五臓六腑

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蔦姫と蜂蜜1

『瑠璃とお菓子』の「瑠璃とケーキ」前後の、蔦姫サイドの裏話です。 少しだけ続きます。


 大国グラディアトリアの帝都では、碁盤の目のように舗装された道が敷かれている。
 最も大きい通りは、皇帝陛下の住まう王城と、帝都の北東に位置するレイスウェイク家の領地を繋ぐ。道の両脇には多くの商店が建ち並び、行き交う人々の顔には活気が溢れていた。
 そんな中でも老舗中の老舗、皇家とも縁の深い茶葉師フリードの店は、レイスウェイク家の領地と大通りを繋ぐ橋からすぐの場所にあった。
 実はここ最近、このフリードの茶葉屋に可愛らしい女の子の店員がいると、常連客の間で噂になっていた。
 亜麻色の長い巻き毛を両耳の下でそれぞれ結び、白いフリルのヘッドドレスを頭に載せ、濃紺のワンピースの上の白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスがよく似合う。
 けぶる黒い睫毛に縁取られた瞳の色は、世にも珍しい紫色に見えるとの噂。
 とにかくお人形のように可憐で、その笑顔を向けられれば客達の財布の紐も緩むというものだ。
 ただし、彼女はどうやら毎日店に立っているわけではなく、十日のうちに三日ほどの割合で不定期に現れる。
 客達は彼女の正体と次にいつ店に立つのかを頻りに知りたがったが、フリードは笑顔を浮かべてはぐらかすばかりで、決して口を割ろうとはしなかった。
 それゆえ、彼女はさる高貴な家の令嬢で、花嫁修業にフリードに茶の淹れ方を教わるついでに店を手伝っているのだと、人々は勝手に想像を膨らませて、勝手に納得するようになっていた。
 

 この日も、フリードの店は華やいでいた。
 彼の店の客層は幅広く、上は皇族に始まりレイスウェイク大公爵家や四公爵家にも贔屓にされ、そうかと思えば、農家の食卓でも気軽に楽しまれていたりする。
 店の中には、フリードが世界中を飛び回って買い付けた数百種類の茶葉を陳列した棚と、接客のためのカウンター、それから小さいながらも座ってお茶を楽しむための席が用意されている。
 今日は女性が一人そこに腰かけ、紅茶のカップを傾けていた。
 透けるようなプラチナブロンドの髪を背中に流し、シンプルだが上品なドレスを纏ったその人は、年齢を重ねているが非常に整った容姿をしている。
 彼女は形のよい唇からカップを離すと、そっとそれをソーサーの上に戻し、一人の常連客を扉の前で見送っていた少女に向かって声を掛けた。

「ねえ、スミレ。ちょっとおいで」
「なに? ハニーおばあちゃま」

 扉を閉めると、少女はくるりとエプロンドレスの裾を翻して振り返った。
 彼女の名前はスミレ。
 何を隠そう、かの先帝陛下、レイスウェイク大公爵ヴィオラントの愛妻、スミレ・ルト・レイスウェイクである。
 そして、彼女を呼んだ年配の女性の名は、ハニマリア・オル・リュネブルク。
 前リュネブルク公爵アルヴィースの妻で、ヴィオラントの母方の祖母だった。
 ハニマリアに手招きされて、スミレは彼女の向かいの椅子に腰を下ろした。
 ちょうど客足が途切れ、その時店の中には彼女達だけになっていた。
 笑顔で接客し続けていたスミレは、ようやくほっと一つため息をついた。

「看板娘が板についてきたねえ、スミレ。それにしても、よくあのヴィオラントがそなたを外に出したものだ」
「説得するの、大変だったよー」


 ヴィオラントの妻への溺愛っぷりは、有名な話である。
 スミレが一人で街を散策するなどもってのほかで、身内以外が彼女に触れるのさえ許さない。
 しかし、好奇心旺盛な年頃の少女が、彼の腕という檻の中でずっと大人しくしているなど、到底無理な話である。
 スミレはいつぞやフリードの淹れるお茶の美味しさに感動して、ずっと彼に淹れ方を習いたいと思っていた。それをヴィオラントに打ち明けると、彼もフリードとは親交が深く、その店がレイスウェイク家の敷地のすぐ近くということで、伴をつけることを条件に許可を出した。
 フリードの方もスミレの願いを快く引き受け、月に数度の割合でスミレは彼の店に通い始めた。
 そんな日は、スミレは帰ると決まってその日の上達ぶりを披露しようとお茶を淹れ、ヴィオラントも愛らしい妻の楽しそうな姿に目を細める。
 ただし、スミレは実は非常に律儀な国民性を持った国の生まれであった。
 フリードはヴィオラントが授業料を渡そうとしても決して受け取らず、それどころか「スミレ様がいらっしゃると、古ぼけた店が華やいでありがたい」と喜ぶのだ。
 世話になってばかりで心苦しいと思っていたスミレは、その時はっと思いついた。
 フリードの店は、彼とその息子の二人きりで切り盛りしているのだが、年を取ってすっかり足腰の弱くなった父親の代わりに、息子は仕入れに各地を飛び回る日も多かった。
 その間、店に立つのはフリード一人で、お茶を習う日は時々スミレもそれを手伝うこともあった。
 それまで彼女に働いた経験はなかったのだが、フリードの店の客達は身分に関わらず行儀がよく、スミレにとってその時の接客が意外に楽しかったのだ。
 だから、せめてフリードが一人で店番をする日だけでも店を手伝いたいと願い出た。
 もちろん、フリードは恐縮しつつも大歓迎だったが、やはり彼女の夫が難色を示した。

