五臓六腑

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二月二日は何の日?

「蔦王」・「瑠璃とお菓子」の2カップルコラボ小話。




「たいへんたいへん、ヴィー」
「どうした、スミレ」
「みみ、みみ! 耳が生えちゃった!」
「うん?」
「ねこちゃんの耳っ!」

 菫が言う通り、彼女のふわふわの黒髪の中から、にょきにょきと三角形の猫のような耳が生えている。
 黒い毛並みに、耳の内側だけが白色で、見え隠れする素肌はピンク色。
 驚いたヴィオラントが彼女を抱き上げてみると、膝下丈のふんわりスカートの後ろから、ぴょんと長い尻尾まで飛び出した。

「これは一体、どういうことだろうか……」
「あれかな、今日はにゃんにゃんの日だからかな?」
「にゃんにゃん?」
「今日は日本のカレンダーでは二月二日。二が二つで“にゃんにゃん”だよ」
「ふむ、理屈は分からぬがそういうことにしておこう。……それにしても」

 菫の世界の語呂合わせにはすっかり慣れっこのヴィオラントは、それ以上深く考えるのを放棄すると、目の前の妻の姿をじっと見つめた。
 いつもと変わらずたまらなく可憐な少女は、大きなアメジストのような瞳をぱちくりさせて、自分の身に起こった異常事態に戸惑っているようだ。その心を映し出すかのように、頭に生えた猫耳はぴくぴく、長くしなった尻尾はゆらゆらと揺れている。
 菫を片腕一本で抱き直したヴィオラントは、空いた片手で尻尾の方をわしっと掴んだ。

「――っ!?」
「ほう……神経がちゃんと通っているのだな。それに温かい」

 上質のビロードのような手触りのそれを握り込み、ヴィオラントは根元から先まで手をスライドさせた。
 腕の中でびくりと震えた菫の頬が、みるみるうちに真っ赤に染まる。
 彼女はそんな自分の反応に戸惑った顔をして、縋るようにヴィオラントの首筋にしがみついてきた。
 そうすると、黒髪から生え出た猫の耳が、ちょうど彼の唇をくすぐる。
 もちろん、すかさずヴィオラントはそれを食んだ。

「にゃっ!?」
「おや、こちらも敏感なようだ」

 耳の内側の白い毛は特に柔らかく、それを掻き分けるようにしてその下の素肌を舐めると、菫はヴィオラントの舌が触れる度にビクビクと震え、まるで本物の猫のようにニャアニャアと甘く切なく声を上げた。
 それを聞いては、ヴィオラントもたまらない。
 彼はベッドへ向かう時間さえも惜しいのか、すぐ近くにあったソファの上に菫を寝かせると、ふるふる震える尻尾を巧みに強弱をつけて扱きながら、甘い吐息を零す唇にかぶりついた。
 歯の隙間を抉じ開けて舌を潜り込ませ、奥に縮こまって怯えていた彼女の舌を捕まえる。
 濡れた音を立てて絡ませると、頭上では猫の耳がぴくぴくと反応した。
 ヴィオラントはそんな様子に目を細めて夢中で口付けながら、尻尾を掴んでいない方の掌を彼女の太ももの内側に這わせ始めた。

 ところが


「お取り込み中、失礼します」


 そう告げて、ノックもせずに乱入してきたのは、ヴィオラントの上の弟クロヴィスだった。
 大国グラディアトリアの現役宰相閣下は、いつも通り完璧に整った格好で颯爽と現れたが、いちゃいちゃタイムを邪魔されてため息をついたヴィオラントと、ようやく尻尾を解放されてほっとした菫は、そんな彼の姿にぎょっとした。

「いやあ! クロちゃんってば、呪われてるっ!」
「それはお互い様でしょう」

 菫が叫んで指差したクロヴィスの頭には、彼女同様あり得ないものが生えていた。
 にょきにょきと、猫の耳が。
 ただし、彼のそれは毛が短めで、耳の先はすっと尖ってあまり可愛らしいという感じはしない。
 尻尾も同様細くしなやかで、髪と同じ金色をしている。

「クロヴィス……」

 妻の猫姿には盛大に萌えたヴィオラントも、弟のそれにはさすがに幾分口の端を引きつらせた。

「クロちゃんに猫耳とか、一体何の罰ゲーム? っていうか、猫耳への冒涜だっ!」
「私にだって、わけが分かりませんよ。朝起きたらこうなっていたんです」
「呪いだね。間違いない」
「わけが分からないことは大体スミレの仕業だと思ったので、こちらにお邪魔しました」
「いまちょっと、さらっと失礼なことを言ったね、クロヴィス君」

 もちろん、菫にだって自分達に猫の耳と尻尾が生えた理由など分からない。
 慎ましい胸を張って「原因なんぞ知らん」と偉そうに答えた彼女に、クロヴィスはやれやれ困りましたねとため息をついた。

「あの……」

 そんな彼の背後から、恐る恐る顔を出した人物がいた。
 その者は、ソファに座ったヴィオラントの膝の上にちょこんと乗せられた菫の姿を見つけると、ぱああっと顔を輝かせて叫んだ。

