五臓六腑

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蔦姫と蜂蜜2

「蔦姫と蜂蜜」第二話


 スミレがフリードの店を手伝うことを渋々許可したヴィオラントだったが、しっかり条件をつけた。
 まず、必ず馬車での送迎を受け、決して店の外を出歩かないこと。
 次に、できるだけ名前や身分を客に明かさないこと。
 そのためにも、目立つ黒髪は亜麻色のかつらで隠され、ワンピースも比較的地味な色合いの物を着せられた。
 ヴィオラントとしてはもっと地味な、いっそ野暮ったいくらいでちょうどいいのではと思っていたが、それには断固反対した者がいた。

「スミレ様に似合わぬ物を纏わせるなど、マーサは許しませんわっ!」

 レイスウェイク家の女官長マーサはそう言って、地味な紺色のワンピースドレスの上にフリフリエプロンを着せ、スミレを可愛いメイドさん風店員に仕上げてしまった。
 これにはヴィオラントも穏やかではいられなかったが、彼の乳母を務めたマーサは主人の苦言に屈することもない。
 侍従長サリバンが間に入り、ワンピースを長めの膝下丈にすることと、タイツを当初マーサが用意した白レースからストイックな黒に変更することで、何とかヴィオラントを宥めすかした。
 そんなこんなで屋敷を上げて大騒ぎした末、ようやくスミレは茶葉屋のカウンターに立つことができるようになった。

 この日フリードは、少し前に傷めた足の調子が思わしくなかった。
 スミレは、彼が奥の安楽椅子にできるだけゆっくり座っていられるようにと、朝からほぼ一人で店を切り盛りしている。
 事前に注文を受けてフリードがブレンドしてある茶葉を、客が受け取りに来るのに対応するくらいなので、それほど大変な仕事ではなかったが、笑顔を絶やさぬ接客はそれなりに疲れた。
 スミレは猫かぶりが上手くて周囲の受けはいいものの、実際はそれほど人付き合いが得意な方ではないのだ。
 それでも、一生懸命な仕事ぶりをフリードに褒められると誇らしいし、笑顔を向けた客達が笑顔を返してくれると嬉しい。
 何より、屋敷を離れてヴィオラントの気配がまったくない空間で、一人改めて彼を想う時間が、スミレは結構好きなのだ。
 客達の世間話に時々混じる先帝陛下の話題に耳を傾け、退位してなおも不動の人気を肌で感じ、自分の夫の偉大さを知る。
 そうして、夕刻が近づく頃には彼が恋しくて堪らなくなり、フリードが店じまいをするタイミングでレイスウェイク家からは迎えが来る。
 それに飛び乗って帰路を辿り、ほっとしたような顔で出迎えてくれるヴィオラントに「ただいま」と抱き着く瞬間が、スミレはとても好きなのだ。
 それに、実はスミレは今、小さな野望を抱いている。
 彼女がフリードの店を手伝うのは、あくまで彼に紅茶の淹れ方を教わるお礼なので、給料をもらうことはない。
 フリードは少しでも受け取ってほしいと申し出たが、それにはスミレもヴィオラントも決して首を縦に振らなかった。
 そのかわり、店を訪れる客達がスミレに握らせるチップは、彼女が受け取ることになっていた。
 時々法外な金額を握らせようとするセレブな客もいたが、スミレはその場合は丁重にお断りし、お小遣い程度の小銭だけはありがたくいただいて貯金箱に貯めている。
 それがある程度貯まった時の使い道を、彼女はもう決めてあった。



「ところで、スミレ。実はそなたに相談があるんだけれど、聞いてくれるかい?」
「うん、なあに?」

 スミレとハニマリアが囲ったテーブルの上には、昨日スミレが自ら焼いた木いちごのタルトがのっている。
 サクサクのタルト生地に甘酸っぱい木いちごのジャムがのせられて、ストレートティにとてもよく合う。
 スミレは一度椅子から立ち上がって、タルトをワンカットお皿に盛りつけると、奥で寛いでいるフリードに持って行った。
 スミレのお菓子は、店主であり紅茶の師匠である彼はもちろんのこと、お得意さんである近所の老人達にも時々振る舞われ、たいへん喜ばれている。
 彼女がタルトの皿を置き、用意していたカップに紅茶を注ぐと、そっとそれに口を付けたフリードは「おいしいよ。上手に淹れられるようになったねぇ」と褒めた。
 それに嬉しそうに頬を綻ばせて戻ってきた少女を、ハニマリアもまた微笑ましい思いで迎えつつ、彼女が向かいの椅子に座り直したのを見届けると再び口を開いた。

「実はねえ、おばーちゃまはずっと、レイスウェイク家の周りの森の中に何か埋まってるんじゃないかって思ってたんだよ」
「ふんふん」
「大きな隆起があるし、あそこは随分古い地層だから、いろいろ貴重なものが出てくるに違いない」
「ふむふむ」
「鉱石や化石なんか、出てきたら面白いと思わないかい?」
「あんまり興味がないから分かんないけど、ようはおばあちゃま、掘りたいのね?」
「そう、そのとおり」

