五臓六腑

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居候



 イヴは王都からほど遠い田舎の村ラムールで、一人で暮らしている。
 両親については何も知らない。
 育ての親であるカポロ婆さんが言うには、森で行き倒れていた娘を拾って介抱してみたら、彼女は数日後イヴを生んで亡くなったのだという。
 カポロ婆さんは、魔女だった。といっても、ただの人間には違いないが。
 薬草をこしらえたり、お産の手伝いをしたり、いわゆる医者の代わりのような役目を担っていた。
 彼女は何でも知っていて、村人からは深く尊敬される存在だった。
 そんなカポロ婆さんも、去年亡くなった。
 享年百二十歳。大往生だろう。
 死の間際までまったく弱った様子のなかった婆さんに、イヴはきっと彼女は仙人か本物の魔女になって、まだまだ何千年も生きるのだと本気で思っていたから、ある朝ベッドで冷たくなっている彼女を見つけた時は、信じられなかった。
 その頃にはすでに側にいたフェンリルは、必死で彼女を慰めた。
 葬儀の手配や諸々は、婆さんと懇意だった村長をはじめ、親切な村の人々がみんなやってくれた。
 呆然としたままで涙も流せないイヴの代わりに、今は保安官となった幼馴染みのロキが号泣してくれた。
 独りぼっちになってしまう彼女を心配して、養女にこないかと誘ってくれた夫婦もたくさんいた。
 しかし、たった一人の家族であったボカロ婆さんの温もりが残った家を、イヴは離れることができなかった。
 その頃からである。
 それまで出会わなかった大型の魔物が、イヴの元に少しずつ集まってきたのは。

「……なるほど、これは確かに胃にこたえる」
 イヴは土を落としたスコップを担いで、フェンリルの背に跨がって帰路についていた。
 面倒な拾いものの片棒を担いだ銀狼へのお仕置きのつもりだったが、当の本人は主人を乗せて満更でもなさそうだ。
 イヴは歳の割には小柄で貧相なので、魔物の彼には大した重さではないのだろう。
 その後ろを、あまり血色のよろしくない顔で、シドがとぼとぼとついてきた。
「忠告を聞かないからだよ。自業自得」
 結局シドは、「口にし過ぎたら胃がもたれる」と言ったイヴの言葉を聞かず、再度彼女の唇を塞いで味わった。
 イヴは誰かとキスすることに関して、恥じらいも抵抗もまったくない。
 いや、なくなってしまった、と言う方が正しいかもしれない。
 フェンリルとの出会いを皮切りに、大小様々な魔物が彼女の元に現れるようになった。
 そして、様々な理由で彼らに糧を与えねばならなくなった時、イヴは一番手っ取り早くて痛みを伴わない方法として、キスによって唾液を与えることを選んだのだ。
 少なくとも、見た目狼のフェンリルとのキスは、飼い犬に口を舐めさせるのと変わらないし、他の連中との間にも、色っぽい意味合いはまったくない。
 ただ、完璧な人型相手の餌やりはシドが初めてだったので、少しばかり勝手が違って戸惑った。
 彼は、さんざんイヴの唾液を吸って満足そうだったが、しばらくすると胃のあたりを抑えて重いため息を吐いた。
「ううむ……浴びるほど酒を飲んだ翌朝のような気分だ」
「ふーん。魔物も二日酔いするんだねぇ」
「そう、確か以前にも……」
 二度目のキスをさせる前に、イヴはシドに大きく開いた地面の穴を塞ぐように命じてみた。
 村の誰かが知らずにやってきて、落ちたらたいへんだからだ。
 ちゃんと元通りにしてくれたら、好きなだけキスしていいよと言うイヴに、彼は意外なほど従順に頷き、瞬く間に乱れた地面を平坦に均してしまった。
 そのあまりの力に、イヴはやはり面倒なものに関わってしまったと、改めて知ることになった。
 結局、得体の知れない人外を放置するわけに行かず、彼女は顔色を悪くした男を自宅に連れて帰ることにしたのだ。
 幸い、カポロ婆さんが残してくれた家はなかなか立派で、彼を住まわせるぐらいのスペースは充分ある。
 他の居候の住処は、フェンリル以外はそれぞれ独立しているので、特に問題も起こらないだろう。

