五臓六腑

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出てきた魔物



 それは、闇そのもののような漆黒の髪。朝日に照らされ輝くのではなく、光を奪って食らい尽くすよう。
 こちらをひたと見据えた瞳は、鮮血のような妖しい赤。
 怜悧な目元にすっと通った鼻筋、薄い唇。
 まるで透けるように白い、温かみをまったく感じさせない肌。
 それは、イヴの住まうラナークのような辺境の村には実に不釣り合いな、壮絶なまでの艶を含んだ美貌の男――の胸から上の部分だった。 
 何故なら、彼が立っているのはまだ穴の中で、地面に上がってこないままイヴ達を見据えていたからだ。
 ドーンと、大きい音がした。
 高く跳ね飛ばされていたらしい棺の蓋が、穴から少し離れた地面にようやく落ちてきて、その衝撃で粉々になってしまった。
 一瞬壊れた蓋の方をちらりとした男は、しかしすぐに視線を戻して、作り物めいた形のいい唇を動かした。
「お前か、娘――俺の棺の蓋を開いたのは」
「……」
 低い美声は、先ほどイヴを待てと呼び止めたそれと同じ。
 俺の棺というからには、彼こそがあの棺桶に横たわっていた人物なのだろうか。
 地中に埋まった棺桶に入っていた人物が、自分の目の前で立ち上がって、言葉を発している。
 この異様な状況に、普通の者ならパニックになってしかるべき。
 しかし、何故か逆に落ち着いて冷静になったイヴは、何を思ったのか突然男の方へと駆け寄って、少しの躊躇もなく手に持ったスコップを振り上げ、べしりっと彼をなぎ倒した。
「――っ! おいっ!」
「フェンリル、手伝って!」
 男はとっさに両手を盾にスコップの打撃を防いだが、イヴのまさかの行動に面食らったのだろう、ふらりと身体を傾がせた。
 彼は、クッションのような柔らかな布が敷き詰められた棺桶の中に立っていたのだ。元々足元が安定していなかったのだから、仕方がない。
 その隙を見逃さなかったイヴは、物凄い早さで周りの土を掻き集めると、棺桶の中に尻をついた男に向かって、一心不乱にそれを浴びせかけた。彼を再び土の中に返そうとしているのだ。
「おいこらっ、やめんか小娘っ!」
「フェンリル、何やってんのっ! 土かけてっ!!」
「……」
 容赦なく降り注ぐ土の雨に眉を顰める男と、必死の形相で彼を埋めようとするイヴを見比べて、銀色の狼は困ったように穴の周りをうろうろうろうろ歩き回る。しかし、少女の茶色の瞳がキッと彼を見据え、高い声が抗えぬ言葉を口にした。
「――従え、フェンリル!」
「――!」
 その瞬間、彼の中の迷いは吹き飛び、主人の命に忠実な下僕となる。
 フェンリルはくるりと穴に尻を向けると、その強靭な両の後ろ足が凄まじい力で地面をかいた。
 ドオッ……と穴の壁が崩れ落ち、大量の土が男の上に降り注いだ。
 飼い犬のようないつもの彼とは違う、魔物らしい力を使ったフェンリルの働きに、巻き込まれてはならないとイヴは数歩後ずさった。
 だがしかし、穴はまたしても彼女の前に姿を現すのだ。
 しかも、それはさらに大きく膨れ上がり、今度は彼女も銀狼も巻き込む形で、辺り一面を吹き飛ばした。
 ――ドオォォン……ッ!!
「ぎゃあーーっ!!」
 土の塊とともに、得体の知れぬ力によって宙に投げ出されたイヴは、さすがに大きく悲鳴を上げた。
 それを聞いた銀狼は、自らも跳ね飛ばされながらもくるりと回転して体勢を整えると、主人の少女の襟首を空中でくわえてキャッチし、地面に降り立つ前に己の背中に乗せた。
 おかげで、ふわふわの毛並みに守られたイヴは、かすり傷一つ負わずに済んだ。
「何するのっ! 危ないじゃないか!」
「何をする、はこちらの台詞だ、小娘」
 降り立ったフェンリルの目の前には、土に埋めたはずの件の男が、今度は全身を現す形で立っていた。
 実に不機嫌そうに、胸の前で両腕を組んで、イヴをひたと睨み据えている。