 大きく切ったタルトを豪快に口に放り込みつつハニマリアが頷くと、スミレは自分が淹れた紅茶のカップを持ったまま首を傾げた。

「でも、それってヴィーに頼まなきゃいけないことでしょ。地主はヴィーだもん」
「そうそう、そうなんだけどねぇ……」

 もちろん、ハニマリアもまずは土地の所有者であるヴィオラントに打診したのだが、即座に拒まれてしまったのだ。
 退位以来自分の身辺が騒がしくなるのを嫌う彼は、特にスミレを妻に迎えてからはそれが顕著になっている。
 ようやく手に入れた可愛い奥方と、何ものにも煩わされずに屋敷で静かに過ごしたいのだろう。
 確かにいざ掘るとなると、ハニマリアの部下も大勢屋敷の周辺をうろつくことにもなるだろうし、少しは騒がしくなるかもしれない。
 それを嫌がるヴィオラントの気持ちは分からなくもないと思いながらも、しかしハニマリアはすぐに引き下がるような性格ではなかった。
 彼女は、父親から受継いだ発掘会社の代表からはすでに引退していたが、相談役としてまだまだ経営に深く関わっているし、何より年を取っても衰えぬ好奇心が、新たな発見を求めてやまないのだ。
 考えたあげく、ハニマリアはスミレを味方に引き入れる手を思いついた。
 気難しい孫ヴィオラントを頷かせるのに、彼女以上に強力な助っ人がいようか。
 
「お願いだよ、スミレ。おばあちゃま一生のお願い! スミレからもヴィオラントに頼んでみてくれない?」
「ハニーおばあちゃまくらいの年齢の人に、“一生のお願い”とか言われたら、すんごく重いんだけど……」
「もちろんお礼はするよ。何がほしい? お人形さんかな? 絵本かな?」
「……おばーちゃま、私のこといくつだと思ってるの」

 子供扱いするハニマリアに口を尖らせたが、紅茶を一口飲んだスミレは気を取り直したように話を続けた。

「じゃあ一応、帰ったらヴィーに話してみるね」
「本当かいっ!? ありがとう、スミレっ!」

「よしよし、何をあげようかねぇ」とニマニマするハニマリアを見上げ、スミレは「あのね」と口を開いた。

「アメジストがあったら、一つ頂戴」
「アメジスト? 紫水晶のことだね」
「うん、そんなに大きいのじゃなくていいし、原石のままでもいい」
「ふむ、分かった。じゃあ手配しておくよ」

 そんなことを話していると、店の扉が開いて客が入ってきた。
 スミレは営業用スマイルを浮かべると、上機嫌にタルトを頬張るハニマリアを残して、席を立った。




 スミレが屋敷を空けた日は、ヴィオラントの機嫌はあまり芳しくない。
 元より無表情なのであまり周囲には分からないが、スミレは敏感に感じ取っている。
 そんな日のスミレは、夕刻屋敷に戻って彼にただいまのハグをし、着替えてから食堂で一緒に夕食をいただくと、大体翌朝まで傍から離してもらえない。
 体中に愛情を注がれ、息も絶え絶えに喘がされ、いつの間にか眠りに落ちてしまうのが常だ。
 けれど昼間のハニマリアとの約束を忘れなかったスミレは、この夜は必死に睡魔と戦い、ようやくヴィオラントの衝動が落ち着いた頃、眠い目を擦りつつ話を切り出した。

「あのね、ヴィー。今日は、お店にハニーおばあちゃまが来たの」
「……ハニマリア様が?」

 ハニマリアの名が出ただけで、何の話題か察しがついたらしいヴィオラントは、少しだけ難しい顔をした。
 スミレは、彼の眉間にできた皺を指先で伸ばしながら続ける。
 
「うちの周り、掘らしてあげなよ。掘るのはプロなんだから、後片付けもちゃんとやってくれるよ、きっと」
「……スミレがあの方の道楽に気を使う必要はない」

 快復していたはずのヴィオラントの機嫌がまたも暗雲に包まれ始めたのを感じ、スミレは気怠いため息をつく。
 
「そんなこと言わないでさ……とにかくちょっとだけ掘らせてあげれば、おばあちゃまも気が済むんじゃない?」
「だが、騒がしくなる。屋敷の周りを大勢がうろつくのは煩わしくてならん」
「じゃあ、少人数で地味に掘るならいい?」

 スミレの言葉に、今度はヴィオラントがため息をついた。
 
「おばあちゃまのお願い、聞いてあげてよ、ヴィー。私からもお願い」
「……スミレ」
「ねえ、お願い」
「……」

 そう言って、スミレの大きな瞳で見つめられるとヴィオラントも弱い。
 お互いまだ一糸纏わぬ姿のままで、直に触れ合う肌の温かさと心地よさを前に、これ以上の無益な問答は邪魔でしかなかった。
 ヴィオラントはもう一度大きくため息をつくと、スミレの裸の背中を抱き寄せ、その繊細な曲線を撫でながら「……わかった」と、渋々頷いた。

「やった! ありがと、ヴィー」

 とたんにぱっと顔を輝かせて、ちゅっと頬に唇を押し付けてきたスミレに、ヴィオラントは一瞬にして煩わしい話題から意識を逸らした。
 そして、頬に可愛いキスをした彼女の唇を性急に食む。
 そのまま夢中で舌を絡める彼は、後日屋敷の門の外で行われる発掘作業になど興味はなく、自分には関係のないことだと思っていた。

 まさか、それが自分を激怒させることになろうとは、その時は夢にも思ってはいなかった。
 




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2012.02.14(Tue) 23:27        さん   #         

ありがとうございますv

> 苺様
はじめまして。蔦姫読んでいただきありがとうございますv
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
蔦王書籍の方もご予約ありがとうございます!
精一杯頑張って完成させましたので、こちらも楽しんでいただければ嬉しいです。
今後とも、どうぞよろしくお願い致します。
苺様もお体どうぞご自愛下さいませ。

2012.02.15(Wed) 21:47       ひなた さん   #-  URL       

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