五臓六腑

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最果てを求めて1


 金色の髪に深い青い瞳のその人は、女神のように美しいかんばせに慈しみの笑みを浮かべ、自分の前に並んで経つ幼い者達を交互に見やった。

「可愛い可愛い坊やたち。探究心と好奇心を抑えてはなりませぬ。疑問に対して無邪気に対峙できる子供のうちに、たくさんのことを経験していらっしゃい」
「はい、おばあさま」
「いってきます、おばあさま」

 彼女をキラキラとした眼差しで見上げるのは二人の少年。
 白銀の髪に紫の瞳という稀な色彩を纏った方の少年は、名をシオンという。
 もう一方、黒髪に深いブラウンの瞳の少年の名はスオウであり、二人は共に八歳になる従兄弟同士。
 麗しい金髪の女性はシオンの父方の祖母にあたり、シオンの母の兄の息子であるスオウとは血縁関係はないのだが、彼女は二人を同様に孫として愛してくれている。
 そしてその人は、この大国の現皇帝の生母でもある。
 息子である皇帝がいまだ未婚のため、誰も住まわぬ後宮の主として君臨する皇太后は、何部屋もある側妃のための部屋の一室に、可愛い孫の少年達を送り出した。
 好奇心旺盛な年頃の彼らが、この広大な王城の探検に繰り出す足がかりとして。


「お邪魔しまーす」
 そう言って、無人と分かり切っている個室のドアを遠慮がちに開く従弟の後ろ姿に、シオンは呆れたような溜め息を吐いた。
「誰もいないって知ってるのに、なんでわざわざ言うんだよ」
「分かってても言わないと落ち着かない、律儀な国民性なの」
 そう言うスオウは、実はこことは異なる国の住人である。
 いや、国というより、もはや世界そのものが違う。
 そしてそれは、少年達の極々近しい親類縁者にしか知らされていない事実でもある。
 ただし、生まれた時から互いの世界が当たり前のように身近にあり、いまだ十にも満たない幼いシオンとスオウが、世間一般から見て不可思議な状態にある身辺に疑問を抱くのは、まだまだ先のことだろう。

 住人のいない側妃の部屋は、しかしきちんと掃除が行き届いて、何時でも人が住まえる状態に保たれていた。
 祖母の住まう皇太后の私室や、こちらもまだ空室の正妃の間ほどではないだろうが、立派な調度品を設えて洗練されたリビングも、その奥の扉の向こうにあった寝室も広く、漂う香りさえどこか上品だ。
 今は無人とはいえ、見知らぬ女性のための個室に長居をするのは、物心つき始めた少年達にはどこか居心地が悪く、早く目的のものを見つけ出してここを出ようと、無言のままに頷き合った。
「あるとしたら、リビングじゃなくて、奥の寝室じゃない?」
「だよな。廊下の入り口から更にワンクッションある方が、何かあった時に時間稼げるもんな」
 まず、寝室に足を踏み入れたシオンは、大窓に近付きカーテンを開いた。
 明るくなった室内を、後から入ってきたスオウもきょろきょろしながら歩き回る。
 天蓋付きのベッドを覗き込み、壁に掛けられた大きな額をずらしては裏を検分し、更には二人掛かりで壁際の大棚を引きずり、その後ろにも何も無いことを確認して溜め息を吐いた。
「ないねぇ。やっぱり、リビングの方にあるのかな?」
「ううん、ちょっと待てよ」
 二人が一体何を探しているのかというと、皇太后曰くこの部屋のどこかにあるという、秘密の通路に通じる扉だった。
 この後宮南棟において、奥から二番目の側妃ための個室には、いつぞやの皇帝の代に作られた秘密の抜け道があるのだそうだ。
 その噂は、いまやある程度の位の宮廷人には知られているが、いま現在この部屋に住まわせねばならない方が存在しないので、塞がれることもなくそのままの状態にされているという話だ。
 皇太后は二人の少年達にその存在を教え、まずは抜け穴を見付けてそれがどこに通じているかを確かめ、それを出発点に王城に他にも幾つも存在する隠し通路を探して冒険していらっしゃいと、告げたのだった。
 王城は広大で、シオンとスオウが遊んで回るには充分すぎるほどの物件だが、現皇帝が未婚で世継ぎもまだな状況である現在、周りは忙しく働く大人達ばかりで、二人と同じ年頃の子供は他にはおらず、もちろん遊び相手になるような者もいない。
 本日は、所用で登城するシオンの父母に連れられて、彼らはやってきた。
 遊びたい盛りの少年達が退屈しないよう、祖母は楽しい余興を提案してくれたのだろう。

