五臓六腑

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君が好き




「そういえば、イヴちゃん。例の放蕩息子、また来てるよ」
「またぁ!?」
 清算した商品を袋に詰めながら、エヌーは思い出したように口を開いた。
 彼の言う「例の放蕩息子」とは、ラムール村を含め周辺の五つの地を治める領主、シュザック家の末息子ハグバルドのことだ。
 領主シュザック候はとても人徳のある方で、五つの町村の自治を尊重しつつ、それぞれの長との連携も怠らない。
 しかし、末の息子は彼が随分年老いてからできた子供で、だいぶと甘やかして育てられたらしく、二十歳になった今でも仕事もせずに毎日ぶらぶらしている。
 そんな彼が、ラムールのような田舎の村に何の用なのかというと――
「また、アグ姐さん口説きに来たのかな……」
「それ以外に、ここに来る理由はないもんねえ……」
 アグ姐さんことアグネは、イヴの側にいる魔物の一人だ。
 そして、エヌーに取り寄せしてもらった、Eカップブラジャーの依頼主でもある。
 アグネは、とある事情というか特性上、イヴの家の中には住めないので、すぐ側の別の場所を住処としている。
 そしてそんな彼女に、ハグバルドは激しくご執心なのである。
「ってことは、やっぱりうちにも来るよねえ……」
「だろうねえ。例にもれず、村に滞在中はうちの実家――村長宅に宿泊するらしいけど、イヴちゃんの所にまた入り浸ることになるだろうねえ」
「いやだなー、面倒だなー。また、アグ姐さんへそ曲げるだろうし」
 領主の息子からの猛アプローチにも、魔物のアグネは靡かない。
 それどころか、ハグバルド自身をひどく毛嫌いしているので、彼が来ると一悶着も二悶着も必ずあって、わずらわしいのだ。
 けれど、彼は金持ちの親のすねをかじっているので資金は潤沢。ラムール村に来る度に、エヌーの店にも大金を落としていく上客である。
 世話になっているエヌーのためにも、イヴもあまりハグバルドを邪険にはできないのだ。
「まあ、無理してアグネさんを連れ去る勇気もないだろうし、そのうち諦めて引き上げるだろうさ。イヴちゃんも営業スマイルで頑張って。――あ、これ、ニンジン。新鮮なのが入ったから持って帰って」
「わ! ありがとう、おじさん。ニンジンきらしてたの、忘れてた」
 エヌーは大きな袋いっぱいに、ニンジンを詰めて渡してくれた。
 イヴが無類のニンジン好き、というわけではない。
 これもまた、彼女の家に居候する、とある魔物にくれてやるのだ。
 

 荷物を受け取って店の外に出ると、フェンリルが待ちくたびれたように立ち上がっていた。
 イヴが「お待たせ」と言って額を撫でてやると、銀狼はくうんと甘えた声を上げたが、彼女が思い出したように「ハグバルドがまた来るよ」と言うと、鼻面にぎゅっとしわを寄せた。
 放蕩息子は、銀狼にも評判がよろしくないらしい。