 森を抜けると田畑が一面に広がった場所に出る。
 馬車も通れる広さの一本道を通り、泉の脇を抜けると、やがて赤い屋根の一軒家が見えてきた。
 大国ユングリングの外れの村ラムールの、さらに外れの一角に建つそれが、イヴの家だった。
 早朝だったためか、帰り着くまで村の誰とも顔を合わせずに済んだ。
 一年で一番忙しい収穫期が終わったばかりラムールは、しばらくは村全体がのんびり朝寝坊になるのだ。
 ラムールの村人は、魔物に耐性がある。何故なら、カポロ婆さんが多くの小さな魔物を従え、使い魔としていた光景に慣れ親しんでいたからだ。
 だからもしも途中で誰かと会っても、見知らぬシドに騒ぎ立てることはないだろうが、またわけの分からないものを拾ってきて大丈夫なのか?と、親心からお説教をいただくに決まっている。
 村人達は、イヴのようなうら若き乙女の一人暮らしに、心配が尽きないようだ。
「そういえば、お前の名をまだ聞いていなかった」
「あんた、復活早いね」
 家に帰り着く頃には、シドの顔色もすっかり元通りになっていた。
 血色がよくないのは元々なのであまり変わらないが、若干前屈みになっていた大きな身体はしゃんとして、苦しそうだった息づかいも普通に戻っている。
 彼のようにイヴの体液を摂取し過ぎる行動は、フェンリルをはじめほとんどの魔物が一度は通るみちだが、シドほど早く快復したものはいなかった。やはり、身の内に秘めた力に関係するのだろうか。
 シドは、玄関の扉の前でようやく銀狼の背から降りたイヴの二の腕を掴むと、己の胸元へと強引に引き寄せた。
 そうして、彼女の髪を恋人のように愛おしげに撫でながら、もう一度「名は?」と問うた。
「イヴだよ。でも、ご主人様と、お呼びなさい」
 自分が家長だ、この家の主だ。居候する気ならちゃんと立場をわきまえなさい――と、偉そうに薄い胸を張って言ったイヴに、その名を飴玉のように口の中で転がした男は、にこりと微笑んだ。
「――イヴ……」
 “にやり”ではなく、“にこり”である。
 いっそ無垢なほどの笑みを浮かべて、シドはさも愛おしそうに彼女の名を口にした。
 それは、彼のどこか退廃的な美貌を一気に爽やかにすり替え、年頃の乙女ならば頬を赤らめ胸を高鳴らせてしかるべき麗しさ。
 しかし、普通の乙女からは少しばかり感覚がずれたイヴは、逆に胡散臭そうに眉をしかめただけだった。
 そんなつれない態度に気を悪くする風もなく、シドは玄関の鍵を外して扉を開いたイヴに続き、家の中に足を踏み入れようとした。
 しかし、前を行く彼女が扉を潜ったとたん立ち止まった。
 何かあるのかと、視線を上げたシドの目に飛び込んできたのは、キラキラと輝く眩しい光だった。

「おっかえりーっ! 待ってたー! 寂しかったぁー!」

 そう叫んで奥から飛び出してきたのは、長くまっすぐなプラチナブロンドの青年だ。
 彼はがばりとイヴを抱きしめると、さも愛おしそうに彼女の髪に頬擦りをした。
 しかし――よくよく見ると、男の身体は透けている。
 どうやら生身の人間ではないのだと、シドもすぐに気がついた。
「可愛い顔を泥で汚してどうしたの? 相変わらずお転婆さんだね、僕のイチゴちゃんは」
「うるさい、ウォルス。イチゴちゃんって呼ぶな」
 彼――ウォルスは、魂だけで肉体を持たない存在だ。
 イヴが近隣の大きな町に買い出しに出掛けた時、たまたま目が合ったのがきっかけで憑かれてしまって、そのままこの家に居着いてしまっている。
 町で迷子のように噴水の淵に腰掛けているウォルスを見かけた時、確かに一瞬イヴは彼を哀れんだのだが、関わり合いになるつもりは微塵もなかった。
 しかし、イヴが“見える”ことに気づいたウォルスはしつこく、半ば根負けした状態で居候を許している。
 身元が分かれば、さっさと家族の元に連れて行って成仏する手伝いくらいしてやるのだが、いかんせん彼もシド同様、己の名前以外のことは何も覚えていないというのだ。
 仕方なくそのまま家に置いているが、幸い彼に関しては食費も何にもかからないので、イヴには経済的な負担がないだけましだった。
 そんなウォルスは、イヴの髪を撫でまくり、「イチゴちゃんイチゴちゃん」と連呼する。
 それは、イヴの赤味がかったブロンドに起因する。彼女のような珍しい髪色は、しばしばストロベリーブロンドと称されるのだ。
 イヴはそんな甘ったるい呼び名はお断りだが、ウォルスに改める気配はない。
 彼とうまく付き合うには、諦めが肝心だった。
 ウォルスは一頻りイヴを愛で終えると、ようやくその後ろに突っ立っていた存在に気がついたようだ。
 彼女のイチゴ頭越しにシドと目が合うと、そのブルーの瞳が飛び出すんじゃないかと思うくらいに見開いた。
 さらには、ぱかんと顎が外れそうなほど口を開けたかと思うと、わなわなと背景の透ける身体を震わせて、叫んだ。

「いやあああー! 僕のイチゴちゃんが、男を連れ帰ってきたあぁーー!!」
「うるさいってば」

 間近で絶叫を聞かされたイヴは盛大に眉をしかめて、ウォルスをはたくように右手を斜めに振り下ろしたが、その手は虚しく宙を切った。
 実に不公平な法則だが、ゴーストは物に触れることができるが、生身の者はゴーストに触れることができない。
 イヴは常々、「一度でいいからウォルスを力一杯ぶん殴りたい」と、ささやかな望みを抱いていた。
 





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