 アミーリアの言葉に、ロビーは思わず叫んでいた。
 そんなはずはない。ロビーは、ジーニャリアがどれだけ深く姫を大切に思っているか、いつもひしひしと感じているのだから。
 ロビーはアミーリアと年が近くて懐かれていることに目をつけられ、恐れ多くも軍最高司令官閣下直々に特命を受けた身の上なのである。
 多忙なジーニャリアの目の届かない普段のアミーリアの様子を、毎日こっそりレポートにして提出せよという、少しばかり姫に後ろめたくなる密命を。
 毎日元気に過ごす彼女の報告に眦を優しく緩め、ジーニャリアに会えなくて寂しそうだったと書いた日には申し訳なさそうに眉を下げ、姫を思ってせつないため息をつく彼を、ロビーはいつも見てきたのだ。
 一体何が、アミーリアにジーニャリアの想いを疑わせてしまったのだろう。
 そんなロビーの疑問に、涙をぽろぽろ零しながら、姫が答えた。

「もう十日、ジーヤには会っていないの。お茶の時間にも来なかったし、食事も一緒にとれなかった……」
「それは……閣下はお忙しい方ですから……」
「知ってるわ。でも、十日前は一緒にお茶をする約束をしていたの。でも、急に無理だって伝令が来て……そのあとは、手紙を書いても返事もくれないし……」
「そ、そんな……」

 ロビーは信じられない思いだった。
 確かにジーニャリアはこの十日間も相変わらず忙しく、ロビーがアミーリア観察報告書を提出に行った時も書類の山に埋もれていた。
 それでも、アミーリアの様子に疲れを癒されたような顔をして、小さく「会いたいな」と独り言を零してまでいたというのに。そんな彼が、姫からの手紙を無視することなどありえないと思った。
 しかし、戸惑うロビーをよそに、少女はさらに衝撃的なことを告げたのだ。

「忙しいから仕方がないって、ずっと我慢してたの。でも……でも、昨日……」
「きのう?」
「昨日……この大門からの帰り、テラスでジーヤを見かけたの」
「テ、テラスで?」
「お茶を、飲んでいたわ……補佐官の方と一緒に」
「――!」

 ジーニャリア殿下の補佐官。 
 鬼神のごとき軍司令官閣下の補佐官は、彼と同じく二十歳の女性である。
 報告書を持って司令官室を訪れるロビーとも面識のある彼女――クラリスは、公爵家出身の才女であるとともに、この国随一の剣豪と名高いジーニャリアに継ぐ剣の達人。
 それでいて、いつもロビーを穏やかで優しい笑顔で迎えてくれて、男社会の軍部を実力で伸し上がったとは想像もつかない。
 仕事柄ともにいることが多いジーニャリアとクラリスは、年齢的にもまた身分的にも釣り合い、将来婚約するのではないかとまで噂された二人だった。
 しかし、当のジーニャリアは隣国の末姫を迎えたとたんメロメロになり、クラリスとはただの上司と部下の関係だったと周囲は頷いた。それなのに――

「クラリス様はとても綺麗で賢くて、ジーヤの力になれる方だわ。 子供で……ジーヤの執務室に近づくこともできない私より、ずっと……」
「アミーリア様……」

 この国の軍の最高機密まで扱われる司令官の執務室には、友好的な関係にあるとはいえ他国の王族であるアミーリアが立ち入ることは難しい。
 そんな中、ジーニャリアの近くにいられる補佐官クラリスのことを、アミーリアはずっと羨ましく思っていた。それは嫉妬というほど激しい思いではなかったが、少女の心に小さな棘としてずっと突き刺さっていたのだ。
 その彼女と、幼いながらも恋人だと思っていた男がお茶を楽しんでいた。
 アミーリアの思いの丈を込めた手紙を無視し、会いにどころか連絡も寄越さなくなった彼が、美しい妙齢の女性と二人で。
 その光景は、思春期に差しかかったばかりの幼気な姫の心をおおいに傷付けた。