「――っ……イヴっ!?」

 その時、背後から大きな声がかかった。名を飛ばれたイヴと、フェンリルと荷物持ちになったシドも振り返った。
 後ろに立っていたのは、若い男だ。
 軍服のようなかっちりとした詰め襟の制服と、制帽。
 立派な腕章は、ユングリング国家治安庁に属すことを示し、直属の上司である領主シュザック候より任命されたラムール村唯一の保安官。
 エヌーの一人息子で、村長の自慢の孫。そして、イヴの一つ年上の幼馴染みでもある、ロキだ。
 彼はヘーゼルの瞳をこれでもかというほど見開いて、イヴ達を凝視していた。
 しかし、腰に帯びたサーベルががちゃりと立てた音にはっと我に返ると、ロキは今度はじろじろとシドを見てから口を開いた。
「イヴっ、彼は何者だ? 村の外から客人がある時は、署に届けを出しておけって言っただろう!」
 小さな村の治安を守るため、ラムールの保安官は代々外から入ってきた人間には注意する。もちろん出入りは自由だが、最低限名前と身分は確認している。
「だって、客じゃないから。人間でもないし」
「――なに?」
 ただし、それはユングリングに戸籍を持つものだけ――つまり、魔物は管轄外だ。
 シドの魔物の証である赤い目を確認したロキは、額に青筋を立てて幼馴染みを怒鳴りつけた。
「お前っ、またわけの分からないもの拾ってきてっ!!」
「私のせいじゃないよ、フェンリルが見つけたんだもんっ!」
 そんな彼に反論しつつも、イヴはフェンリルを盾にした。
「フェンリルっ!!」
「……」
 熱くなったロキは銀狼をも怒鳴りつけようとしたが、詰め寄った顔をふさふさの白銀の尻尾でべしりと叩かれ、「うっ……」と呻いて後じさった。フェンリルの尻尾の毛並みは、意外に堅い。
 ロキは制帽を脱いで、苛立ったように亜麻色の短髪をかき上げた。
 精悍な顔立ちは、大きな町を歩けば女子達が視線をよこすほど整っているが、今は盛大にしかめられてそれも台無しだ。
 彼は、自分を落ち着けるように大きくため息を吐くと、極力冷静を心掛けてイヴに問うた。
「……その魔物、どうする気だ」
「もう拾っちゃったから、仕方ないからうちで飼うことにした」
「飼うって、お前っ……! 一人暮らしの女の家に、男を住まわせるなんてっ……!」
 ロキの装った冷静は一分も保たずに崩壊し、ついに剣に馴染んだ彼の大きな掌が、イヴの両肩を掴んだ。
 その華奢な感触と、咎めるように銀狼の後ろ足に脛を蹴りつけられて、掴んだ手に力を込めることはなかったが、愕然とした彼の手は震え、顔色は真っ青だった。
 しかし、そんな相手の衝撃や動揺にはおかまいなしのイヴは、
「だって、フェンリルが認めたんだし、悪いことはしないよ。それに、料理が上手いんだ」
 と、どこまでものん気に答えた。


 結局ロキは、他の村人達のようにただの料理人としてシドを受け入れはしなかった。
 しかし、「溝に荷車の車輪が嵌って動けない」と、近所の爺さんが助けを求めにやってきたので、後ろ髪引かれる様子ながらイヴ達と別れた。
「仕事が終わったら、家に行くからな!」
 そう言い残して行ったので、夕刻にはまたやかましく言ってくることだろう。
 件の領主の放蕩息子も遅からずやってくるだろうし、今日はまたいろいろ面倒なことになりそうだ……と思いながら、イヴはとりあえず一度家に帰ることにした。
 そんな彼女の横を歩きながら、ロキがいるときは一言も発しなかったシドが、おもむろに口を開いた。
「あの保安官、お前のことが好きなんだな」
 何を言い出すのかと思えば、ラムール村いち有名な好き好きベクトルの話だった。
「幼馴染みだからね。私も好きだよ、ロキのこと。一緒に遊ぶと面白い」
 ただし、ロキからのベクトルの先であるはずのイヴは、少々思い違いをしているようだが。
「……そういうことではなくて」
「ん? なに?」
 シドは、幼いというか鈍いというか、とにかく男女の恋愛にはひどく疎いらしい少女を無言で眺めた。
 不思議そうに瞬く茶色の瞳には愛嬌のある。
 彼はそれを見下ろしつつ、けれど「いや、いい」とかぶりを振った。
 報われぬ保安官を哀れと思いながらも、シドの顔に浮かんだのはにやりとした笑みだった。
「イヴ、銀狼のことは好きか?」
「フェンリル? もちろん、好きだよ」
 イヴは即答だ。そして、フェンリルは「当然だ」とばかりに、すました顔をしている。
 シドはそんな彼らに目を細めると、問いを重ねた。
「そうか。――では、うまい料理を毎日食わせれば、俺のことも好きになるか?」
「なに、いきなり……」
 そんな突拍子もない質問に、さすがにイヴは立ち止まってシドを見上げた。
「シドは、私に好きになられたいの?」
「どうやら、そうらしい」
「……ふーん」
 魔物の瞳には魔力が宿っている。
 シドの赤い瞳は魅惑的に輝いてイヴを見つめたが、しかしイヴの素っ気なさが変わることはない。
 それが余計面白いのか、シドはさらに笑みを深めた。
「で、どうだ? 好きになるか?」
「まあ……なるかもしれないね」
「――そうか」
 イヴの答えを聞いて緩んだ笑みを浮かべたシドの腿を、足元の銀狼の若干堅い尻尾が、べしりと叩いた。
 シドは「調子にのるな」と叱られたような気がしたが、それを含めてひどく愉快な気持ちになった。

「しばらく、退屈せずに生きることができそうだ」



 


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