 寝室には抜け穴はないのかと首を傾げるスオウに対し、大人ぶって両腕を組んで眉間に皺を寄せたシオンは、その部屋の窓と入り口扉の位置に視線を巡らせた。
「あっちが外で、こっちがリビングだろ。リビングの向こうが廊下だから……人が通れるような穴を作れるとしたら、この両側の壁なんだよな」
 シオンが難しい顔で見据えた壁際、一方には大きな額に飾られた絵画が、もう一方には大きく立派なクローゼットが備え付けられている。
「あの額の裏は俺が見たぞ。何にもなかった。クローゼットは、スオウ見た?」
「覗いたよ。ドレスしか入ってなかった」
「ほんとに? ちゃんと見たか? ドレス掻き分けて、奥の奥まで調べたのか?」
「え……」
 シオンの容赦ない追求に、スオウはたじたじと応えに窮し、ひどく自信無さげな顔をした。
「何だよ、中身全部引っ張り出して調べろっての」
「だめだよー、無理だよー。どうしても遠慮しちゃうもん」
 他人の家の他人の洋服ダンスを厚かましく漁るなんて、慎ましい国民性を持ったスオウには些か気が引ける行為だったのだ。
 そんな彼を尻目に、シオンは一切の躊躇無くクローゼットの扉を観音開きに開け放つ。
 中にぎっしりと掛けられていた誰の物かも分からぬドレスを鷲掴み、ポイポイと豪快にそれらを放り出した少年の前に現れたのは、当然空っぽになったクローゼットの突き当たりだ。
 これといって目を引く特徴もない、サイドと同じ素材でできた真っ平らな壁。
 しかし、「靴くらい脱ぎなよっ!」と、室内では靴を脱ぐ習慣の国に生きる従弟が背後で慌てるのを無視し、遠慮なく土足でクローゼットの中に乗り込んだシオンが奥を叩くと、ひどく軽い音がした。
 クローゼット自体は、部屋の壁にぴったりはり付く形で設置されている。だから、その背中は壁面と密着しているはずで、内側から叩けば部屋の壁にまで振動してもっと重い音がするはずだ。
 つまり、どうやらクローゼットの向こう側には空洞があるようなのだ。
 シオンとスオウはクローゼット自体をずらしてみようと、二人掛かりで横から懸命に押してみたが、びくともしない。
 よくよく調べてみると、二人の腕力が足りなくて動かないのではなく、それ自体がビスで壁と床に固定されているようだ。
 ――ますます怪しい。
 再びクローゼットの中に上がり込んだシオンは、奥の壁をじっと睨み据えた。
 律儀に脱いだ靴を持って隣に並んだスオウも、一見なんの変哲も無い平面を注意深く探った。
「――あ……」
「あっ……!」
 やがて、二人の少年の視線は、ある一点に吸い寄せられる。
 クローゼットの奥の隅。
 僅かに姿を覗かせているそれは、薄暗い内部では余程注意しないと見落としてしまうだろう。
 周りと同色同素材で作ることにより目くらましを狙ったらしい、小さな小さな閂(かんぬき)だ。
 よくよく目を凝らして見てみれば、それは四隅全部に設えられているではないか。
 鍵をかけるというよりは、奥の板が動かぬようにサイドに固定するのが目的だったようで、少年達の指先だけでそれらは難なく外れた。
 そして、
「うわっ、ニンジャ屋敷か、ここはっ」
 錠を外した壁の片端を押すと、中心を縦軸にくるりと壁自体が回るカラクリになっていて、やはりその向こうには探していた抜け穴がぽっかりと口を開いていた。
「シオン憧れの回転扉じゃん。よかったね、忍者オタク」
「オタクって言うな。興味深いだけだ。――じゃ、行くぞ」
 クローゼットに仕掛けられた隠し通路の内部は狭く、光が全く届かず真っ暗だった。
 シオンもスオウも灯りなど持って来なかったので、二人して手探りで壁をペタペタ確認しつつ、とにかく前に前に進む。
 幸い途中に分かれ道もなく、間もなく彼らは突き当たりに到達したが、それもまたドアとしてあるわけではなく、やはり穴を隠すようにカモフラージュした板に塞がれているようだった。
 しかし、入ってきた扉よりは立て付けが甘いのかその隙間からは微かに光が漏れ、衝立ての先が何処か別の場所に通じているのは間違いなさそうだ。
 シオンとスオウは、幾らか暗闇に慣れた目で微かに見える互いの顔に向かって頷き、「せーの」とかけ声を合わせて同時に利き足を振り上げた。

 ガコンッ――!!