「ジーヤは、もう私のことなど忘れてしまったのよ!」
「そんなっ……そんなことっ……」

 話しているうちにたまらなくなったらしいアミーリアは、ついにはわっ両手で顔を覆って泣き出してしまった。
 ロビーはそんな彼女におろおろしつつも、心の中で「そんなはずはない」と繰り返した。
 何故なら、彼は昨日も確かにジーニャリアにアミーリアの様子を報告に行って、彼女に愛おしげに思いを馳せる司令官閣下の横顔を拝見したのだから。
 何か、きっと誤解がある。
 そう思いながらも、自身もまだ恋愛経験皆無なロビーは慌てるばかりで、その誤解を払拭するためにはどうすればいいかすぐには思いつけなかった。
 そうこうしている内にも、門番の詰め所は異様な雰囲気が漂い始めていた。

「なんと酷なことをなさるのだ、閣下は!」
「こんな愛らしい姫様を泣かせるなど、男の風上にもおけない!」
「心変わりにしたにしろ、けじめをつけるべきだろう!」

 アミーリアの話を聞いた兵士達は憤慨した。
 軍司令官閣下への敬意などかなぐり捨てて、ここにはいない男を口々に糾弾する。
 結束が堅いことで有名なこの国の軍の士気が、大門付近限定で一気に崩壊した。
 ロビーは「待って下さい、きっと何か理由があるんです!」と叫びたかったが、雄々しい先輩連中の怒りの雄叫びに怯えて、反論する勇気がでなかった。
 しかしその時、一際大きく厳しい声が兵士達を一喝した。

「黙らんか、お前達!」

 それはこの中で一番年嵩の兵士で、門番の長を務める男だった。
 彼の重く鋭い一声に、詰め所はしんと静まり返る。
 しかし、ほっとしたロビーに向かい、その後門番長はとんでもないことを言い出した。

「ロビーよ。お前さんの家は、確か近くで下宿屋をしていたな?」
「あ……はっ、はい。母と祖母が下宿屋を、その隣で叔父夫婦が食堂をやっております」
「そうか。じゃあ、お前さんは姫様を町に案内して、今夜は家に泊めてさしあげろ」
「――は……?」

 ロビーは、一瞬門番長になにを言われたのか分からなかった。
 しかし、もう一度彼の言葉を頭の中で反芻し、それを理解したとたん、ぎょっと飛び上がって慌てた。
 ――隣国から預かった大切な大切なお姫様を、しがない見習い兵の自分が引率し、しかも庶民の家の質素なベッドに寝かせろだなんて!

「むっ、むむむむ、無理ですっ! アミーリア様に何かあったら、どうするんですかっ!」
「こんな平和な我が国で、何かもくそもあるもんか。そもそも、わしはずっと思っておったんじゃ。せっかく留学して来なさった姫様に、町の賑わいも感じさせてやらねぇで城に閉じ込めて、なんて窮屈でお可哀想な思いをさせてしまっているんだってな」
「で、でも……」
「閣下とのことはわしには分からねえが、せっかく我が国にいらした姫様を、泣かせたまま国に帰していいもんか。年頃の娘らしく、町で羽根を伸ばさせてやりてぇじゃねえか。この国で笑顔にさせてやりてぇじゃねえか!」
「そ、それは……」

 門番長は、孫のような年頃のアミーリア姫の髪をよしよしと撫でながら、目頭を熱くしてロビーに語る。
 彼の周りを囲む他の兵士達も厳つい顔に涙を滲ませながら、うんうんとそれに頷いた。
 ロビーだって、一緒になって頷きたいのは山々だが、しかし大切な賓客を自分の家で預かるには、力量に自信がなさすぎる。それに――

「わ、我々の一存では、決められないでしょう? アミーリア様の侍従の方や、世話係の侍女頭に相談しないと……」

 おそらく今、一番冷静なことを言っているのはロビーだろう。
 勝手に姫を連れ出して万が一何かあったら、大きな国際問題になるのだから。
 その時だった。
 孤立無援の戦いを強いられそうになっていたロビーの背後から、新たな声がかかった。

