五臓六腑

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純潔の乙女



「……」

 さて、自宅に辿り着いたイヴとその一行であったが、彼らは玄関の扉の前で逡巡していた。
 カポロ婆さんが残してくれた家はなかなか立派で、大きめの玄関扉には呼び鈴が取り付けられている。
 それが今、誰も手をかけていないというのに、ひとりでに震えてリンリンリンリンと音を立てているのだ。
 いや、震えているのは呼び鈴だけではない。
 扉はもちろんのこと壁から屋根にいたるまで、家屋全体がガタガタと小刻みに揺れているのだ。
 イヴやフェンリルにも、今朝この家に仲間入りしたばかりのシドにも、その原因が何なのかは予想がついた。
「実に禍々しいな。これは、相当お怒りだぞ」
「まあ、そうだろうね……」
 呆れたように呟いたシドを見ずに、イヴもうんざりとした様子で頷いた。
 目の前の扉を開けば、たちまちに視界に飛び込んでくるだろう光景を、イヴは簡単に想像することができた。
 おそらくそれは、怒りや嫉妬に塗れたブロンド髪の男の、世にも恐ろしい形相に違いないだろう。
 出掛ける前、口やかましく絡んできた幽体ウォルスに、イヴは即席の護符を貼って遠ざけた。
 修行を積んだ高僧が書いたものほど強力な効き目はなく、そろそろ彼も元通りに復活を果たしている頃だろう。
 盛大にまき散らされている彼の怒りが、家全体を震わせているのだ。
 ウォルスは、家の外に出ることはできない。
 なぜなら、イヴが家の外壁の四つ角に護符を貼って、結界の中に彼を閉じ込めているからだ。
 信心深いラムールでは、ゴーストは恐れられる。だから、ウォルスの存在は村人には内緒なのだ。
 一方、魔物たちは元々受け入れられているので、すべての存在がオープンになっている。
 ウォルスにしてみれば、不公平な扱いに思えるだろう。