 出口の板は入り口のそれのように回転するカラクリではなかったようで、幼い少年二人の蹴りによって難なく外れて吹き飛んだ。
 途端に明るくなった視界に目を細めたシオンとスオウの耳に、続けて覚えのある声が聞こえてきた。
「――なんだ、一体っ……シオン? スオウ?」
 驚いたような声を上げて、二人の姿をみとめて駆け寄ってきたのは、彼らにとっても実に親しみある間柄の人物だ。
「あれ? ルド兄がいるぞ」
「ってことは……ここは皇帝さまの部屋ってこと?」
 見事な金髪と青い瞳の青年は、シオンの父の年の離れた弟である。
 皇太后の末の息子である彼が、現在この国の皇帝陛下の地位に就いている。
 多忙な身ながら、時間を見付けてはシオンやスオウと遊んでくれる、優しく気安い兄貴分だ。
「なるほどね、側妃の部屋から皇帝の部屋に秘密の抜け穴……。これが作られた時代の正妃さまは、それはそれは怖かったんだな」
「かかあ天下ってこと?」
「だってさ、堂々と嫁にしてるはずの側妃に、こんなこそこそした穴を通って会わなきゃいけないとか、相当だろ」
「うん、カワイソウだね」
 秘密の抜け穴が通じていたのは、後宮における皇帝陛下の私室の一つだった。
 シオンとスオウが蹴り開けたのは隠し扉ではなく、壁に掛けられていた大きな額に入れられた絵画だったようだ。
「お前達、一体どこから来たんだ? 何なんだ、その穴は……」
 そのすぐ脇に据えられていた大きなソファで仮眠をとっていたらしい現皇帝が、驚くのも無理はないだろう。
「ルド兄、いいこと教えてあげるよ。本妻にバレずに愛人とイチャつきたい時は、南棟の奥から二番目の部屋に相手を住まわせるといいよ」
「はぁ?」
「あ、穴は狭いから、ルド兄が通る時は頭打たないように気をつけてね」
「おい……」
 何のことだか分からないという顔をしている皇帝を放置し、壁穴から床に降り立った二人だったが、そこでふと片方の少年が難しい顔をして腕を組み、ううむと唸って考え込んでしまった。
「どうしたの? シオン」
「うん……なんか、引っ掛かるんだけど。側妃の隠し扉に比べて、こっちの出入り口の隠し方が粗くない? なんで、こっちもクローゼットに通じるように扉を作らなかったんだろう?」
「ああ、なるほど」
 確かに、壁に掛かった絵画の裏に穴というのは王道過ぎて、他人に見つかるリスクは高いはずだ。
 こちらの部屋にも、立派なクローゼットが備え付けられている。それなのに、そこを隠し扉に利用しなかったのは何故か。
「……あやしい」
「ルド兄、ちょっと失礼」
 ピンときたらしい二人の少年は、いまだ現状が飲み込めていない皇帝を放って、クローゼットに駆け寄った。
 先ほどの側妃の部屋の物よりも、更に大きく豪華なそれを開くと、中には普段着・儀礼用を含めた様々な皇帝の衣装が掛かっていたが、シオンとスオウは遠慮なくそれを掻き分け頭を突っ込み、中に上がり込んで奥まで這って行った。
 律儀な性格のはずのスオウも、今度は靴を脱ぐのを忘れてしまっていた。
「――あった!」
「やっぱり……」
 かくして、先ほどの側妃のクローゼットで見たのと同じ仕掛けが、この皇帝陛下の私室のクローゼットにもなされていた。
 シオンとスオウが四隅の閂を外すと、それはやはり回転扉になっていて、その向こうにはぽっかりと穴が開いている。
「おっ、おいっ! お前達」
 躊躇無く穴に潜り込んでいった甥っ子達に一瞬戸惑った皇帝陛下は、しかし意を決したように自らも自らのクローゼットに上がり込み、少年達の後を追ったのだった。
 そして、その穴の通じていた先は……
「――って、別口?」
「気の多い皇帝さまだったんだねぇ」
「……」
 先ほどの側妃の部屋とはまた違う個室。
 内装や調度品の雰囲気からして、明らかに女性が住まうことを想定して作られた――つまり、おそらくは別の側妃のための部屋と容易に想像できた。
 秘密の抜け穴の出口は、今度は壁の絵画の裏などではなく、その部屋備え付けのクローゼットの中だった。
 ご丁寧に、こちらは皇帝の部屋から穴を通って来ても扉が開くよう、両方向から操作出来る留め具が取り付けられていた。
「クローゼット同士を繋げて出入り口に手間をかけてる辺り、こっちの部屋が本命っぽくない」