「まあっ、スミレ様! なんて可愛らしい猫ちゃんでしょう!」
「あっ、ルリさんだー。ルリさんいらっしゃい」
「ふむ、ルリは変わりなしか」

 その人物とは、皇太后エリザベスの侍女で、最近クロヴィスの恋人となったルリだった。
 ヴィオラントの言う通り、彼女の方には猫化した様子はない。

「猫の耳と尻尾が生えたのがルリならば、何の問題もなかったんですがね……」
「問題あります、クロヴィス様!」
「大丈夫。鈴の付いた首輪をはめさせ、よそへなど絶対に行かせません。ずっと私の膝に乗せて可愛がりますよ」
「……」

 そう言って微笑むクロヴィスの猫耳が、その時のルリにはジャガーの耳に見えた。同じネコ科でも、そちらは大型で獰猛だ。うっと口を噤んで頬を赤らめたルリに、クロヴィスは実に楽しそうな顔をした。 
 そんな二人の姿を眺め「あっちもラブラブだねえ」と菫が呟いていると、椅子代わりの男の膝の上に無防備に置かれていた尻尾を、突然後ろからむんずと掴まれた。

「――にゃっ……!」

 とたんに猫のような悲鳴を上げて竦み上がった菫に、それを正面から見ていたクロヴィスとルリは目を瞬かせた。
 ヴィオラントは掴んだ尻尾を再びゆるゆると扱きながら、頬を真っ赤にした菫を後ろから抱き締め、弟とその恋人に向かって言った。

「この状況の意味は分からぬが、おそらく今日という日が――“にゃんにゃんの日”が過ぎれば万事元通りになるだろう」
「にゃ……にゃんにゃん!?」

 クロヴィスは兄の口から飛び出した、兄には恐ろしく不似合いな気が抜けそうな言葉に、唖然とした。
 しかし、当のヴィオラントに構う様子はなく、クロヴィスとルリに見せ付けるように、手の中に握り込んだ菫の尻尾を弄び、ふるふる震える猫の耳を後ろから食んだ。

「あ、兄上……?」
「せっかくだから、この状況を楽しめばよい」

 戸惑うクロヴィスと、それに愉快そうに目を細めたヴィオラント。そして、今まで経験したことのない感触に身体に力が入らない菫と、先帝陛下の有り難いお言葉を鵜呑みにしたルリ。
 クロヴィスの後ろに立っていたルリは、ずっと気になって気になって仕方のなかったものに、ついに手を伸ばした。

「――っ! ……ル、ルリ!?」
「クロヴィス様……触られてるの、分かるんですか?」

 ルリが掴んだのは、クロヴィスの上着の裾から飛び出していた、金色の毛並みをした長い尻尾だった。
 それをルリは、ヴィオラントを真似てすううっと先まで扱いてみた。
 とたん、菫と同じようにびくりと竦み上がった宰相閣下は、思わず壁に手を付いて我が身を支えた。

「ルリっ……!」
「どんな感じがするんですか? クロヴィス様?」

 ルリは瑠璃色の瞳を無邪気な様子で瞬かせると、わずかに上体を折って振り向いたクロヴィスの頭の上のつんと尖った三角形の耳を、背伸びをしてさわさわと撫でた。もちろん、片手には尻尾を握ったまま。

「――っ!」

 クロヴィスは鋭く息を呑んだかと思うと、次の瞬間がばりとルリの身体に覆いかぶさった。いや、襲いかかったという方が正しいだろうか。

「ク、クロヴィス様?」
「……ルリが、火をつけたんですからね。責任、取ってください」

 そして、びっくりした彼女を有無を謂わさず抱き上げ、眼鏡の奥でいつもは涼やかな瞳を爛々とさせたクロヴィスに、何もかも心得たような彼の兄が声をかけた。

「我々は奥の寝室に行く。そなた達はこの部屋を使っていいぞ、クロヴィス」
「ありがとうございます、兄上」
「ああ、くれぐれも扉に鍵をかけるのを忘れぬようにな。うちの者達を驚かせてはいけない」
「もちろんです」

 ちなみに、今彼らがいるこの部屋は、菫の実家たる野咲家のリビングと繋がっているが、あちらの住民は仕事に行って夜まで帰らないので、鉢合わせする心配はない。
 そっくりな顔をして頷きあった兄弟は、それぞれ大切な相手を腕に抱いて、それぞれの場所に移動した。


 その後

 それぞれの密室で、発情した兄弟の気が一通り済んだ頃、菫とクロヴィスの猫耳と尻尾は消えた。
 クロヴィスはやけに清々しい顔をして、耳まで顔を赤くしたままのルリを抱いて城に戻っていった。
 菫も怠い身体をベッドの上でごろごろさせながら、傍らで機嫌の良いヴィオラントに向かって、「そういえば」と口を開いた。

「今日はね、夫婦の日でもあるんだって」
「ほう」
「クロちゃんとルリさんも、早く結婚しちゃえばいいのにね」
「そうだな」

 そんな会話を交わしながら、“にゃんにゃんの日”も“夫婦の日”も両方満喫した二人は、そっと微笑み合ってキスをした。
 


<終>
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