「――うん。もうちょっと、熱りが冷めてから家に入ろう」
「……そうやって、面倒を後回しにする性格は直したほうがいいと思うぞ」
 怒りマックスなウォルスと対峙するのを放棄したイヴは、玄関扉を開けずに家の裏に向かった。
 シドとフェンリルは、呆れながらもそれに付いて行く。
 途中、小さな池の淵を通ったが、先ほどの泉に通じているそこにアグネの気配は感じられなかった。
 この後やってくるであろう上客に、人魚が営業スマイルを向けてくれる可能性は、皆無だろうか。
 いまだビリビリと震える外壁を回ると、ちょうど玄関からは真裏のあたりに小屋が一軒建っていた。
 どうやら、厩舎のようだ。
「馬を飼っているのか?」
 荷物を抱えたままイヴの後ろを歩いてきたシドの目に、ラメが混ざったようにキラキラした白い毛並みと、金色のたてがみの美しい馬の姿が飛び込んできた。
 しかしよくよく中を見てみれば、それはただの馬ではなかった。
「――ほう。一角獣か」
 額の真ん中から一本長い角が生えたそれは、一角獣――ユニコーン。
 神話の中でも語られる高貴な獣だが、彼らも魔物の一種だ。
「よく、こいつを飼えたものだな……ああ、イヴは処女だったか」
「そうだよ、悪い?」
 ユニコーンは、非常に獰猛で高慢な魔物で、飼いならしがきかないと有名なのだ。
 ただ、未通の乙女にだけは懐き、その懐に抱かれれば大人しくなると言われている。
 処女と言ってニヤリとしたシドからツンと顔を背けると、イヴは厩舎の中の魔物を手を伸ばして撫でた。
「オルヴァさん、ただいま。エヌーおじさんに、ニンジンいっぱい貰ってきたよ」
「うむ、ご苦労。エヌーには、改めて礼をせねばならんな」
 イヴが“オルヴァ”と呼んだ一角獣は、キリリとした目元が理知的で、さらさらのたてがみが長く前髪のように額を覆い、実に男前。
 思い掛けず人語を紡いだ声は低く重厚で、落ち着いた大人の男の雰囲気を醸し出し、“凶暴”の二つ名とはほど遠く感じられる。
 しかし、好物であるニンジンがいっぱいに詰まった袋を持っていたのが、見知らぬ人型の魔物であると知ったとたん、赤い瞳は剣呑に眇められ、長い鼻面に皺を刻んでシドを威嚇した。
「イヴ、その男は何者だ。わしに相談なしに、迂闊に高位の魔物と関わってはならん」
 オルヴァは厳めしい顔をして、我が子を叱るようにイヴを嗜めた。
 それに対し、彼女が幼馴染みの保安官ロキに答えたのと同じように、フェンリルが拾ったんだもんと返すと、ユニコーンもまた銀狼を責めるように睨んだ。
 しかしイヴが、「まあまあ、ここはおひとつ」と言って荷物の中身を差し出すと、オルヴァの視線はそちらに釘付けになった。
 よっぽど好きなのだろう――ニンジンが。
 彼はわざとらしくこほんと咳払いすると、イヴが手にもったそれをがじりと齧り、もごもごと咀嚼しながらシドを胡散臭そうに睨んだ。
「貴様、属性は何だ? 魔力が膨大なのは分かるが、正体が掴めん」
「さあな。土に埋まっている間に皆忘れてしまったようで、俺にも分からん」
 オルヴァは、数百年を生きた一角獣らしく博識だったが、そんな彼でもシドが何者なのかは知らないようだ。
 しかし、記憶喪失に不便も不安も感じていないらしいシドは、まったく困った様子もなかった。
「シドは料理が上手いんだ。うちの料理番に就任したから、仲良くしてね」
「なにっ……!? イヴ! そなた、この男を家の中に住まわせるつもりかっ!?」
 家長であるイヴはすでにシドを認めたようで、化け物屋の仲間であり家族でもあるオルヴァにも、彼を紹介した。
 だが年頃の娘と、得体の知れない人型の雄の魔物が一つ屋根の下などと、オルヴァが頷けるはずがない。
 彼はくわっと目を剥いて、イヴに詰め寄った。
「そうだけど?」
「なっ……ならんならん、ならーんっ!」
「だって、部屋余ってるし。三食作る他にも、掃除と洗濯と買い物させる気だし」
 足元の飼葉をガツガツと踏みつけて抗議するオルヴァに対し、危機感の薄いイヴの答えはどこまでものん気だ。
 さりげなく彼女がもらした、新入りをこき使おうと企む本音に、シドは「おいおい、俺は家政婦か?」とため息を吐いた。
「そなたの貞操が奪われでもしたらどうするっ! 絶対に許さんっ!」
 続けて目を血走らせたオルヴェがそう叫ぶと、イヴはきょとんと瞳を瞬き、首だけ振り返って背後のシドに問うた。
「シド、私の貞操を奪う予定がある?」
「さあ、どうかな?」
 それに対して、シドは否定も肯定もしなかったが、オルヴァはやはり「ならーん!」と繰り返した。
「大丈夫だよ、フェンリルがいるし」
「……」
 オルヴァを宥めるようにたてがみを撫でながら、そう言って無邪気に信頼をよこすイヴから、何故かその時フェンリルは気まずそうに視線を逸らした。
「……うん?」
 それに気づいて疑問を抱いたのは、シドだけだった。
 イヴは、なおも納得できずに苦言を繰り返そうとするオルヴァの口に、せっせとニンジンを押し込んで黙らせるのに忙しい。
 大好物をたんまりと与えられたユニコーンは、そのうちすっかり骨抜きになってしまった。
 イヴはさらに彼を懐柔しようと、その額から突き出る立派な角に手を伸ばして、さわさわと撫でた。
「――あっ! あっあっあっ、あああ、イヴぅ~」
「変な声出さないでよ、オルヴァさん」
 一角獣の角は敏感で、オルヴァの場合は性感帯にも等しい。
 そう簡単に他人に触れさせない部位を、イヴには無防備に撫で回されて身悶えした。
「ちょっと伸び過ぎだね、角。あとで、少しだけ削ってもいい?」
「あっ……! いっ、いいっ……ぞ……!」
 さらに、ユニコーンの角には強力な解毒作用があり、イヴの薬作りにも一役かっている。
 放っておけばどんどん伸びていくそれをヤスリで削って、できた粉末はそのまま解毒薬になるし、少量ずつ他の薬に混ぜれば腹下しや高熱にも効く。
 水を浄化する力もあるので、濁った泉などにふり入れて使うこともある。
 当然、やすやすと人間に角を削らせたりはしないユニコーンだが、純潔の乙女――イヴの膝に抱かれて角の手入れをされるのは、至福の一時。
 呼吸を荒げて熱い吐息をもらし、腰は砕けて足は震え。その時のオルヴァには、普段のダンディさは見る影もない。
「ニンジンはおいしい? オルヴァさん」
「ああ……最高だな……」
「良かったね。全部食べちゃっていいよ」
 甘い快楽の予感に、鼻息を荒くしながらニンジンを貪る魔物に、イヴはまた飽きずに次々とそれを与えた。
 そんな様子を後ろから眺めていたシドは、この家の料理番として食材を確保しよう動く。
 新鮮なニンジンは、料理に入れると彩りがよく、栄養も豊富な根菜だ。
 ところがイヴは、伸びてきたシドの手からそれを遠ざけた。
「おい、そいつにニンジンをやるのはいいが、料理にも使うからせめて一本残しとけ」
「ぜぇーんぶ食べていいのよ、オルヴァさん」
 イヴはシドの言葉を無視して、ニンジンをひたすらオルヴァに捧げた。
 それに、シドはあることに思い至った。
「イヴ……お前もしかして、ニンジンが嫌いなのか?」
「……」
 どうやら、図星のようだ。
 彼女は口を噤んで、シドの視線から顔を逸らせた。
 足元で、彼女の保護者のような銀狼が、やれやれという風にため息を吐いた。
「ほう、なるほど……」
 シドはそうと呟くと、鋭い犬歯を覗かせて魔物らしい笑みを浮かべた。
 そして、イヴが抱え込んでいた袋の中に強引に手を突っ込み、大きな掌にニンジンを数本わし掴んで引き抜いた。
「――っ、シド! いや……っ」
「好き嫌いはいけない。お嬢様の料理番としては、黙っちゃいられないな」
 意地悪く口角を引き上げ、そう宣言したシドを見上げたイヴは、べそをかいたような実に情けない顔をした。
 それがどうにも堪らなく可愛く見えて、シドは思わず、彼女のストロベリーブロンドをわしゃわしゃと撫で回していた。



 




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