「ままごと遊びではないのだぞ。店に立つということは、フリードの生活に関わるということになる。そこまでの責任を背負って仕事をしたことなど、そなたにはまだないだろう」

 それまで、お茶を習うついでに店を手伝っていたことも知らなかったヴィオラントは、そう言ってスミレを叱った。
 彼女に厳しい顔を向ける時のヴィオラントは、夫ではなく保護者である。
 彼はスミレを妻としていただく際、親代わりを務めた彼女の兄に、時には厳しく諭すことも必要だと説かれていた。
 まだ世間を知らない幼い妻を律し、正しく導くのは彼の役目。
 けれどそんなヴィオラントの言葉に、真剣な顔をしてまっすぐに視線を返し、スミレは訴えた。

「ちゃんと分かってる、中途半端な気持ちで手伝うなんて言わないよ。一生懸命務めます」
「……」
「フリードさんにも、もちろんヴィーにも迷惑かけない。約束します」

 そう言って、強引に小さな小指を絡めて「指切りげんまん」する妻に、ついにヴィオラントから本音が飛び出した。

「そなたを不特定多数の視線にさらすなど、私は我慢できない」

 ヴィオラントはスミレを抱き竦めると、その柔らかな髪に鼻先を埋めて大きくため息をついた。
 彼の可憐な妻の容姿は、とにかく目立つ。
 この世界では珍しい黒い髪に、ヴィオラントと同じ稀少な紫色の瞳。
 愛玩人形クリスティーナによく似た愛らしい顔立ちは、誰もが一目見たら忘れられまい。
 あどけない言動には振り回されるのさえ心地よい。
 壊れそうに華奢な肢体は魔性を宿し、飽く事なくヴィオラントを翻弄する。
 とにかく彼は、ただでさえ視線を集めるスミレが余計に注目を浴びるような事態は避けたいのだ。
 それは夫としての独占欲によるものが大半であるが、過去にその容姿に魅せられた者に勾引された事実もあるし、ヴィオラントの心配が尽きることはない。
 スミレの願いは大体は二つ返事で聞き入れる彼も、この時ばかりは「駄目だ」の一点張りで口を引き結んだ。


 
「予想通りの反応だね。でも結局は説得できたから、スミレは今ここにいるのだろう? どうやったのか、教えておくれよ」

 スミレのアルバイトを巡るこれまでの経緯を聞いたハニマリアは、好奇心を抑えられない。
 このお人形のように愛くるしい少女が、一体どうやってあの扱いの難しい孫を大人しくさせたのか、気になって気になって仕方がなかった。
 スミレはそんなハニマリアに「うふふ」と微笑むと、周囲に誰もいないというのに内緒話のように小さな声で耳元に囁いた。

「最終的には、女の武器を使いました」
「というと?」
「泣き落としたの」
「なるほど。やるね、スミレ!」



 頑なに、スミレのアルバイトを拒むヴィオラントに対し、彼女は攻め方を変えることにした。
 抱き寄せられた彼の胸元で、まずは「すん」と鼻をすすってみる。案の定、背中に回ってベルトのように拘束していた彼の腕がピクリと反応した。
 次いで、おずおずと顔を上げると、少し戸惑ったような視線が降ってくる。この時、既にスミレは女優へと変身済みだ。
 大きな紫の瞳は涙で潤み、綺麗に切り揃えられた前髪の下では眉が八の字を描いていた。
 
「……スミレ」
「あのね、お兄ちゃんはずっとアルバイトさせてくれなかったの。お友達は皆していたのに、私だけ絶対駄目だって……」
「……」
「ヴィーなら……ヴィーならきっと、分かってくれると思ってたのに……」

 すっかり下瞼の上に涙が溜まった頃、今だとばかりにスミレが瞬きすると、薔薇色の円やかな頬の上を大粒の涙が零れ落ちた。
 それが、とどめとなった。

 天を仰いで大きくため息をついたヴィオラントが、結局折れる結果となった。




「私、三秒で泣けるから」
「おやまあ、この小悪魔ちゃんめっ!」

 スミレの話を聞いたハニマリアは、腹を抱えて笑った。




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Comments

スミレちゃんの家名が結婚前の家名になってる様ですが…

2012.02.13(Mon) 15:36       ひろ さん   #-  URL       

ありがとうです!

>ひろ様
わっ!ほんとだー。教えていただきありがとうございます!すぐに直しまーす。また続きも読んでいただけると嬉しいですv

2012.02.13(Mon) 22:06       ひなた さん   #-  URL       

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2012.02.14(Tue) 01:22        さん   #         

いいえ~v

> ひろ様、お気遣いいただきありがとうございますv 今後ともどうぞよろしくお願い致します!

2012.02.14(Tue) 22:07       ひなた さん   #-  URL       

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