「だな。ルド兄、本命の愛人は、こっちの部屋に囲うといいみたいだよ」
「……おまえたち」
 弱冠八歳のあどけない少年達の口から飛び出す言葉に、齢二十七の初心な皇帝陛下はたじたじとさせられ、絶句した口を片手で覆った。
 そうして更に、シオンとスオウの子供らしく無垢で偏見のない、それでいて鋭く容赦ない興味は休む間もなく、吸い寄せられるようにある一点をロックオンした。
 壁に、大きな絵画が一枚、よい具合の高さに堂々と掲げられている。
 それに気付いた皇帝は「まさか」と思い、少年達は「もしかして」と思って駆け寄った。
 そして、二人掛かりで大きな額縁をずらしたそこには――
「うわー、あったよ……」
「おもしろいところだねぇ、後宮って」
 デジャヴを感じさせられる、つい先ほど皇帝の私室で見たのと同じような穴が、ぽっかりと口を開いていたのだ。
「隠し通路だらけじゃないか……どうなってるんだ」
 皇帝とはこの王城の主であり、当然今居る側妃の部屋を含めた後宮全体の主でもある。それなのに、今の今まで抜け穴を知らなかったらしい皇帝は、唖然と呟き見事な金髪に彩られた頭を抱えて込んでしまった。
 そんな彼を尻目に、少年達はまたも躊躇なく新たに現れた穴に挑むつもりだ。
 まだ十にも満たない彼らの身長ではいささか届かない壁の穴に、わざわざ椅子を引き摺ってきてよじ登った。
「おっ、おいこら、待て。どこへ続いているのかも分からないのに……」
 慌てて駆け寄ってきた大人の声など聞く耳も持たない少年達は、暗闇など物ともせずにどんどん奥へと進んで行ってしまった。
 年の割にしっかりしている少年達だが、可愛い甥っ子達に何かあってはと心配で、再び後を追おうかと壁の穴に手を掛けた皇帝だったが、背後からそれを止める声があった。
「陛下、こちらにいらっしゃいましたか。そろそろ午後の会議のお時間ですよ」
「――ジョルト!」
 そっと気配もなく、温和な笑みを浮かべて彼の背後に立っていたのは、皇帝の第一騎士であると共に、秘書的な補佐の仕事も担う人物だった。
「シオンとスオウがこの穴に入って行ったんだ」
「ああ、坊ちゃん達がいらっしゃっていたのですか。どうりで、皇太后様のご機嫌がたいそう麗しいわけです」
「あいつらの行動は、母上の差し金か? とにかく、得体の知れない穴で子供達を遊ばせるのは心配だ。連れ戻して――」
「大丈夫ですよ、陛下」
 皇帝の第一騎士は、同時にこの城の騎士団を束ねる長でもある。
 しかも、先代の皇帝――実は現皇帝の一番上の兄であり、シオンの父親――の側近でもあった彼は、王城のことは誰よりも把握している。もちろん警備の都合上、彼にはそうする必要があったからだ。
 それに本当は、現皇帝とて隠し通路の存在を知らされていなかったわけではない。
 長兄からは玉座と共に、政治に関する情報や権限はもちろんのこと、国主が把握しておくべき全ての事柄が引き継ぎされ、当然それには後宮の情報も含まれていた。
 かつて混沌と腐敗に満ちていた王城を荒療治で改革した先代ならば、後宮に張り巡らされた隠し通路さえも最大限に利用したかもしれない。様々な事情を抱えて皇帝に近付いた女達は、時に重要な情報源でもあったのだから。
 しかし、それによってすっかり平定された世を譲られ、しかもいまだ後宮に住まわす者さえ得ていない現帝にとって、住人のいない側妃の部屋の事情などさほど興味が引かれなかったのだろう。
 実際、図面として隠し通路を含めた後宮の内部構造も受け取っているのだが、それは彼の記憶の片隅にも残らなかったようだ。
 第一騎士ジョルトは、主を予定通り会議の間に促しつつ、安心させるように柔らかな笑みを浮かべて言った。
「あの抜け穴の行き着く先は、坊ちゃん達にも縁の深い者の元ですので、何の心配もございません」
「ジョルトがそういうなら……」
 最も信頼を置く側近の言葉に皇帝は納得したようだったが、やはり子供達のことが心配なのだろう。
 騎士を一人彼らのお守りにつけるよう命じ、ジョルトを苦笑させた。


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