 それもそうだろう、危うく生き埋めにされるところだったのだから。
「誇り高き銀狼一族が、人間の小娘のお守りとは。なにか、大きな弱みでも握られたか?」
「……」
 男は、イヴを庇うように背中に隠したフェンリルにそう話しかけた。
 銀狼であるフェンリルは赤い瞳、土の中から現れた男も赤い瞳。
 赤い瞳は――魔物の証。
 人外な力といい、土の中に埋められても息を吹き返したことといい、この男もおそらく魔物の一種なのだろう。
「それにしても、何とも不躾な娘だな。この俺をどついて土に埋めようとは……」
「掘り起こしてしまったのは、何かの不幸な間違いです。どうか安らかに、私の与り知らぬ所でもう一度お眠りください」
「ふん、戯れ言を申すな。せっかく解かれた封印に、再び戻る馬鹿がどこにいる」
「封印……っ!」
 安らかに眠っていると思った遺体は、本当は封印で閉じ込められていた魔物であった。
 イヴは金銀財宝を手に入れるどころか、そんな得体の知れない存在を世に放ってしまったのだ。
「あああー、いやあー! まぁた面倒くさいの、来たー!」
「おい、いろいろと失礼だな、小娘」
 イヴの周りには、昔からいろんなモノが集まってくる。
 それは珍しい種類の動物だったり、稀少な昆虫だったりもする。
 しかし、それだけではない。
 現在では、ほとんど伝説のようになっている“魔物”と呼ばれる存在もまた、引き寄せられるように彼女の元にやってくる。
 自宅には様々な魔物が居座り、さらには肉体も持たない魂だけのモノも、また。
 もちろん、美しく恐ろしい魔物として名高い銀狼一族であるフェンリルもまた、運命に導かれるようにイヴと出会ったのだ。
 そんな彼のふさふさの背中に掴まったまま、イヴは後ろから彼の尖った両耳をピンと引っ張った。
 銀狼は赤い目を見開き、ビクリと硬直した。
「フェンリル。君……ここに埋まっている奴の正体を分かっていて、掘らせたね? あいつは何?」
「……」
 残念ながら、フェンリルはイヴの言葉を解するが、狼の口は人語を操ることはない。
 銀狼の中でも、生き神と呼ばれるような何千年も生きている長老には、時たまテレパシーで言葉を伝えられる者もいるらしいのだが。
 フェンリルは困ったように主人を振り返り、きゅうんと子犬のように愛らしい声で鳴いた。
 しかし残念ながら、そんな姿にもまったく絆されてくれない少女に、振り返ったのをいいことに鼻面をへむっと掴まれてしまい、さらにきゅんきゅん切なく鳴いた。
 それを見兼ねたのか、仁王立ちしていた男が思わず仲裁に入る。
「おい、やめろ。可哀想じゃないか」
「これは教育的指導です。躾です。誰が主人か、思い知らせるのです」
「いいや、ただの虐待だ」
「うるさい、部外者は黙ってて。っていうか、あんたが大人しく土の中に帰れば、フェンリルが泣くこともないんだよ。あんたのせいだよ」
「めちゃくちゃな理論だな、小娘」
 男は呆れたようなため息を吐くと、組んでいた両腕を解いて、長い脚を動かして瞬く間にイヴ達との距離を詰めた。
 そうして、ふと何かに気づいたように「うん?」と片眉を上げると、長身を傾がせイヴに向かって顔を近づけた。
「お前……ただの人間か? 何か、異様に……」
 かすかに戸惑いを滲ませてそう言った男は、おもむろに手を伸ばして彼女の頬に触れようとした。
 しかし、イヴは欠片の躊躇もなく、己に届く前にそれをベシリッと叩き落とした。
 男はかすかに赤味を帯びた己の手の甲を見下ろし、一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間――
「――っ……!」
 威圧的な美貌がニヤリと不穏な笑みを浮かべ、今度は容易に反応できないような素早さで、彼の片手がイヴの顎をがしりと掴んだ。




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