「私が許そう。ぜひとも、アミーリア姫を町に案内してやりなさい」

 その言葉に慌てて振り返ったロビーが見たのは、誰かを彷彿とさせる赤毛の美丈夫だった。
 シンプルなシャツとズボン姿であるが、腰には立派な剣が下げられている。
 大門の兵士ではないし、そもそも迸る威圧感は一般兵ではありえないと思いつつ、どこかで見たことがあるような……と記憶を手繰っていたロビーの横で、門番長が声を上ずらせて叫んだ。

「へ、陛下っ、国王陛下――!!」

 国王陛下――つまり、この国で最も尊いお方。
 彼はいつの間にか兵士達に混ざって詰め所に入り、ロビーとアミーリアの話をじっと聞いていたらしい。
 門番長の言葉を聞いたとたん、詰めていた兵士全員がびしりと背筋を伸ばし、緊張に顔を強張らせた。
 もちろんロビーも、思わぬ来訪者におののき、ただただ黙って先輩兵士達に倣った。
 一方アミーリアは、近寄ってきた国王陛下を涙に濡れた瞳で呆然と見上げた。
 
「国王様……」
「ジーニャリアのことは、忘れなさい。そなたは若いのだから、もっとたくさんの経験をしないといけない。我が国の町を一日、のびのびと楽しみなさい。そして、どうかこの国や私たちのことを嫌わないでおくれ」
「そんな……っ、アミーリアは、国王様のことが大好きです! 王妃様も、皇太子様もマーシャも、門番の皆さんだって、大好きですっ!」

 泣きながら飛びついてきたアミーリアを受け止め、国王陛下は「嬉しいね、姫。私たちもそなたをとても愛しく思っているよ」と答えたが、その威厳のある声に反したデレデレの顔から、周りの門番達は一斉に俯いて目を逸らした。
 王子しかもうけなかった国王夫妻が、アミーリアを実の娘のように可愛がっているとは有名なこと。
 ジーニャリアの前の軍司令官を務めた軍人王は、天使のような姫を抱き上げて、あやすように高い高いをした。
 しかし、しがみついて肩口に顔を埋めたアミーリアが、「ジーヤのことも、好きなのに……」と震える声で告げたのを聞き逃さず、国王陛下は彼女を慰めるように一度きつく抱き竦めた。

 さて、そこで困ったのがロビーである。
 アミーリアを町に連れていくこと自体は、彼としても賛成したい。
 ずっと町に憧れを抱いていた姫に、評判の叔父の料理を食べさせてやりたいと思っていたし、自分が生まれ育った町を案内したいと夢見ていたのだ。
 しかし実際に彼女を連れ歩くとなると、その身の安全をロビーが保障できる自信はなさすぎた。
 一応、幼い頃から父に鍛えられてそこそこ剣の腕もあると自負するが、やはり一国の姫君を守れと言われれば、見習い兵士には責任が重過ぎる。
 だが、国王陛下はそんなロビーの心配もお見通しのようで、精悍な顔に笑みを浮かべて頷いた。

「安心したまえ。ちゃんともう一人、護衛を付けよう」

 アミーリアを抱き上げたままの国王陛下はそう言うと、首だけ後ろを振り返って「モーリス」と護衛を呼んだ。
 その名前に、ひくりとロビーは顔を引きつらせる。

「はいはいはい、ご指名ですかぁ? 陛下」
「“はい”は一回でよい。お前が適任であろう、モーリス。ロビー少年とともに、アミーリアを町に案内いたせ」
「はいはいはい、仰せのままに~」

 国王陛下直々の指名を受けたというのに、緊張感のない護衛の言葉と顔を見て、ロビーは頭を抱えたい気分になった。

「……父さん」

 国王陛下に呼ばれて前に進み出たモーリスという護衛は、今朝ロビーと一緒に登城して門で別れた、彼の父親であった。


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